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第二章:生徒会との出会い、悪夢の悩み

 仁史に導かれるまま三階に上ると、残りの生徒会メンバーの三人が談話していた。聖良もさっきここに来たが、鞄を置いたところからは死角になっていたので、気付かなかったのだろう。

「本、見つかった? ……て、おや。今日は聖良も一緒?」

「さっき会ったから。ほら、これ」

仁史は七緒に本を渡すと、七緒は満足気な顔をした。

「ありがとー。探す時間がなくて、どうしようかと思ったけど」

「見付けたの、新堂だよ」

 仁史は微笑んで、背中を押して聖良に七緒に近付くように促す。すると、七緒は嬉しそうな声で話しかける。

「よくわかったねぇ。私が探してる本だって」

「別にお前の事がわかって……がっ!」

 航がぼそりと呟くと、七緒と航以外からは死角になっていたところで七緒は航の足を思い切り踏みつけた。

「あの、巽先輩は私と話してみたい、というのは本当ですか?

「七緒、でいいよ。家が道場やってる者同士、てわけじゃないけど、話してみたいなって。それに聖良は今回のテスト、全部満点なんだって?」

 聖良は目を丸くした。

「聞いたんですか?」

「うん。先生が『俺のクラスにもお前のような奴がいる』て誇らしげに言ってたよ」

 七緒は500mlのペットボトルを手に取ると、そうだ、と呟き、財布から百円玉と五十円玉を取り出し、航に手渡した。

「会話に飲み物は必需品でしょ。てことで、虎堂。聖良の分よろしく」

「はぁ!? 何で俺ばっかり!」

「簡単だよ。西園寺と敏希は君のように『テストで勝った方が負けた方をパシっていい』という賭けをしていないから」

「そ……そんなこといつ!」

 七緒は怖いと思える微笑みを浮かべながら、鞄から携帯を取り出し、少しいじってから“録音再生”と表示された画面の方を航側に向けると、音声が流れた。

『いいか!? 今度こそお前よりいい点数出してやるからな! 今回の範囲は俺の全部得意分野だから負けるはずがねぇ! テストで勝った方が負けた方をパシっていい、てのどうだ!』

航の声の再生が終わると、七緒は携帯を折り畳む。

「異存は?」

 航はすっかり肩をすくめていた。

「……ありません」

「さすが巽。アレ録音してたんだ」

 仁史が苦笑いしていると、敏希が何か思い出し、口を開く。

「待て。航。賭けには対象が誰だか特定していなかったな」

「あ、そういえば敏希も虎堂に勝ってたよね」

「……おい。待てよ……」

 敏希は航にプリントを強制的に一枚渡した。

「ここに書いてあるものを全て生徒会室に持ってこい」

「おい! 俺は巽にしか……」

「賭けの対象の私から指示したら言い逃れ出来ないよ」

「んな理不尽なっ!! ……わぁーったよ。行ってくりゃいいんだろ」

「図書館では静かにしろ」

 敏希の忠告を無視し、航はドタドタと足音をさせながら階段を降りていった。

「すみません。おごっていただいた上に喧嘩させちゃって……」

「聖良が気にすることないよ。いつものこと」

 ふー、と軽い溜め息をつくと、七緒は聖良の顔をまじまじと見た。

「何かついてます?」

「ううん。今日の聖良は元気がないなって。昨日と比べてね」

 ――昨日が初対面だったのに、なんでわかるんだろう。

 聖良にはそんな七緒が不思議でたまらなかった。

「隠してるつもりだろうけど、すごく辛そうな顔してる。相談があったらのるよ?」

 とても飾っているようには思えない、七緒の優しさ。人が集まり、信頼を寄せるのも頷ける。こういう人になら、あの悪夢のことを打ち明けてもいいかもしれない。

(七緒先輩に相談してみようかな。でも)

 たかが夢のことでこんなにも悩んでいるということがわかったら、バカにされるかもしれない。でも七緒先輩は優しいから、そんなことはないかもしれない。それに一人で考え込んでいるのも辛い。

 聖良は意を決する。

「くだらない、と思うかもしれないんですが……」

「それを決める権利は私にはない。言ってごらん」

 その声が思ったよりも、更に優しかったことに、ほっとする。

「あの、知らない世界でいきなり、ここが貴方の故郷だ、化け物と戦え、なんて言われたらどうします?」

 聖良は笑われるころを覚悟して、単刀直入に話を切り出したが、実際には笑わずに寧ろ真剣に七緒は少し考える仕草をしている。

「時間があるならまずじっくり理由を聞くかな。それさえしなきゃ、他者から見ると短気だと思われる。後でバカらしい、って後悔するのも嫌だし」

「自分の髪と目の色が変わってたりしたら?」

「それは……認めるしかないと思うけど。影になってわからなかったモノが引っ張り出された、と考えるしか」

 聖良は言葉を続けようとしたが、どう続ければいいか困ってしまった。それの様子を見た七緒も申し訳なさそうな顔をする。

「ごめん。相談にのるって言ったのは私なのに。こんなんじゃ全く参考にならないね」

「いえ、そんな事ないです!」

 聖良は否定したが、七緒は苦笑していた。完全無欠と言え、こんな悩みには対処しきれなかったのだろう。

「でも、たかが、たかが夢なのに、こんなにも気になるんです」

 無理して言葉を続けたが、結局また相談になってしまった。それでも七緒は真面目に答える。

「それは……言いにくいんだけど、どこかでそういう事を認めている、ていうのかな。肯定してるんじゃ?」

「どういうこと、ですか?」

「動物で言う本能って言うやつ? 本心受け入れているのに、表が否定する。すれ違いで気になる」

「そんなこと、ありません!」

 ドン、と聖良は机を叩く。きょとんとした三人を見て、聖良は縮こまる。

「あぁ。ごめんね。でも本心なんてどんなに頭が良くてもわからないもんだよ。事実私もよくわからなくなる」

 静かな口調で答え、七緒はペットボトルの蓋を開け、お茶を飲もうとした時、突然敏希が立ち上がった。

「……やっぱり航が寄り道してないか気になる。行ってくる」

 それに七緒は驚いてしまい、お茶を飲む前にむせる。

「げほっ……いきなり立ち上がったりしないでよ! あー、飲む前でよかった。敏希は無口なんだから余計驚く」

 七緒はペットボトルの蓋を閉める。

「私も行く。言われると心配になってきた」

「七緒。お前は後輩が」

 敏希が聖良に目を向けると、聖良は顔の近くで手を振った。

「あ、いえ、お構いなく……」

「じゃ、お言葉に甘えて。西園寺、ここよろしくね」

 二人は並んで階段を降りていった。残されたのは、聖良と仁史。

「ホント、あの二人は特に仲良いなぁ」

 同学年の人がいなくなり、仁史は欠伸あくびをしながら伸びをする。

「特に、ですか?」

「何せ沖縄本土からの仲だからねぇ」

「え?」

 そうだなぁ、と仁史は呟く。

「生徒会三年生は中等部から一人部屋の寮を使ってるんだ。もっとも、今その寮は僕らしか使ってないけど。だから僕らは仲が良い。で、あの二人は幼馴染みで、入学と共にこちらに来たから、とりわけ仲が良いってわけ」

 聖良は何気に行われていた二人のやりとりを思い返す。言われてみれば、あの二人は名前で呼び合っていた。それが証拠なのだろう。

「西園寺先輩と虎堂先輩は沖縄本土から来たんじゃないんですか?」

「僕と航は風籟島に住んでるけど、ただ寮からの方が近いから、僕らも寮に行った方が生徒会が集まるから仕事もしやすい、って理由とかで使ってる」

「とか?」

「……あ、『とか』は要らなかったね」

 仁史は柔らかに微笑んだ。その笑顔につられ、聖良もやっと微笑もうとした時。



 ドオォォォン……



 火山が噴火したような、爆弾が爆発したような轟音が響いた。その衝撃で図書館も揺れた。下の階から悲鳴が聞こえる。

 聖良は動揺こそしたが、定心は保っていられた。

「な……何の音!?」

「近い、ね。校舎の方から!?」

 聖良は嫌な予感がする。確か、校舎には。

 最悪の事態が脳裏を過ぎる。

「麻奈……七緒先輩!」

 聖良は図書館を飛び出そうとしたが、仁史に腕を掴まれ、制された。

「放してください! 親友がいるかもしれないんです!」

「今君が行ったって何も出来ないだろう! それに危ない!」

 さっきの柔らかな顔と違い、その表情は険しくなっていた。

 仁史の言う事は正しい。非の打ちどころもない。でも。

「それでも、行きます!」

 聖良は自分の腕を引っ張り、仁史の手を放させた。その隙に、聖良は急いで階段を駆け下る。

(麻奈……七緒先輩!)

 落ちるように階段を下り、ガラスのドアも突き飛ばすような勢いで外に出ると、そこにいたのは……


「星来! やはり中つ国に戻っておったか…」

「ご無事ですか? 星来様」

 ――どうして?

 夢の中だけ、のはずだった。しかし疑いようも無く、そこに立っていたのは“この世界にいるだけで”違和感を漂わせる朱夏と蒼氷。その顔色は、消耗しているのかひどく悪い。

「どうして……貴方達は」

境壁きょうへき……高天原と中つ国を分ける壁を無理矢理越えて来た。それゆえ、私らの体力は既に限界じゃ」

 聖良は呆然として朱夏の話を聞いていたが、直に我に帰り、当初の目的を思い出す。

 ――麻奈が、七緒先輩が。

 朱夏がまた何か話そうと口を開けたが、それを聞かずに聖良は、位置にして図書館のちょうど裏側にあたる校舎へ一目散に走る。

 途中、足元にコンクリートの残骸が散らばっていた。それはつまり、最悪の状況を示す物。一際大きい残骸を見つけ、聖良は足を止めて目の前の現実を見た。すると、失神しそうな感覚に陥る。

「そんな……!」

 粉々に砕かれ、瓦礫の山と化した校舎。その下には恐らく麻奈と七緒がいただろう。そしてその上で弧を描き飛ぶ、高天原だけの存在だったはずの荒鷲。

「あの化け物は……」

 蒼氷と朱夏が後に続く。

「星来。そなたが我々の事を夢中だけの者と思っていようとそれは構わぬ。これを見て未だに思うと言うのならばな」

 朱夏の声は殆んど聖良の耳には入っていなかった。

「星来様。……これを」

 蒼氷は鞘に収められた碧瑠刀を差し出す。


 ――これがあれば、かたきが。


 聖良は碧瑠刀を受取り、抜刀すると鞘だけを蒼氷に渡す。両手で柄を握り、きっさきを荒鷲達に向ける。

 すべて、失くしてやろうと思った。

「あ……」

 悲しみと、怒り。

 畏怖と、憤怒。

 両方が同時に沸き上がり、進む事も退く事も出来なくなってしまった。足が震えるだけで、前には動かない。

(動いて、動け! 麻奈と七緒先輩の……!)

 焦るが、足はその意志に答えてはくれない。

 そのうちに、無数の荒鷲達はこちらに気付き、いななく。それを合図に一斉に聖良に襲い掛かる。

 ――ほら、やっぱり。何もできない。私は蒼尊なんかじゃない。

 ――私は、ここで終わるんだ。あの化け物に、体を食い千切られて。









「足がありながら、逃げず」



 カッ、とコンクリートを蹴る音がした。




「剣を持ちながら、戦いもせぬのか」




 その声を聞いた直後、横を紅い色がかすめて通り抜け、荒鷲を一閃した。


 その軌跡は、紅の虹の如く。


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