第四章:明華と煌燐、互いの実力
「どうしよどうしよどうしよーっ!」
夏の暑さがまだ活発になっていない朝。聖良はポニーテールの髪を揺らしながら学園内を走っていた。
あの後、聖良は笛の音で眠ってしまったが、暁に起こされ寮に戻った。部屋に戻った時、時計は四時を指し示していたので寝坊は覚悟していた。が、まさか本当に寝坊するとは。
「七緒先輩と暁は許してくれるかな。でもでも、晟夜先輩はっ!」
あの二人は許してくれるかもしれない。でも今一番怖い人はどうか分からない。
聖良は腕時計を見た。チャイムが鳴るまで、あと数秒。
「あう……もう絶対間に合わない……」
「あ! 新堂ー。こっちだよー」
自分の足に、倒れそうになるほどの急ブレーキをかけ、声の方へ振り返った。剣道場とは逆の方向の曲がり角から、仁史が顔を出して手招きしている。
「何ですか?」
「説明は後! 時間ないし。こっち!」
仁史は聖良の手を引っ張り、走り出した。
「ごめんね。新堂が起きなかったのと航がバカしたから連絡がいかなかったんだ」
「はあ……」
よく分からないが、とりあえず連絡が自分に行き届かなかった故に探しているうちに、こんな時間にこんな場所にいるのだと勘違いされているらしい。
(結果オーライってことにしておこう……)
チャイムが鳴ったのは、その直後だった。
立ち止まった場所は、学園内の一角に作られた特別武道場だった。漆喰で固められた壁、瓦が敷き詰められた屋根は江戸時代の屋敷を思わせる。
剣道部は普通に剣道場で行うはずなのに。西園寺先輩も乗馬部で関係ないはずなのに。
「説明は中でするよ。入って」
察してか、付け加えて仁史は引き戸を開けた。
まず、ちゃんと玄関があり、そこで一つの部屋になっていた。上履きと靴下を脱ぎ、それを下駄箱にしまうとメインの場へ続く戸を開けた。
中にいたのは、七緒、航、晟夜、暁、綾乃。しかも横にいる仁史を含め、よくカンフーのシーンで着られるような拳法着を着ていた。
「やっと来たー! ごめんねぇ、虎堂が置き手紙を書いたんだけど、あのバカ、それをちゃっかり持ってきちゃったからさ」
七緒が掌を合わせながら言った。
「いえ、それよりこれって一体……それに、今皆さんが着ている服って?」
「これは高天原で武術の訓練をする時に着用する服。高天原のジャージに値するって感じかな」
「それってつまり、高天原の人で集まった、ってことですか?」
七緒は頷いた。
聖良は再度、今いるメンバーを見渡す。
「あれ。原瀬先輩は?」
「敏希は弓道部の方に行ってるよ。部長対決が終わったら来るって」
七緒の言葉で、身に締めた心の何かが欠けてしまった気がした。
いない。それだけなのに、とても嫌だ。
「敏希がいた方が良かった?」
「えっ!? あ……えっと」
仁史は微笑む。動揺が知らず知らずのうちに肯定を促してしまったのに違いない。
(動揺しないようになりたいな……)
ちょっと後悔した後、本当に訊きたかった質問を投げ掛ける。
「なんで、皆さんここに?」
仁史に質問したつもりだが、仁史は七緒と航と話始めていて、聞こえていなかったようだ。代わりに、暁が答える。
「昨日の話を聞いて急遽な。今の状況だと、いつ強者が襲撃してくるかわからない。だから名目上、選抜と偽って高天原の人を集め、互いに技を研くことにした」
「そっか。高天原の武術は中つ国にはない、体術と剣術を練り合わせるものだからね」
「……え? ん?」
七緒が二人の会話に違和感を感じ、つかつかと入り込む。
「いつの間に仲良くなったの? てか今、タメ語……」
「夜中に色々。合宿中限定で私達は姉妹ってわけ」
暁は自慢気に聖良と肩を組んだ。少し顔をしかめた七緒は暁ではなく、聖良に詰め寄る。
「なーんで同じ学校で、四天士同士なのに、私にはタメ語使ってくれないのかなー?」
「えっとぉ……その、尊敬しているからであって……」
「はいはい。私の妹をいじめるなよ。七緒」
「うるさいよ暁」
それらしくない、一見普通に話しているような口論が始まった。使う言葉一つ一つに皮肉が込められ、聞いている方も実に痛い。この勢いに聖良はこれから何をするかを訊くタイミングを完全に失ってしまった。
「ほーんと仲良いよな。あいつら」
「見てて和まないけど、ね」
仁史と航が呆れたような口振りをして、聖良に近寄ってきた。
「あの、これから何をするんですか?」
「明華と煌燐で簡単な試合だ。組み合わせは俺らであみだくじで決めといた。新堂の分も決めちまったけど、いいか?」
「いいですよ。それで、私の順番は?」
「最後。ちなみに俺は大当たりの審判なんだよなー。試合見るだけの」
航がつまらなそうに言った。
「さて、そろそろくるかな」
「原瀬先輩ですか?」
聖良が期待を込めて訊く。
「違う違う。怖いの嫌なら耳塞いどけー」
航が何のことを言っているのか、全く意味が……
「暁。七緒。いい加減にしないか。見苦しい」
よく分かった。晟夜の叱責が来るぞ、という意味だったのだ。
ようやく口論が収まった二人を横目に、航は大きく息を吸う。そして、普段の航とは大きく違った引き締まった声を武道場全体に響き渡らせる。
「一組目の試合を行う! 明華、西園寺仁史。煌燐、五十嵐綾乃。前へ」
呼ばれた二人はそれぞれ指定された位置につき、二人以外は壁寄りへとさがる。その際、聖良はあることに気付いた。
「二人共、竹刀を持ってない?」
「あの二人は体術で競いたいみたい。西園寺はテコンドーやってるし」
巽王宮に三人で突入した時に斗暉、即ち仁史が蹴りで魔物を蹴り飛ばしていたことを思い出しながら、七緒の付け足しに納得した。
二人は航の合図で礼をする。
「よろしく。互いに高天原の人間である以上、手加減する気はないから」
「うんっ! そっちこそ、女の子だからって手ぇ抜かないでねぇっ!」
綾乃はにこにこ笑い、ツインテールがぴょこんと揺れる。
聖良には失礼だと思いながらも、この人が拳法部部長なんて到底思えなかった。(しかし、仁史こそあんなことを言ったが、他明華生徒会もあり得ないと連呼していた)
「始めッ!」
航が鋭さを増した声を発す。
(さて、仮にも名門、煌燐の部長。いったい、どんな風に……)
途端、視界から綾乃の姿が消え、ツインテールにまとめた一本の髪の束だけが視界に残る。
仁史は危険を察し、少し身を反らすと蹴りあげた足が下から伸びてきた。綾乃が身を二つに折り、もう一本の足だけで立ち、両手を広げてバランスを保っている。そして更に驚くべきは、その形相の変わり様。
(今までヘラヘラしてたのは、いったいどこに!?)
微笑っている。余裕の笑みか、自分を嘲笑っているのか。
綾乃がそのまま体勢を崩すかと思われたが、下半身を回転させ、体を支えていた足で二発目の蹴りを加える。仁史は自分も下手に体勢を崩すよりはとバック転してこれを躱す。
(さすがにこれは無理があったな。でも、あっちだって同じこと!)
仁史は片膝を立てる形で足をつけ、膝を地につけた方の足をバネに綾乃に突っ込む。
「はっ!」
素早く身を捩らせ、飛び蹴りになるように足を突き出す。自分は小柄だし、テコンドーをやっているのもあって脚力には自信があるし、ちょっとした距離を跳ぶのもお手のものだった。……が。
パシッ!
その音がいったい何を示したのか、最初仁史にはわからなかった。
意識を戻し、よく見ると、蹴りが綾乃の小さな手一つで受け止められている。
(このままで……たまるかっ!)
受け止められている足を綾乃に近付くように少し曲げ、もう片方の足を蹴り上げた。
綾乃は当たるか当たらないかの距離で、顔を横にそらして躱したので、前髪が風で揺れる。
「……くそっ!」
仁史は半ば自棄になり、今度は上半身を起こして拳を構える。綾乃は慌てて離れようと手を離すが、間に合わず、仁史の拳が頬をかする。
まさに、良く言えば石火の早業。
(よし。少し自棄になったけど、冷静にいけば、勝てる!)
「来る、な」
「暁? くるって、何が?」
隣で腕を組んでいた暁に、聖良は訊ねる。
「綾乃、いつもはヘラヘラしてるけどさ。自分のミスで、つまりある程度予測できた打撃を受けた時は平気なんだけど。今のような予想外のを食らうと……」
「……食らうと?」
「見てろ。しかし、あんな無茶をする奴も久しぶりに見る」
綾乃は焦る様子もなく、頬を手で軽く擦ってから、無言で構えをとる。それに倣って仁史も構える。
そして、先に動いたのは綾乃。
(来た……。っ!?)
動きが微妙に違う。さっき仁史が拳を掠める前の動きを言葉で表すなら、俊敏。対し、今は鋭利と言った方が相応しい。
(あー。怒らせた、かもな)
綾乃の突きが容赦なく仁史に襲いかかる。右からの攻撃を防いだと思ったら、次は下から。それを防いだと思ったら、次は正面――これの繰り返し。全く反撃する隙を与えてくれない。それどころか、長時間やり続けられると、こっちに隙が出来てしまうに違いない。
(こうなると、足元を崩――!?)
いつの間にか腹の前に綾乃の掌が突き出されていた。打撃を食らわせるわけではないようだ。
――何をしようと?
そう解析しようとした瞬間、それは起きた。
「えっ?」
ドダッ!
訳がわからぬまま、仁史は床に叩きつけられていた。
誰よりも凝視しなくてはならない審判の航もぽかんとしてしまっている。
「審判。判定」
「お? あ、あぁ。勝者、煌燐の五十嵐綾乃」
腕を組んで試合を見ていた晟夜に指摘され、航はやっと判定を下す。直後、今までのはどこへやら。綾乃はぴょんぴょん跳ねだした。
「あっきらー! やったよー! 勝ったよー!」
「おいっ! 寄るな触るな抱きつくな!」
騒ぎ立てる二人をよそに、仁史は座り込んだまま、今起こったことを把握しようとしていた。
ずっと見ていて目が疲れたのか、七緒は目を擦り、その答えを言う。
「発勁でしょ。ね、暁」
「さすが七緒」
抱き付こうとした綾乃の額を押さえながら暁が言った。
「気の力で相手を弾き飛ばす技。習得するのにすごく時間がかかるはずなのに、綾乃が習得してるなんて、意外」
「あたしは天才なのー!」
手をばたばたさせて綾乃が言った。
「はい。そうですね。バカと天才は紙一重ですね」
「ぷぎっ!」
暁が暴れる綾乃に拳骨を加え、大人しくさせた。
「次、巽でしょ。頑張って」
仁史が七緒に歩み寄りながら言った。
「オッケー。西園寺こそ、さっきの大丈夫?」
「ヨユーだって」
七緒は壁に立て掛けてあった木刀を手に取り、所定の位置へ向かう。
仁史はさっきので痛めたのか、背中をさすりながら聖良の隣で座り込んだ。
「っそ……。ホント悔しい」
「背中、大丈夫ですか?」
聖良の問いに仁史は微笑んで答えた。痛いのか、どこか引きつっているが。
「うーん。後からくるよ。これ。ま、平気」
守るためには強くなきゃね、と仁史が小さく呟いたのは、聖良には聞こえなかった。
「二組目。明華、巽七緒。煌燐、宗蓬院暁。前へ」
木刀を持った二人が相対して立つ。
「暁には負けないから」
「やだなぁ。聖良のこと、まだ怒ってんのか?」
「それも含む、ね」
七緒は不敵な笑みを浮かべた。
とりあえず暁にはどんなことでも負けたくなかった。宗蓬院本家とか、そういうのは関係なく。知り合った瞬間から意気投合し、姉妹のような仲。例え些細なようなことでも、負けたくない。
航が構えの号令をかけた。二人はそれぞれの流派の構えをとる。
「待ったなしッ! 始めッ!」
地を蹴ったタイミングは、ほぼ同時。ドッ、と二本の木刀がぶつかり合い、それを挨拶代わりにすると、すぐ間合いをとる。七緒はしっかり足で踏み込み、木刀を振りかざす。叩きつけるように木刀を振り降ろすと、暁は木刀を横にして受け止めた。
「あれから鍛練はちゃんとやってるか?」
「愚問だね。やってないとでも言うと思った?」
暁は木刀で薙ぎ払い、七緒は膝を曲げて体を小さくし、跳んで避ける。そのまま左足を伸ばし、体を軸にして全体を捻るように回し蹴りをする。瞬時に反応した暁は、屈んでそれを頭上で通過させる。
「その程度か?」
「ふん。今のを決定打になんかしないよ」
七緒は着地し、暁は体を起こす。
「……」
すぐさま攻撃には移らず、暫しの間、互いに目を見つめあう。
そんな二人を、聖良は瞬きもせず見ていた。
(すごい。やっぱり、七緒先輩も暁も、すごく強い)
生死を賭ける戦いじゃないのに、気迫がすごい。攻めの動きに負けたくない気持ちが溢れ、見ているこちらも息が詰まる。
そして、ただ一つ。さっきの仁史と綾乃の戦いと歴然とした違いがある。それはさっきの戦いを“相手を打ち負かす”戦いだとすると、この二人のは“互いの力を測りあう”戦い。相手の力を知り、己の力も知る。表情もどこか楽しそうだ。
「さぁ、そろそろ再開しようか」
「あら? 私は奇襲を待ってたのになぁ」
「分かってる。七緒は奇襲からのカウンターを望んでいただろう。奇襲の際は必ず仕掛ける方も油断が生じるからな」
「なーにとぼけてんだか。暁はそんなことないくせに」
七緒はくすりと笑った。
「手っ取り早く、終わらせよう」
「私達のは、大体三分以内に終わるしね」
「ああ。しかしまったく、私達のは無駄話が多くて敵わないな」
戦いが再開される。木刀一本と対術で、二人は戦う。身を翻し、跳び、屈み。木刀で薙ぎ払い、振り下げ、振り上げ。剣道のように間合いをとらずに、いかに連続して躱し、攻撃できるかが二人の勝負。かと言って、でたらめには見えず、それどころか細かい動作、呼吸でさえも計算しつくされているように思えた。
ドガッ、と木刀がぶつかり合い、押し合いになる。
「決定打一つも満足に与えられない奴になってしまったか?」
「さっかから愚問多いよ。暁らしくない。ま、終わらせてあげるから、いいけど」
七緒は暁の横に回り込むように身を退いて避けると、急に抵抗を失った暁は前のめりになってしまう。
(しまった! 私としたことが……)
暁は出来る限り視線を背後にやる。
そこにあった、川のように止まることをせず、流れるように攻撃体勢に移る七緒の姿。
(このままで……たまるものかっ!)
そのうちに、七緒は容赦なく木刀を振り降ろした。
ドッ!
七緒の木刀は、暁の背に直撃していた。
「勝者、巽……」
「待って。虎堂」
判定を下そうとした航を七緒が制す。
不思議に思った航は視線を暁に移動させると、その理由が分かった。
「やるなぁ。暁。完全に油断したとこを狙うとは」
「いや。これはがむしゃらだ」
暁の腕が横に伸び、七緒の鳩尾に拳がめり込んでいる。暁は木刀が振り降ろされる一瞬にそれを為したのだ。
「そーんじゃ、判定はどーすりゃいーんだ?」
「引き分け、てことにしといて」
二人同時に言い、更に同時に座り込んだ。
「はぁっ……。暁、打撃のスピードが上がったんじゃない?」
「七緒こそ。打撃の重みが格段に上がった」
肩で息をしながらも、互いに誉め称え合う。お世辞なんかではない。素直に湧く言葉。微かに笑うと、二人は互いの手を握りあった。
「また、次にな」
「この試合、引き分けとする!」
航が判定を下すと、七緒と暁は共に立ち上がり、さがる。
「つーかーれーたー……精神力削るんだからー。もう」
「七緒先輩。お疲れ様です!」
聖良は七緒の赤いタオルを渡した。七緒はそれを手に取ると、額や首筋の汗を拭う。
「ありがと。でも次、聖良だよ。大丈夫?」
「私は平気です! ちょっと寝不足なだけで……」
「ううん。体調がどうこうじゃなくて、相手」
「相手?」
煌燐側は三人。綾乃と暁は既に試合を終えた。残るは――誰だっただろう。分かっているが、その名を思い浮かべたくない。
(え……まさか。そんな。嘘、で、しょ)
「最後っ! 明華、新堂聖良! 煌燐、宗蓬院晟夜! 前へ!」
(うそぉぉっ!)
せっかく思い浮かべないようにしたのに、航が現実に引き戻す。
聖良は視線で七緒や暁に助けを求めるが、死なない程度に頑張ってと言わんばかりの笑顔を返される。
(もう……遅刻した罰だと考えよう)
聖良は自分が持ってきた竹刀を片手に、航が指示した場所に立つ。
その目の前に、大きすぎるほどの威厳を備えた、木刀を携える宗蓬院晟夜。
「よ、よろしく、お願いしま、す!」
頭を下げたが、晟夜からは何も返答はない。どうやらとっくに集中モードらしい。
(挨拶ぐらい、してくれたっていいのに……)
聖良は剣道の構えをとる。
「待ったなしッ! 始めッ!」
聖良が踏み込み、その先に晟夜を見据えようとしたその刹那。
視界から晟夜の姿が消えた。
(えっ!? 速、い!)
背後をとられるのを防ぐために振り返ろうとした時、横に風を感じたのでその動作を止め、竹刀を盾にする。直後に木刀が振り降ろされた。攻撃を防ぎ、安心したのも束の間。
(なんて、重い剣圧!)
聖良は家で師範代として男女関係なく門下生と戦う。その中でも相当場数を踏んだ男子より、晟夜の剣圧はずっと重い。
押し負ける、と思うと、急に晟夜の力が消えた。
(え? なんで……)
ドガッ!
「きゃあっ!」
その姿は全くとらえられなかった。
晟夜が後ろから木刀で聖良の背中を叩き、聖良は転倒した。
「いったぁ……」
起き上がろうとすると、目の前に人の足が現れた。それを辿って見上げると、木刀を振り上げる晟夜の姿。目を見開くと、木刀を振り降ろされた。
(ひゃあっ!)
身が縮こまり、目を瞑る。
怖い……!
「晟夜!」
暁が叫ぶ。
聖良が目を開くと、目の前にぶつかる直前の木刀、晟夜の腕を掴む暁、聖良を庇うように二人の間に片膝を立てて座る七緒がいた。
「どうしてそこまでする必要があるんだ」
暁がぴしゃりと言い放つ。
「お前が手加減をしないのは知っている。しかし、叩きのめす必要はないだろう」
「暁。忘れたか。仮にもこいつは蒼尊だ」
晟夜は暁の手を振り払い、聖良を睨み付ける。七緒は警戒し、身構える。
そして晟夜は口を開いた。
「強くなるには、勝つにはまず畏れを捨てろ。畏れを捨てなければ、勝てない」
「……ほえ?」
思わず聖良は間抜けな声を発してしまった。
叱責ではなく、アドバイスだった。昨日の発言から比べると、ずっと優しい。
「聖良。大丈夫? 立てる?」
「ごめんな。聖良。組み合わせを変えるべきだった」
七緒と暁が支えながら聖良は立ち上がる。
全く対抗できなかった。あっと言う間に決着をつけられてしまった。
あれが、宗蓬院家の実力か。なんて、強いんだろう。
ううん。“強い”だけでまとめていいものか。
動きが速いだけじゃなく、的確に死角を突く。しかも一撃が強い。
「……でもね、聖良」
少し時間を置いて、七緒が付け加える。
「晟夜の言葉を肝に銘じとくのに損はないと思うよ。分かる?」
「はい……。あれだけ強いかたですからね」
晟夜の言葉を信じれば、自分は強くなれるだろうか。先輩達の足手まといにならないだろうか。
――原瀬先輩の隣に、いられるだろうか。
「あぁ、そうだ。聖良。碧紗から伝言」
「姉さんから?」
七緒はこくりと頷く。
「一緒にお母さんに会いに行こう、って。風源の塔の前で待ち合わせだってさ」
「風源の塔? ……あぁ、風奏真君の銅像がある柱ですね」
七緒が巽国の揖恕を案内した時に見たのを思い出した。なぜかこれは記憶に色濃く残っている。
「で、待ち合わせ時間がもうすぐなんだよ。抜けて行けば?」
「でもそんなことしたら……」
暁はにっこり笑いながら聖良の肩を叩く。
「私から晟夜に言っとく。私も行きたいし」
「……て、こら暁!」
七緒は軽く暁の頭を叩く。
「それに今の状況じゃ、護衛は必要だろう? 七緒が抜けられたら明華にとって色々不都合があるだろう」
「うう……悔しいけど、聖良のことは頼むよ」
七緒は聖良と顔を見合わせた。
「じゃあ、同じく風源の塔で待ち合わせな。碧紗とも面識あるから、確実に落ち合える」
「分かった。じゃあ高天原でね!」
聖良は竹刀を持って特別武道場を後にした。
この時、すでに自分は確実に闇の中へ進んでいたのに気付くのは、後の話――