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第三章:守りたいモノ、始まりの目覚め・後編

 不意討ちは完全に扉を開いてもなかった。あったのは部屋の中央で正面を向いて立ち、目の前に巨大な窓からの光で長い影をおとす、碧紗。

「留京! 一体何があったの!? 使者から何をされた!?」

 斗暉が呼び掛けるが、応答はない。代わりに投げ掛けられたのは、冷淡な言葉。

「退去せよ、と言ったはずだ……」

 影から有翼の虎、兇忤くうごが五頭現れる。

「聞く耳持たない、って感じだね」

「とにかく、魔物を片付ける」

 斗暉は兇忤の顎を蹴りあげ、動きを止めると前足と右翼をはねて動きを封じる。兇忤の鳴き声で振り向くと、斗暉の背中を狙われる。その時、凌雅が割り込んでその兇忤の背を斬り裂く。

「どうする? 留京をどうにかしないことには、こっちもどうしようもないよ」

 碧紗は眉一つ動かさない。まるで、動くまま固まったように。それも心身共に。

「碧紗、さん……」

 星来は応戦する二人より部屋の奥で、人にしては不気味すぎる雰囲気を纏った女性を見据えた。

 ――この人が?

 ――この人が、高天原での私の姉?

「……違う」

 元の碧紗を知っている、覚えているわけではない。ただ、直感的に、または常の人間にあるものが無くなっていることがわかっただけ。

 星来は魔物の間をすり抜けて、碧紗の元へ走る。

「星来!? 危ないよ!」

 止まれなかった、止まりたくなかった。星来は碧紗の肩を掴み、叫んだ。

「碧紗さん! どうしてこんなことするんですか!」

「黙れ……去れ!」

 腕を振り払われ、反動でよろめき、その絶好の機会を兇忤は狙う。星来は降り下ろされる前足を断ち、更に横に一閃する。

「星来! 伏せろ!」

 二頭目を斬った凌雅の声に星来はとっさに反応し、膝を曲げて片膝をつく体勢になる。その刹那、頭上で空気を切る音がする。視線をその方向にやると、碧紗も剣を抜いていた。

 斗暉が最後の一匹を片付けると同時に星来は碧紗から離れる。

「退去、と……」

 碧紗はじりじりと近付く。

「言ったはずだぁっ!」

 狂気に目が光る。それに呼応するように再び兇忤が六頭現れる。

「留京をどうにかしないとな。星来、頼めるか?」

「凌雅! 留京の腕はわからないし、危険だ!」

「剣を交えているうちに正気に戻るかもしれない。今は少しの可能性に頼るしかない」

「分かりました。やります!」

 それでも斗暉は制止させようとしたが、聞かずに星来は走ってくる兇忤の背を踏み台にして跳躍し、碧紗の前へ降り立つ。すると早速と言わんばかりに剣を振るう。それを星来は必死に碧瑠刀で防御する。

(剣圧が強い。やっぱり本当に操られているんだ)

 これで、本当に剣術を身に付けていない人の力なのか。袖の長い、見るからに動きにくそうな着物を着ていても、ものともせず、表情が凍ったまま戦っている。

「碧紗さん! 目を覚ましてください! 碧紗さん!」

 押し合っていた剣が弾かれ、隙に星来の顔を目掛けて剣を突く。顔を反らして突きを避けるが鋒が頬に赤い線をつける。星来は顔の横に伸ばされた腕を肘鉄砲で退けると、碧紗の手から剣が離れた。

(中つ国で蓮は碧紗さんは私の姉と言ってたっけ)

 しかし、その記憶はないと言っていた。もしかしたら蒼い髪と瞳を持つ妹なんて印象が強くて、少し揺さぶりをかければ思い出すのではないだろうか。

 星来は声の無い自問をしてから、頷いて決心した。

「姉さん! 私だよ、星来だよ! 姉さんの妹の、蒼尊の星来!」

「せい、ら」

 剣を拾おうとした素早い動作が止まる。

「四天士は……殺す」

 星来は一歩下がり、離れた。

「蒼尊も、殺す……駄目……星来は、私の、妹……」

「姉、さん?」

 言葉が支離滅裂でおかしい。

 まるで、碧紗の中に二人、碧紗自身と碧紗を狂わせている何かが混在している。

「うわぁああぁっ!」

「姉さん!?」

「どうした!?」

 兇忤の相手をしていた二人は最後の一匹を始末し、頭を抱えて苦しむ碧紗に注目する。

「させない……殺す!」

「姉さん……?」

 星来が手を差し伸べようとしたが、苦しみながらも拒絶する。

(どうすればいいの?)

 目の前で人が苦しんでいる。助けたい。でもその方法が分からない。苦しんでいるのは、恐らく碧紗の中に潜んだ何かのせい。それからが分からない。そのうちにも、碧紗はふらふらと頭を抱えながら、星来から離れていく。

「何が起きた」

 凌雅と斗暉が警戒を携えながら星来に駆け寄って訊く。

「分からないんです。私が呼び掛けたら、急に変なことを言って苦しみだして……」

「変なこと?」


 ガシャー……ン


 窓の硝子が割れる音がした。

「今度は何だ!?」

 そちらを向くと碧紗の姿はなく、天井に達しそうな大きな窓硝子に大きな穴が空いていた。

「まさか……落ちた!?」

 斗暉の顔色が青くなる。

「幸い、ここは二階だから比較的地面から近いが……」

「私達も早く出ましょう。落ちたところを魔物に襲われるかもしれないですから」

 星来は蒼氷を連れて窓の外に飛び降りる。蓮のすることに似てきたかもしれない、と思ったのは外に出た後だった。

「姉さん!」

 星来は着地し、硝子の破片の中で倒れている碧紗を抱き起こす。硝子のせいで擦り傷はあったが、気絶しているだけで息はある。

「姉さん! 姉さん!」

「動かさないで」

 続いて降りてきた凌雅と斗暉が近寄り、斗暉は容態を診る。

「僕は下級将軍だけど、巽の医療団の長だからね」

「戦う職と治す職を?」

「中つ国じゃおかしい話だけどね。高天原じゃ武力をもって戦う対象は魔物だから」

 碧紗の体を斗暉に委ね、再度容態をみる。

 その時、背を向けながら近付く人影に気付いた。

「碧紗がどうかした?」

 視線を上に移動すると、赤い髪が目に入る。紛れもなく蓮だった。

「ちょっとびっくりしたよ。硝子が割れたかと思ったら、ドンって音はするわ、星来の声はすぐ近くからするわ。碧紗が窓から落ちた?」

「はい。私が呼び掛けたら急に苦しみだして……」

「詳細は後で。周りの状況、目に入ってる?」

 星来は言われてから蓮の背中越しに状況を確かめる。今、六人は多勢の魔物達に包囲されていた。とても悠長に今までの出来事を説明している場合ではない。

「王宮内で魔物は現れた?」

「はい。一度に四頭前後」

「魔物が呼べる術を使えるなら、こっちに大半をまわしていたんだろうな。これでもずっと緋炎と戦ってたんだよ?」

 自分は逃げていない、という弁解も入れていた。さすがにこの多勢を見ては、逃げていたと疑われても仕方ない。

「そういえば緋炎は……」

「半分を任せた」

 不意に荒鷲が一羽飛んできて、蓮がそれを剣で上に薙ぎ払う。

「蒼氷。星来を安全なとこに避難させて。この状況は危険すぎる」

「蓮!」

 星来は無力な自分が追いやられることを恐れた。

「この状況は戦い慣れてる人でも無事でいられるかわからない。頼む。わかって」

「……はい」

「では、行きましょう。星来様」

 後を空から追おうとする荒鷲と兇忤を蒼氷が雷を放って落とし、その場を離れようとした刹那。

 ザァー、と草原を風が撫でるような音がした。

「うっ!?」

「なんだ、これ!?」

 振り向くと、碧紗から黒いもやが出て、凌雅と斗暉を縛った。靄は四天士には効かないらしく、星来と蓮には近付かない。

「凌雅!? 斗暉!?」

 隙を作らない蓮が、捕まることがない二人の異変に振り向いたことによる、隙を作ってしまった。その間に荒鷲が足で蓮をさらい、蓮がいたはずの場所にカランと華焔刀が落ちる。

「蓮!」

 三人が目を見開き声をあげる。

 蓮は魔物の群れに落とされ、魔物が一斉に襲いかかる。

「蓮!」

「いけません! 星来様!」

 星来は急いで駆け寄ろうとするが、蒼氷に止められる。

「でも、蓮が!」

 僅かな魔物の間から嶄河に噛み付かれ、兇忤に引っ掻かれ、苦痛の声をあげる蓮が見えた。凌雅は、蓮は華焔刀を使ってやっと能力を引き出せる状態だと言っていた。その大切な華焔刀は星来の目の前にある。抵抗したくとも出来ないのだろう。

 助けてやりたい星来も、ただ立ちすくむしかなかった。

「どうして……私は無力なの……?」

 ドサッと音をたてて蓮が魔物の群れから弾き出された。体のあちこちに無惨な程の傷ができ、出血であっという間に血溜まりができた。

「蓮っ!」

「大丈、夫。四天士は生命力も、強い、から……」

 安心させるように蓮は笑顔を作ったが、見ていられなくなる程に苦しそうで、痛々しい。

「星来、離れて」

 その時、群れの中から兇忤、いや違う。翼は荒鷲のもの、体は双頭の兇忤。今回現れた三種を混ぜたような種だ。最後の一撃を食らわすために、出てきたのだろう。

 離れることもできず、星来は願う。

「――力が」

 その時、魔物が吠えた。

「力が欲しい」

 蓮を目掛け、飛んでくるように走り出す魔物。

「――守りたいのに!」



 フッ、と



 一瞬にして、星来を包む空間が暗闇に変じた。

「あれ、え?」

 寒くかったが、ひどく寂しく、悲しい気持ちがした。

「いつまで、そうしているの?」

 大人びた幼い声が聞こえて、後ろを振り向いた。

 いたのは、幼女。しかも髪と瞳は蒼い。

「蒼尊には、十分な守る力があるのに」

 まるで母親が子供にものを教えるような口調。

「私は……蒼尊なんかじゃない! だから使えるはずの能力――雷も使えないじゃない!」

 八つ当りだった。無力を認めざるを得ない自分の。

 その矛先を向けられた幼女は儚げな顔をする。

「私は十六年前に守りたくて力を使ったけど、結局失うことになった」


「だから、その失敗で目を閉じて、耳を塞いで」


「使えないんじゃない。本当は使える。自らが使えなくしている」


「貴方は、何をしたいの? 何を求める?」


「私は、先輩達を守りたい。その為の力が欲しい。今度こそ戦うって決めた」

 幼女は蒼い双眸で見上げ、星来を見据える。


「本当に守りたいなら、立ち向かいなさい」


「逃げたら、影が後悔として残る」


「目を開け、耳を塞ぐものを離しなさい」


 幼女は手を差し出した。星来は意識的にその手をとる。

「失敗を恐れないで。恐れから繰り返さないで」


「私はこれくらいしか出来ないけど」


「後は、貴方次第」


 幼女は手から少しずつ光の粒となって人の形を崩していく。

「……君は、誰?」

 幼女は消えかけている顔で儚げに笑う。

「私は貴方、貴方は私」


「四年間を共にしたモノ、貴方が十六年前に無くしたモノ」


「今度こそ、守って」

 悲痛の思いに、星来は決意する。どんなことがあっても、と。

「……うん」

 幼女は安心したように笑う。

「お姉ちゃんと、お母さんを、よろしくね」


「私が存在できたのは、あの人の力を引き継いだおかげ――」

「え? あの人?」


 空間は光を取り戻し始めた。


「蒼尊の力は特別なものなんかじゃない。守りたいという意志、それだけなの」


「さあ、行って。そのための力は、もう貴方自身に宿っている!」


 闇が音もなく弾け、辺りが暗くなる前の光景に戻った。星来は幼女の手をとった時の状態だった。暗闇の中にいた時と違うのは――

「力――守りたいという意志」

 突き出した掌に、集束し大きくなっていく電気の球。

 蓮は閉じかけていた目を、大きく開いた。

「星来、それ……」

 双頭の兇忤が口を開け、まず蓮に噛み付こうとしていた。

「っ! させない!」

 星来は電気を放つ。それは太い光線状となって、双頭の兇忤を襲い、黒く焦げるまで焼ききった。

雷漣らいれん……」

 自然と脳裏にその技の名が浮かんだ。

 ――これが、私の力なんだ。

 魔物達は一瞬怯んだが、群がって襲ってくる。

(慌てちゃいけない。一点を狙えば……)

 群れの中に黒い球体を認めた。

(あれだ!)

 あれで誰かが魔物や碧紗を遠隔で操っている、と推測した。無意味にあれがあるわけがない。

 星来は地を蹴り、跳躍する。足りない高さは魔物の背を蹴って補う。道を遮った荒鷲をもう一度雷漣で焼き、黒い球体の前まで来る。

「蓮をあんな目にあわせてぇっ!」

 かつてないほどの怒りを込めて叫ぶ。星来は碧瑠刀を振りかざし、スパッと黒い球体を切断した。断面に電気が纏い、全体を包むと砂となって消えた。そして、あれだけたくさんの魔物も同じく一匹残らず砂になって消えていった。

 星来は地に着き、バチバチと電気を纏った碧瑠刀を眺めた。

 自分は電気、即ち雷を操った。

 ――やっぱり蒼尊だったんだ。

 もう否定できない。いや、否定しない。この力を自分の守りたいもののために使っていいのなら。

 星来は、はっと他にもしなければならないことを思い出した。

「あ、蓮! 大丈夫ですかっ!?」

 蓮は凌雅に肩を支えられて、立っていた。その光景に少し胸がチクリと痛んだ。

「星来。蒼尊の力が……」

「自分でもイマイチわからないんですが……」

 そういえば、あの子は誰だったんだろう。蒼い髪と瞳をしていたし、『私は貴方、貴方は私』と言ってたからには自分自身だろう。しかし本当にそれだけだろうか。

「星来。留京が呼んでるよ」

 斗暉が碧紗の上半身を起こしながら呼ぶ。星来は言う通りに碧紗に近寄る。

「星来、星来なの? 本当に?」

 その虚ろな顔は。

 最初、自分を鏡で見た時の顔と驚くほどよく似ていた。

 ――この人が、姉。

 この人が母親と言われた時より、もっと素直に受け入れられた。それはずっと姉が欲しいと思っていたからだろう。

「十六年間、すごく、長かった」

 碧紗の目に涙が浮かぶ。

「姉さん。記憶が?」

「ええ。十六年前の四年間のこと」

「……私は思い出せないんです」

 碧紗は悲しそうな顔をした。

「でも、碧紗さんが姉さんで嬉しいです!」

 碧紗はにっこり笑って星来を抱き締めた。姉と言う表れない感触が、とても温かかった。


 そして、星来は決意した。

 ――蒼尊の役目を引き受けよう。守りたいものが、自分の力で守れるなら。

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