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第四章:合宿開始、宗蓬院兄妹

 夏休みに突入し、二日目。いつもは運動部員が入り交じる体育館は、この日は綺麗に整列した人がずらりと並んでいる。

(やっぱり断ればよかったな……)

 聖良はライトが熱いステージ上にハの字に並べられた椅子に座りながら四日前のことを後悔していた。

 聖良以外は待ちに待った合同合宿初日、対面式。もしこれがなければ、聖良も“待ちに待った”と言う表現が使えただろう。後悔しても今更、と思うがやはり捨てきれない。ライトは熱いわ、風は来ないわ、今日に限って湿気が高いわ、止めに緊張で顔が火照って最悪だった。

 ステージ中央では、明華代表として七緒が挨拶を述べている。さすがそれらしく、緊張の色を全く見せず普通に会話をするように喋っている。それが聖良の緊張を促進し、座っていても足が震える。

「お前がそこに立って何か言うわけじゃないだろう」

「は……はい」

 弓道部部長として隣に座っている敏希が聖良を落ち着かせるか、呆れて言ったのか平然と構えて小声で呟く。

(そうだよ。私は煌燐学園の部長と前に出て握手だけすればいいんだから)

 震えと鼓動の速まりは未だ治まることを知らないが、気持ちだけはいくらか楽になった。冷たい優しさだったが、何よりも言ってくれたのが敏希だったのでとても安心する。

 その時、七緒の声が途切れて号令をかける二年生の声に変わった。明華代表の挨拶が終わったのだ。一度は落ち着いた心境も、次だと意識してしまうとまた戻ってしまった。

「聖良、大丈夫? 顔真っ赤だけど」

 右隣の席に戻ってきた七緒が座りながら言った。聖良は声を出すことができず、頷いて答える。

 次に、司会の仁史の声がマイクを伝って体育館内に響く

「では、各校代表、及び部長対面。まず両校代表から。明華学園、巽七緒。煌燐学園、宗蓬院晟夜」

(宗蓬院先輩と、なんだ)

 麻奈があれほど格好良いと言ったのだ。どれほどのものかと顔を上げて見ようとしても、上から何かに押さえつけられているように顔が上がらない。そうしているうちに拍手が聞こえ、握手を終えた七緒が隣に戻ってきた。

「聖良、大丈夫?」

「全然大丈夫、じゃ、ないですね。はは……」

 聖良は引きつったまま笑う。

「次に、剣道部部長。明華、新堂聖良」

「ぁ、はっはい!」

 いらないのに返事をしてしまい、聖良は赤面する。更に追い討ちをかけるように生徒がクスクスと笑いだした。

(もうやだ! 逃げ出したい!)

 込み上げて溢れそうになる気持ちが爆発しそうになったその時。


「黙れ」


 低く、聞き取りにくかった声だが堂々たる威厳を秘めたそれは、確かに体育館内に響き、笑い声は瞬時に止んだ。

「いちいちこんなことで騒ぐなど、情けない」

 男の声だが、左隣からではない。少なくとも向かい側、煌燐の方。

 聖良はそちらを見やると見えたのは、腕を組んで明らかに呆れている素振りを見せる青年。位置からして宗蓬院晟夜。全体的な、ルックスを含めた何かは敏希のものに近い。しかし、決定的に何かが敏希を遥かに凌ぎ、敏希の持つ何かを少量しか持っていない。

「さすが、宗蓬院家の当主」

「あれくらい覇気がないと一族なんて到底まとめられないよ」

 七緒と敏希が聖良を挟んで小さな声で話した。

「早く式を進めないか」

「あっと。煌燐学園剣道部部長、宗蓬院暁」

(宗蓬院?)

 そう言えば、誰だったかは覚えていないが、宗蓬院晟夜には双子の妹がいる、と言っていた気がする。まさか同じ剣道部、しかも部長とは。

 聖良はステージ中央まで進んでいく。いざ本番になって諦めがついたのか、足の震えは止まっていた。それでも鼓動が速いまま。

(宗蓬院暁……先輩って、どんな人なのかな)

 視界に細い指が入った。

「初めまして。宗蓬院暁です。よろしく」

 女性にしては低い、竪琴を奏でたような声だった。聖良はそれに応えるように手を差し出しながら宗蓬院暁と目を合わす。

(きれいな、人……)

 その言葉が出たのは普通に感想を述べる時の感覚ではなく、寧ろ熱い物を触って熱いと思う時と全く同じ感覚だった。

 漆を塗ったような肩までのショートカットの髪が似合った、白い肌の顔。それは宝塚でも十分通じるような、すっきり整った中性的な顔立ち。スタイルの方も、特に脚は高速通りにスカートは膝丈にしていたが、全体で見ると随分短く見えたほど長かった。

「どうかしたか?」

 惚れ惚れし過ぎて、聖良は暁の手を握ったまま、ぼーっとしていたのだ。

「すみません! 新堂聖良です! よろしくお願いします!」

 聖良は手を慌てて離し、あたふたと頭を下げた。すると再び生徒からせせら笑う声がした。聖良の顔はまたしても耳まで紅潮した。

「……」

 と、途端に治まった。暁が横目で百人以上はいる生徒達を睨み一つで黙らせたのだ。さっきの晟夜といい、この兄妹が放つ威圧感は尋常ではない。晟夜の威圧感が瞬時に刺し貫く氷牙なら、暁は吹き荒ぶ極寒の吹雪。

(怖い……)

 初めて魔物と対峙した時とは違う怖さ。恐怖と言うより畏怖と言った方が相応しいかもしれない。

 聖良はくるりと後ろに向き直ると、席に戻った。

「ごめんね。こんなに無理させちゃって」

 七緒が申し訳なさそうに声をかける。

「いえ。最終的に引き受けたのは私ですから」

 聖良はスカートのポケットから取り出したハンカチで、顔の汗をそっと拭う。

「暁先輩って、なんかハッキリ言えないんですが……怖い人ですね」

 七緒はきょとんとして首を傾げる。

「そう? 晟夜様よりは、いつも優しいけど」

「それに……七緒先輩に似ているところがありました」

 宗蓬院家当主の双子の妹、暁。彼女は兄の血を持っているせいか、怖い。それでも分家、しかも養子なのにどこか七緒に似ている。分かっているはずなのに言葉に表そうとすると、姿を隠してしまうから、言い表せない。

「それは私が怖いってことかな?」

「違います! えっと」

 分かっているよ、と囁くような笑顔を聖良に向けた。

 気が付くと、最後の拳法部部長の握手も終わり、航が閉式の言葉を述べる。やっと対面式が終わるのだ。

「聖良。この後、寮に一回戻って」

「え?」

「どのみち今日は親睦を深める程度。それより今は高天原で起こってることを宗蓬院に伝えなきゃ」




「では改めて。現宗蓬院家当主、宗蓬院晟夜」

 生徒会メンバーの団欒の場である寮のリビングに宗蓬院兄妹二人を含めた七人が集まり、低いテーブルを囲んで座っていた。

「よくぞお越しになりました。晟夜様」

 七緒は自分の一族の当主に向かって頭を下げた。

「毎回言っているだろう。お前は宗蓬院分家の者であるが、宗蓬院の血はひいていない。ゆえに敬語などいらないと」

「はい……すみませ……じゃない。ごめん」

 七緒はこの言葉を言われるたびに複雑になる。

 自分の好きな人と、晟夜と敬語や身分を気にせず話せるのは、恐らく分家では七緒一人。初めはそれに惹かれた。その優しさに惹かれた。でも後々冷静に考えると、それはただの疎外に過ぎないのではないかと思えることがある。だからと言って、この気持ちを消すことなんてできなかった。それを優しさと信じ。

「で、私達に念を押して寮に来るように言ったってことは面倒事、だな?」

「暁の好きな相当のね。とりあえず一通り説明するから、質問は終わった後でしてくれるとありがたいんだけど」

 七緒は頭の中に当時の情景だけを残すように、目を瞑って吐息をつくと、巽国の出来事を話した。まず聖良をつれて碧紗に会いに行った時のことから始まり、事細かに。誤解を招かぬよう、言葉選びにも注意して。

 しばらく七緒の語りは続き、星来が初めて雷を操り、魔物を追い払ったところで話は終わった。晟夜と暁は怪訝な顔をしていた。

「本題に入る前に、さっきさらりと言ったが、蒼尊、見付かったんだな」

 先に口を開いたのは暁。自分の話題に触れられ、聖良はびくりとする。

「今の話からすると……完全覚醒にはまだ至ってないな」

「完全覚醒はしてる。ただ能力をうまく使いこなせないだけで」

「力を使いこなすことが完全覚醒と言うんだ。早く使いこなしてほしいものだ」

 七緒が弁護する中、暁は横目で聖良を睨んだ。

 星来が初めて雷を放ってから一週間近く経ち、聖良は七緒と共に鳴莫みょうぼと呼ばれる魔物の中では最弱らしい猿型の魔物と対峙して実戦練習を行っていた。

 一度に五匹程度までなら対処できるが、それ以上は手が回らない。せっかく蒼尊なのだから雷を操って蹴散らしたいところだが、どうしてもあの時のように放てない。良くて電線がショートした時くらいの電気しか出てこない。そうやってそうこうしているうちに蓮が炎で軽く焼き払う。その都度、自分の無力さと蓮の剛強さを痛感した。

「今は蒼尊のことはどうでもいい。白尊に連絡はしたのか」

 晟夜が本来話すべき話題へと戻す。

「もちろん。途中で何ヵ所か寄らなきゃならないところがあるから、巽に来るには少し時間がかかるって」

「……玄尊は」

 七緒は一瞬言葉を詰まらせたように見えた。晟夜は問い質す。

「死んだわけではあるまいな」

「いや。ただ私は実際に会ったわけじゃないし、久遠から聞いただけなんだけど。『あの人の四天士に必要不可欠な何かは永遠に死んだ』ってさ」

 聖良にはそれが自分にも言っているように思えた。

 聞くところによると、十六年前に自分は四天士に必要不可欠な力を失った。玄尊も力を失ったのだろうか。いや、だったら四天士に必要不可欠な何かなんて曖昧な表現を使うだろうか。しかも“失った”のではない。“死んだ”のだ。自分の過去以上に、玄尊には一体何があったのだろう。

「せめてこのことは玄尊の耳に挟んでおかなければな」

「住所は久遠だけが知ってる。今の状態になる前は親友同士だったらしいから」

 晟夜が怪訝な顔をして、眉をひそめた。

「なに、今まで聞いていなかったのか」

「まるっきり知らないってわけじゃないよ。坎に住んでるのは知ってる」

「それだけじゃ、役に立たないだろう」

「晟夜。玄尊のことは白尊に任せておけばいい。早く長老にも連絡しないと。本家も全面的に協力し……」

 バタン、と大きな音がし、続いてリビングまでドタドタと走り迫る音が響いた。

「あっきらーー! っぎゃう!」

 ツインテールの小柄な少女が暁に飛び付こうとすると、暁は肘を曲げて横に突き出し、肘が少女の額に直撃した。

「コラ。危ないだろがっ!」

「そんなことより聞いてよー。この黒糖あんぱん、甘さ控え目でおいしーの!」

 少女は手に食べかけのあんぱんを持って、目をキラキラ輝かせている。

「つか、綾乃あやの。今のお前、明らかに不審者だぞ」

「んー? んぐんぐ……」

 あんぱんをたった二口で平らげると、綾乃はぴょこんと頭を下げる。

「こんばんわー。煌燐学園三年生、拳法部部長の五十嵐いがらし綾乃でぇす!」

(同い年!?)

(とっ、年上!?)

 生徒会四人と、さすがの聖良もこれには驚いた。ツインテールの髪型のせいか、子供によくあるようなゆっくりとした喋り方のせいか、高校生とするなら、いくら頑張っても一年生にしか見えない。

 呆然としている明華の五人の傍ら、晟夜が静かに立ち上がり、階段を上る。

「晟夜。寝るのか?」

「……騒がしいのは嫌いなだけだ」

 吐き捨てるように言うと、二階へ消えていった。その途端に明華の五人から溜め息が漏れた。晟夜がいなくなったことで、張りつめていた空気が一気に緩んだのだ。

「はぁー。なんなんだよホントに!」

「さっすが晟夜様。バカでも黙る」

「誰がバカだよ」

「じゃあー、黙らなかったあたしはバカじゃないー?」

 綾乃は首をかしげた。暁はつかさず突っ込む。

「誰がどう見ても世界公認のバカだろが」

 凍り付いたような束の間の沈黙の後、それを突き破るような泣き声がリビング、いや寮中に響く。上にいる晟夜は相当迷惑がっていることだろう。

「うわーん! 暁のバカー! そんな風に言うことないじゃんかー!」

 そんな状況になっても、暁は完全に無視を決めていた。他五人も対処の仕方が分からないので、とりあえず放っておく。しかし、泣き止む様子がないので、とうとう暁が抑え気味に怒鳴る。

「ったく。あっちじゃ朱夏なんだから、もっとしっかりしたらどうなんだ!」

「そうなんだ。朱夏ならもっと……」

 七緒は今、何気無く呟いた内容に恐怖を覚えた。

「え――!?」

 綾乃が三年生だと分かった時より、はるかに驚愕した。敏希ですら、ケータイで部員に送るメールを打つ手が止まった。生徒会四人は輪になってひそひそ話を始める。

「え、私こんなのに拾われたの?」

「こんなのに仕えていたのか?」

「こんなのが僕らの国を治めているわけ?」

「なに、俺こんなのより格下なの?」

「こんなのゆーなーっ!」

 綾乃に一斉に生徒会から不信の眼差しが注がれた。それが相当怖かったらしく、綾乃は暁に助けを求める。

「暁ぁー。みんながいじめるよーっ!」

「正論なんじゃないの。向こうが」

 止めの一言。綾乃は泣き声の音量を上げて、また泣き出した。でも、本当に困っているのは、どちらにつくべきか悩む聖良だったりする。

「でもちょっとおかしいんじゃないの? 五帝には中つ国の自分がいないはずじゃあ」

 輪から抜けた七緒は暁に尋ねる。

「私だって信じられなかった。でも認めざるをえないんだ」

「あの、質問いいですか?」

 聖良が小さく挙手する。二人もそちらを向く。

「なんで五帝には中つ国の自分がいないか、でしょ?」

 聖良はこくりと頷く。

「そうだね。中つ国の自分と高天原の自分は花と葉の関係に近いかな。葉が光を浴びて栄養を作らないと、花は咲かない。でも五帝は例外で、高天原でしか存在しない、はずなんだけど」

 七緒は今のことはどう説明すべきか迷った。

「高天原のみの存在ではいられなくなった――即ち、もしかしたら五帝の力も低下している、とか?」

「かもな。最初からそれに気付けば良かったな……」

「うぇーん! 暁のバカ! バカ! バカーっ!」

 一人で泣いていた綾乃が発狂し出した。

「うるっさい! いい加減にしないと天日干しにして乾物にしてやんぞ!」

「あれだけ泣けば、嫌でも水分飛ぶんじゃ……」

 そして、結局綾乃が泣き止んだのは、消灯時間ギリギリだった。

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