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第四章:紅い剣、黒い戦慄

 距離を置いて対峙する、赤い剣士と黒い剣士。

 もし、これが絵や映像ならば勇ましい場面と言い切ることらできただろう。

(だめ、だよ……)

 蓮だとしても、敵わない。それほど強い、と思う。あの宗蓬院晟夜は。

 星来は止めようと声を発しようとも、手振りで示そうともしたが、全て疲労と出血に打ち消されてしまった。次に、今までの出血のせいか、目に映る景色が徐々に暗闇に奪い去られ、薄れていく。

(やばい……意識、が……感覚が……)

 ふいに足の力が抜け、ふらっと背中から地に吸い込まれるように倒れていく。再び地面との衝突を覚悟したが、その体は一本の腕によって抱きとめられた。

 星来は驚いて、残りの力を振り絞って顔を見上げると――

「大丈夫か!? だいぶ消耗してしまったみたいだな」

「星来! しっかりするのよ!」

 ――蒼氷に、来ないように伝えてと言ったのに。

「錫弥、蘭景さん。どうして」

 特に、自分を抱きとめている、長い黒髪も額の青い飾りもすべて錫弥のものだった。星来は呆然としながら、錫弥の顔ではなく青い飾りを眺めた。

 ――なんだろう。この引き合う感じ。

「もう、大丈夫。少し眠るといい」

 錫弥は人差し指と中指を星来の額にそっと当てた。

 すると急に、徹夜した後のような眠気と、安らぎが襲う。

(でも、目を閉じちゃだめ……蓮を、止めなきゃ)

 その意思はとても敵わず、星来は目を閉じていった。

 気のせいだろうか。目を閉じる間際に見た、錫弥の髪の光沢が――


「星来は?」

 蓮は視界に入るか入らないかの程度の横目をむいた。

「“癒”の術をかけた。本来の術をかけたら、何日も眠るハメになるから軽めにかけた。ただ、加減が難しいから数分で覚める」

 蓮の背後で、錫弥は蘭景と星来を匿うように横にさせた。また、錫弥の見えないところで蓮も眉を顰めた。

「術、使えたんだ?」

「まあ、結構。こんな時期に使うと疑われるかと思ったが、今はそんなこと言ってられないからな」

「そのまま使わず仕舞いだったら、犯人候補に入れていた。……星来をよろしく」

 一歩一歩、警戒しながら晟夜に近づく。ある程度の距離を置いて止まると、がらりと鋭く険しく目つきを変えた。

「なぜ、こんなことをした」

「お前には関係ない」

 きっぱりと返されると、蓮は見下すように鼻で笑った。

「四天士の一人が殺されそうになったことが、ほかの四天士には関係ないと言っているつもりか? 笑わせるな」

 華焔刀を構え、本格的に戦闘体勢に入る。

 戦うことは避けたかったが、もう仕方がない。この怒りを抑えていたら、いつ爆発して怒り任せになってしまうか。それだけは避けるべく、今からやるしかない。

 蓮は地面を一蹴りして、突進する。その後ろには華焔刀から描かれた紅の帯――紅虹が描かれている。

 視界で大きくなっていく、敵の姿と包む闇。

(あれはいったい……?)

 己が身に留められない力が溢れているのか。でもつい最近、似たようなものに遭遇した気がする。とりあえず、思い出す前に攻撃しなければ。

 華焔刀が紅い軌跡を描いて、スサノヲとぶつかる。紅い眼差しと闇の眼差しも衝突しあう中、黒い靄が巻きつくように華焔刀を侵食し始めた。

(そうだ、この感じ。直接関わったわけじゃないけど、これは……)

 蓮は昔、華焔刀を持っていなかった時と同じように、刀身に炎を纏わせ、黒い靄を焼く。しかし、それは晟夜に読まれていて、即座にスサノヲを離し、薙ぎ払う。蓮は華焔刀の手応えが軽くなった瞬間に、少し後ろに下がりながら、高く跳躍した。すると、反撃すべく、華焔刀を突き出して渦巻く炎を放つ。

 炎の竜巻が迫るも、晟夜は平然としていて片手を突き出す。掌で黒い靄が集束し、渦の中心を光線となって進む。

 中央部は鎌鼬かまいたちでどんな力も分散させる――はずだったのに、光線の勢いは分散することも、衰えることもない。

「ふーん。やるじゃん」

 その時、炎が爆散し、黒い光線は手のように八方に分かれ、蓮を取り巻いた。

「こんのっ!」

 華焔刀を立てて持ち、一回転して周囲に紅虹の盾を作る。一斉に光線が蓮に襲い掛かると、けたたましい爆音と共に、爆発する。

 周囲を煙が立ち込めるが、そこからすぐに炎は向かってこなかった。

闇霞おんかもろとも散ったか……」

 晟夜がぼそりと呟きながら、突き出していた手を下ろした。

 常人なら、あの爆発に至近距離で巻き込まれては、死んだも同然。だが、蓮は緋尊。死んだとは決めがたい。

 煙が薄れ始めた頃、煙の壁を突き破り、蓮が弾丸のように飛んでくる。

「いい加減に――ッ!」

 華焔刀を両手で握り、上から叩き落すように振り下ろして月紅火を放つ。

 晟夜は一瞬、顔を顰めたがとっさの間に月紅火をスサノヲで受け止める。だがその技は、さすが緋尊の上位階級の威力を持つ技だけあって、徐々に晟夜のほうが押されていく。踏みとどまろうと足を強く地に叩こうとした時、紅い爆発を引き起こした。

 それを蓮は片膝をついて着地しながら見ていた。

(危なかった……。月紅火はきついけど、戦いの流れを変えるには仕方が無かった)

 ぽたり、と赤い水滴が髪を伝って滴り落ちた。

 爆発を至近距離で受けるのは避けようと、あの場所から脱出しようとした時、あの黒い靄に左足を捉えられてしまい、空中でよろめいた。しかもその時に、自ら放った紅虹に触れてしまった。

 そう。紅虹は中つ国のゲームのように、放った自分は効果を受けないなんていう、万能で優しいものじゃない。

(でも、ちょっと待てよ。黒い靄……捕らえ……)

 蓮はつい最近の記憶をよく探り出す。

 誰かが――凌雅と斗暉が黒い靄に捕らえられて――でも、どういう状況だったっけ――ああ、そうだ。

「碧紗が操られた時、だ」

 じゃあ、晟夜が碧紗を操っていたと言うのか。事実、星来が言うには、碧紗は四天士を殺すと言っていたらしいし、晟夜も自分達を殺そうとしている。共通している。

「どうして……」

 闇霞が炸裂し、砂埃を晴らす。晟夜も額に傷を負ってはいたものの、まるで痛手になったような様子は見受けられない。

「どうして」

 真実を突き止めなくてはならないとわかっていても、知りたくなかった。ずっと慕ってきた人が親友を操って殺そうとし、妹のような後輩も、自分も殺そうとしている。数は少なくとも、惨いと言わざるをえない所業。

「どうして! こんなことをしたぁっ!」

 全身に炎を纏って、流星のように突き進む。もう、悲しんでいるのか、怒っているのかわからなかった。

 蓮は晟夜との距離が狭まると、全身に纏っていた炎を華焔刀の刀身に集め、火の剣になったそれを振るう。晟夜も闇霞は厚くスサノヲに纏わせて迎えうつが、今度はそれだけでは済まされなかった。炎が蛇の形を成し、あたかもそれのようにとぐろを巻いてスサノヲに巻きついてきたのである。

 ――問いに、答えよ。

 炎の鎌首が、蓮の代わりにそう脅迫しているようだった。晟夜は下がって刀身に闇霞を圧縮させて炎を潰し、残骸の火の粉を振り払うと、注意が剣に向けられた隙に蓮が肉薄してくる。晟夜が闇霞を矢にして飛ばし、蓮を傷つけたが、当の本人は専ら気にする様子がなく、ほぼ火の玉の拳を晟夜の鳩尾みぞおちに叩き込んだ。

 重い鈍痛が晟夜を襲うも、持ち堪えて闇霞の砲を撃つ。攻撃のみに意識を注ぎ込んでいた蓮は対処ができず、遠くに吹っ飛んだ。

「かはッ……」

 口から赤い飛沫が飛び散った。体が地に引き寄せられているように重い。けれどもここで終わらせるわけにはいかない。

「はっきりさせたいことも、あるから……」


「七緒……」

 晟夜は血を吐きながらも立ち上がろうそしている、紅い剣士見つめる。

 さっきの炎は血紅色――まるで、血そのものを燃やしているような深い赤だったし、温厚な七緒が放っているとは思えないほどの殺気を帯びていた。いや、それ以前になぜ七緒が炎を――

 ――このままでは、緋尊が緋尊の禁忌の扉を開ける。

(緋尊? 禁忌とは……なんだ?)

 ――それが発動すれば、緋尊は間違いなく死ぬが、お前も死ぬ。

(それは、防がなければ)

 ――殺せ。

 その声と共に、晟夜は再びスサノヲを構えた。


 消耗は予想よりもはるかにひどい。感情任せに能力を、一時的とはいえ最大限に引き出してしまったのが一番の失敗。

(焦らず、正確に、すぐに終わらせなければ)

 能力節約のために華焔刀に炎は纏わせず、作戦を考えようと立ち上がった。すると今度は晟夜の方から向かってきた。蓮はかすむ視界を、目を細めてはっきりさせ、威力も縮小させた月紅火を放つ。晟夜は完全に見透かしたように避け、スサノヲを振り下ろす。

 躱されることは覚悟していたので、蓮は横に跳んで避ける。そしてそのまま返すように、晟夜が瞬時に作った厚い闇霞の盾さえ、その刃で切り裂く。華焔刀は傷を与えられるギリギリのところで、スサノヲに受け止められた。

「晟夜!」

 蓮はその腕に渾身の力を入れて押し続け、目を覚ましてもらえるように叫んだ。しかし返答はなく、寧ろ目が黙れと言っている。それに怒りを覚え、続けて叫ぶ。

「無意味な戦いをしても、無意味な結果しか生み出さないことは……貴方も知っているはずだ!」

 晟夜の表情が、微かに歪んだ。

(今の言葉は、効いた?)

 と、思ったものの、剣圧は全く減じない。中つ国と同様に、晟夜に揺さぶりは効かないようだったが、晟夜がその時発した言葉に、動揺ではないが何か変化があったことを窺わせた。

「俺がこの場にいるのは……俺にも守りたいものがあるからだ!」

 ――え?

 晟夜の守りたいもの。彼の立場から考えると、一族のことだろうか。それだとしたら、四天士を殺すことと何の関係があるのだろうか。一体、晟夜に何があったのか。

 その刹那。

「う……うあぁぁあっ!」

 華焔刀からスサノヲが離れ、晟夜は頭を押さえて苦しみだした。

「晟夜!?」

 蓮は手を差し伸べようとしたが、これが油断となって断ち切られるかもしれない。手をそのままにして、迷った。

(でも……あれ?)

 この状況も、星来が言っていた碧紗の状況に似ている。

 ――じゃあ、晟夜も操られていると言うのか?

 それにしては、晟夜にはまだ自我があった。違いはあっても、限りなく似通っている。

 ふと、晟夜の首元が濃い血色に鈍く輝いた。蓮が何事かと目を凝らして見ると、晟夜の首には血色の、光沢からして金属でできた首輪がはめられていた。

「……せ」

 息を切らせなかった晟夜が肩で息をし、首を絞められているような苦しさで言った。

「なに? なんて言ったの?」

「俺を、殺せ……! 七緒!」

 額に汗をかきながら、晟夜が蓮に必死に乞う。

(どういう意味?)

 晟夜は苦痛に耐えながらふらふらとよろめき、スサノヲを持つ腕が上がったり下がったりの動作を繰り返していた。

 もし、本当に晟夜も操られているとしたら。それならこの状況もなんとなく納得がいく。

「早く……しろ!」

「晟夜!」



 ドッ!



「あ……」



 その時、貫いたのは紅い刀身ではなく――


 黒い、刀身だった。


 同時に貫かれたのも晟夜ではなく――


 蓮、だった。



 何が起こったかをすぐに判断することはできなかった。

 華焔刀を晟夜に突き立てようとしたら、突然内側から衝撃が来て。

 すべての思考が遮断された。

 衝撃がした方を見るのに、視線を下に移動させたら――

 黒い剣が、自分の左胸を貫いていた。

 自分の血が、剣を伝い、つばに当たって滴り落ちる。

(こんな、ところ、で……)

 一気に剣が抜かれると、血がそれを追うように噴き出す。

(このっ……)

 蓮の意識は途切れ、ばたりとうつ伏せに倒れた。



「蓮!」

「蓮様!」

 錫弥と蘭景が叫んだのはほぼ同時だった。その叫び声の後に、それによって起こされたのか星来が目を開く。

(どうしたのかな――?)

 星来は仰向けに寝かされていたので、目が覚めた時は雲が流れる空しか見えなかった。

 視界の端に少しだけ入る錫弥と蘭景は、何やらとても緊迫した面持ちだった。

 何があったのか星来も確かめるため、上半身を起こす。傷口からの出血は止まったものの、やはり傷はまだ痛む。

 錫弥と蘭景が見据える先には――晟夜しかいなかった。疑問を抱いた星来は、蓮を探すために視線をずらす。そして目に映った蓮は地面にうつ伏せになり――大量の血を流していた。

「蓮!」

「駄目だ! 星来!」

 起き上がって、思わず走り出そうとした星来を錫弥が肩を掴んで止める。

(そんな……いやだよ。蓮!)

 蓮が血を流している。しかもあんなに。いくら緋尊でも――あれでは死んでしまうのではないか。

 と、晟夜は倒れている蓮の頭を踏みつけた。

「くくっ……はははっ!」

 踏みつけている蓮の頭を、狂ったように笑いながら、まるで人とは思っていないようににじる。

「武に長けたと言われている緋尊がこのザマだ! なさけないな!」

 晟夜の様子ががらりと一変したのは、星来でもすぐにわかった。

 自分が寝ている間に、何があったのか――

 すると、錫弥が口を開いた。

「貴様――誰だ? 晟夜、ではないな」

「ははっ! 名を名乗るまでもない! ……さて」

 蓮の頭から足を離し、“晟夜ではない”晟夜は、じりじりとこちらに近づいてくる。思わず三人も、後ろへ身じろいだ。

「そこの二人はどけ。素直に逃げてやれば、お前らは見逃してやろう」

 殺気の眼差しは明らかに星来に向けられていた。絶対的な危機の状況で、星来は震え止まらなくなる。蛇に睨まれた、小さな動物のように。

(やだ――死にたくない。来ないで――!)




「待て」

 錫弥が立ち上がり、晟夜の前に立ちふさがった。晟夜は何事かと立ち止まり、怪訝な顔をする。

 そして錫弥は静かな声で続ける。

「ここで退く気は、ないか」

「はっ! 楽師風情に何ができるというんだ。それとも一曲奏でてくれるのか?」

 明らかに嘲笑うように、晟夜は哄笑する。自分が見下されても、錫弥は冷ややかな表情のままだった。

「そうか……」

 錫弥は長套に手をかけ、一気に引き剥がすように脱ぎ捨てた。その下にあった――白い鎧があらわになると同時に、錫弥にも殺気が湧き出してくるのが感じられた。

「おぉ? 武の心得はあるんだな?」

「だてに小童こわっぱ共より、数万倍は生きとらんよ」

 急に言葉遣いが変わる。すると次第にそれが裏付けられるように白い鎧は金へと色を変じ、髪は紫へと染みるように変わる。

「錫弥――?」

 星来は誰にも聞こえない、自分でも聞こえないくらい小さく呟いた。白尊は銀髪だと聞いていたし、玄尊は多分、四天士であるからには特殊な黒髪だろう。四天士にはどれにも当てはまらない。

 錫弥は体を横に向け、前にきた右腕と右足を伸ばし、左腕はひき、左足は若干曲げる。拳法によくありそうな構えだ。つまり、戦闘体勢――

「命乞いの一つや二つあれば、四肢を断つくらいで済んだものを!」

 ろうそくの火が風で吹き消されたように、錫弥の姿がふっと消えた。

「なに!? どこに……」

 途端に晟夜の体が吹っ飛んだが、錫弥が表れた形跡はない。その浮き上がった体が地面に叩きつけられると思ったら、再び下から突かれたようにまた浮き上がる。敵の姿が見えない、袋叩きにされていた。

 少し袋叩きが続き、最後に晟夜が思い切り地面に叩きつかれると、空中に物影が現れた。

 それは錫弥ではなく――否、人ではなく。

 高貴さが漂う、紫の毛並みに金色の鎧を纏った、半透明の細長い翼の生えた、狼だった。

「まさか! いや、あれは……」

「貴様には特別、名乗ってやろうぞ」

 晟夜は地面に伏しながら顔を上げ、現れた狼を見上げた。

 星来と蘭景もまた、呆然とそれを見ていた。

 神々しく、威厳と覇気に満ち溢れた狼。それを星来は、すでに見ていた。銅像ではあったが。

「五帝と共にこの高天原を作った、四大真君の一人――風奏真君の錫弥」




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