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第一章:蒼い剣、赤い悪夢

 差し迫ったような蒼氷の報告に朱夏はやれやれと深い吐息をつく。

「まったくこういう時に。……いや」

 朱夏が立ち上がり、一歩進めるとその足を止める。

「ちょうどよい機会じゃ。蒼氷。ヘキリュウトウを持って来い。星来は私と共に外へ」

「え? え?」

 訳がわからないうちに星来は寝台から降ろされ、朱夏に手を引かれて部屋を出た。

「何? コウシュウって……」

「鳥型の魔物じゃ。手荒な手段かもしれぬが、戦えば記憶が戻るかも知れぬ」

「マモノ?」

 マモノ、と言うと漫画やアニメに出てくる化け物のようなもののことだろうか。それより、朱夏はその後なんて言ったっけ。聞き間違いじゃなければ、戦うなんて言ってたような。

 朱夏は簡素は木製の引き戸を開けて、星来共々外に出た。土の匂いが鼻をさす。

「ほれ、彼奴らじゃ。下級ゆえに蒼尊の星来でも倒せるじゃろう」

朱夏が指差すその先に、黒い十字架のような形の影が空に映されている。それは紛れも無くギャアギャアと不気味に鳴きながら空を旋回している魔物、荒鷲こうしゅう。獲物を捜し求めているような狂気がよく表れている。

 星来が思わず朱夏の手を振り払い、後ずさりすると、トンと背後に人がぶつかる。

「星来様」

 蒼氷は布で包まれた何かを持って、家から出てきていた。蒼氷が布を取ると、一振りの剣が姿を現す。それは、金色の龍の彫刻が施された青い鞘に包まれた剣。星来にも高価なものだとわかった。

「これは蒼尊が持つ武器、碧瑠刀へきりゅうとう。星来様以外が使われると紙一枚も切れません。どうぞ」

 星来は言われるがままに受け取ろうとしたが、受け取らずに蒼氷を睨みつけながら一歩退く。

「いやです。あの荒鷲とかいう化け物と戦え、とか言うんでしょう?」

「そうですが」

 星来は視線はそのままに更に一歩退く。

「何言ってるんですか? ただの女子高生があんな化け物を倒せるはずが……」

「貴方のその髪と瞳の色を見ても、まだそんなことを仰いますか」

 星来に返す言葉はなくなった。本当のただの女子高生なら、こんな髪と瞳の色は持たない。悔しさに涙が滲んだ。しかしそれで黙っているわけにもいかない。星来は無理矢理理由をつける。

「これは……朱夏って人が頼んでもいないのに、勝手に染めたからです!! 私には関係ありません!!」

 星来は背を向けて逃げ出そうとしたが、腕を朱夏に捕まれる。さっきと同じように振り払おうとしたが、さっきと違って力がこもっていて、なかなか離れない。

「逃げてもそなたの勝手じゃ。私達は追わないと約束しよう。ただし、彼奴あやつらはどうだか分からぬぞ」

 朱夏が指し示す代わりに天を仰ぐ。空を飛ぶ荒鷲は、高度を下げたのか、影がさっきより若干大きくなっていた。

 ――あれに追いかけられたら。

 その怖さと悔しさで、星来は泣きそうになる。

「お泣きになっている場合ではございません。それに四天士は人を超越した能力を持ちます。心配することはございません。さあ」

 星来は涙を堪えながら、そっと碧瑠刀を渋々受け取った。その瞬間、蒼氷が頭を下げた。

「……申し訳ございません」

「え?」

 その時、剣を受け取ったその指先から何かが一気に流れ込むのを感じた。そのまま一体化されたように、違和感は瞬時に冷めた。

「碧瑠刀に朱夏様の命令で戦う術をかけました。……お許しを」

「なっ!? ちょっと待って、どういう……」

 言いかけて、自分の腕が自然な慣れた動作で勝手に鞘から剣を抜いた。

 刀身は瑠璃かサファイアのようなもので出来ていて、とても実用には思えない。全体の形は“刀”というより、ゲームの戦士が使うような両刃の“剣”と言ったところだろう。

 その美しさに見惚れる暇もなく、今度は足が自分の意思に背き、荒鷲の群れに突き進む。

「何? ちょっと……え?」

 ある程度近付くと、荒鷲が一羽下降してきた。碧瑠刀を持つ両腕が構えをとる。

 ――自分は今、あれと戦おうとしている。

「そんな、まさか……?」

 自問したところで、碧瑠刀が右翼を斬り裂いた。すると、どっと生暖かい赤いものが星来に降りかかる。

 あまりにも急なことだったので、星来には何が起こったのか理解できなかった。


 ――これが、返り血。


 少し間があってバカみたいに冷静になった後、星来は我に帰る。後から恐怖が津波のように襲い掛かってきて、そのあまり悲鳴も出なかった。

 右翼を落とされた荒鷲は、あえなく墜落し少しもがくと、やがて動かなくなった。

「死んだ、の?」

 魔物と言えど、初めて生き物を殺した。もはや荒鷲より、寧ろ躊躇いもなく生き物を殺してしまった自分が怖かった。

 呆然としていると、二羽が後方から下降してきた。右足を軸に振り返ると、その気はなくとも両腕はしっかり剣を構え、向かってくる荒鷲の嘴を先端から真っ二つに裂いた。せめて生々しい解剖図を見ないように目を閉じようとするが、それもさせてくれない。操られていないなら、いつ失神してもおかしくないほどの解体図が、すぐ横を通過していく。

「やだ……」

 恐怖の震えからくる疲労のせいで、既に悲鳴をあげる気も起きない。だからといって、無駄な抵抗をやめる気にもなれない。せめて、と四肢にありったけの拒否を注いだが、何も変わらない。

 体を血糊が這うにも関わらず、体は再び構えをとる。捨て身で下降してきた三羽目の頸を刎ね、鉤爪を剥き出しにしてきた四羽目をかわすと、荒鷲は戦闘機のように反転して再び向かってくる。

 星来は屈んで扇を描くように上に剣を振ると、びちゃっと音をたてて血溜まりに荒鷲の頸が落ちる。その音に反応して星来は左掌を見ると、肌は荒鷲の血に侵食されている。

 やっと静寂が戻った。この術も解けて心は人間に戻れるかもしれない、と思ったのも束の間。ふと、星来は記憶を辿る。

(死んだのは四羽、蒼氷が言ってたのは五羽、じゃなかった……?)

 空を仰ぐと、未だに旋回している荒鷲が一羽残っていた。目を逸らそうとすると、逆に目があってしまった。その刹那、矢のように荒鷲が下降する。星来は逃げようとするが、それどころか体は剣を構える。

「来ないで……せめて、避けて」

 荒鷲のためにも、自分のためにも。しかし、その懇願は相手には伝わる訳がない。

 鉤爪を向けて向かってくるも、星来はいとも簡単に軽く受け止めた。気付くと、剣は右腕でしか持っていないのに、軽い手ごたえしか感じられない。こんな巨体にこれだけの力しかないとは思えないし、向こうが手加減しているなんて、なおさら思えない。

 星来は何気ない蒼氷の一言から答えを割り出す。

「人を超越した能力ってこのこと……?」

 小さく呟くと、無意識に更に力をいれて振り抜く。いや、これは無意識や術によるものでなく、生き物を四羽殺したことにより人の心が麻痺し、生き物を殺すことによって能力を確かめようと意識的に力を入れたのかもしれない。

 腹から真っ二つにされた荒鷲は、突進した時の勢いで二つの体は後方に飛んでいった。その時に降りかかった返り血も、今までよりも多かった。

 最後の一羽が死んだことにより、術によって支配された体は、やっと解放され星来は碧瑠刀を突き放すように投げた。今まで戦いに夢中で気が付かなかったが、碧瑠刀は自分は関係ないと言い張るかのように血を完全に弾いている。

 星来は血溜まりの上にいるにも関わらず、座り込んで未だ震える血に染まった両手を見た。


 既に、常心を失っていた。


 常心の代わりに満たす、とめどなく込上げる恐怖。

 荒鷲が怖かったからではない。生き物を躊躇いもなく斬りおとした自分への、恐怖。

「いやぁぁぁぁっ!」

 血と恐怖を取り去るように叫ぶと、地が鳴動し、風が吹き荒れ始めた。

 朱夏と蒼氷は腕で顔を庇い、十六年前の記憶が強くよぎる。

「これは……皆蝕乱狂、か!?」

「いけません! 星来様! 落ち着いてください!」

 蒼氷の叫びは何もかもを拒み、耳を塞いでいる星来に届かなかった。

 すると星来の姿が色が落ちるように透け、静寂が戻ると共に消え失せた。

「星来様!?」

 朱夏は乱れた髪を整えながら説明する。

「今のは小規模の皆蝕乱狂じゃ。しかし、消えたとは……」

「星来様の気配が感じられません。……この高天原では」

 朱夏は眉をひそめる。

「では、再び中つ国に戻ったというのか? こんな海から離れた場所で、なぜ。……いや、今は原因を明晰にすることではない。星来は髪と瞳の色を取り戻すことによって、再覚醒した。そのままかくの勾玉なしであちらに渡ってしまったら……どうなると思うかえ」

 蒼氷ははっとした。

 ――それは、防がなければ。

「朱夏様。私は中つ国に向かいます。もう主を失いたくありません」

「私も行こう。星来を傷つけ、私があちらに戻してしまったのも同然。念のため、緋尊にも連絡を入れよう」

 二人は顔を見合わせると、蒼氷は青い龍、朱夏は炎を纏った朱い鳥へと姿を変え、遥か遠き国へと飛び立った。


 ここで一つ、新しい疑問が浮かんだ。

 なぜ、覚醒したての上に詠唱破棄、意志も無く小規模といえ皆蝕乱狂を起こせたのか。

 いや、今はそんなことを考えている暇はない。

 ――もう、蒼尊を失うわけにはいかないから。

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