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第三章:影の敵、巽国の初戦・前編

 はぁ、と厭きれた重い溜め息をついて星来を降ろしてから蓮は鞘から華焔刀を抜いて構える。

「頼むよホント……」

「あの二種は?」

「双頭の銀色の狼が嶄河ざんが、白黒の縞に血色の翼を持つ虎が兇忤くうご。前者が中級、後者が上級魔」

 牙を剥き出しにして唸りながら一頭の嶄河が突進する。蓮は片方の頭に華焔刀に噛みつかせ、もう片方の頭が口を開くと顎を蹴りあげ、突き放した。

「雷使って結界張れる?」

 星来は伏し目がちに申し訳なさそうに首を横に振る。

「じゃあ私から離れないで。紅虹じゃなくて、なるべく炎で戦うから。消炭になっても知らないよ」

 中つ国で蓮が一瞬で魔物を炭にした光景を思い出し、ぞっとしながら頷く。

 その直後、魔物達が覆い被さる津波のように地はもちろん、空からも襲う。それでも蓮は涼しい顔で軌跡に火の粉を振り撒きながら華焔刀を振るう。

「そーんじゃ、久しぶりにやりますか、と」

 蓮は身を屈め、剣を横に一線する。その軌跡から三日月型の紅虹が斜方に向かって飛び、一匹の荒鷲に当たると、ぶわっと迫力ある爆風を起こしながら爆発し、星来と蓮を避けて炎が包んだ。あまりの暑さに熱風に少し撫でられただけでじんわり汗が出る。

「すごい……」

 星来が感嘆している一方で、蓮は手で爆風でなびく髪を押さえる。

「攻撃範囲も消費する体力も凄まじいから、あまりやらないんだよね。おまけに確かに魔物は一気に討滅できるけど、人も巻き込んじゃうし」

 蓮は剣を振り下ろす。草原に積もった魔物の灰。

 ――それらを踏みしめる、生き残った多数の魔物。

 二人は驚きの色を隠せなかった。特に、蓮は。

「あれにやられなかったのがいたなんて……」

「そんなはずは……。でも」

 蓮は右掌に蜜柑くらいの大きさの火の玉を作る。

「ちょっとこの状況は不利だから逃げよう。ここじゃ王宮を気にして戦わなきゃならないし、灰が目に入る」

 蓮は火の玉を一匹の荒鷲に向けて放つ。火の玉は蜘蛛の巣のように広がり、荒鷲を捕らえて炎を纏わせた。暴れ、もがきながら火の鳥と化した荒鷲は、荒鷲のものではない甲高い声で鳴くと仲間にぶつかり、火傷を負わせながら二人の前に舞い下りる。

「乗って。この火は火傷しないから」

「魔物を操る術、ですか?」

「この火が魔物の体を焼け切るまではね」

 蓮の後に星来も背に乗る。炎が脚を舐めたが、熱くなく、何かが触った、くらいの感じしかしなかった。

 火の鳥は熱風と火の粉を散らしながら飛び立つ。飛行可能な荒鷲と兇忤が反転して追ってきた。

「私達を狙ってるんでしょうか?」

「……違うと思うけど」

「え?」

 蓮は返答しないで立ち上がり、体ごと後ろを向いて、その回転を利用しながら剣を振り抜いて三日月の紅虹を放つ。群れに命中すると、凄まじい爆音と共にそれに値する爆発が起こる。

「魔物の分際で、私達を追うなっ……!」

 灰になって声が聞こえるはずのない魔物に怒鳴ると、蓮はへたんと座り込んだ。

「蓮!」

「はっ、はぁ……。月紅火げっこうかってホントに負担が大きいんだから」

 蓮は息を切らせながら華焔刀を鯉口を鳴らしながら鞘にしまった。

「凌雅達と合流しよう。一旦」

 火鳥を駆り、そんな距離のない揖恕までの間を飛ぶ。

(力が、あれば……)

 疲労しきった蓮に寄り添いながら星来は思う。

 蓮が言っていた『不利な状況』とは、きっと自分がいたというのも入るだろう。せめて、力があれば足手まといにならないのに。援護できるのに。守れるのに。どうしてこんなに無力なんだろう。

(あ、れ?)

 力を望んだが、それはなんの“力”なのだろう。魔物と戦うなら、やはり蒼尊の力。と言うことは、自分が蒼尊であることを認めたに等しい。

 ――自分は、何がしたいんだろう。

(違う。私は普通の人間……)

 火鳥が下降し、足が地に着くと二人は背から飛び降りた。その足音と共にシュッ、と火鳥は急激に小さくなり、消えた。火の鳥を蝋燭ろうそくの火と例えるなら、荒鷲の体はろうの役割をしていたのだ。

「はぁ……」

 蓮は浮かない表情で吐息をつく。

「大丈夫ですか? 魔物のことで……」

 星来の問いかけに蓮は浮かない表情のまま首を横に振る。

「碧紗のことで。どうして……」

「あ、星来! 蓮!」

 斗暉が二人に向かって大きく手を振る。その後ろには凌雅と尭宗。近寄り、何か話し出そうとしたが尭宗が蓮の顔色の悪さに怪訝な顔をした。

「どーした? 王宮で感動の再会を果たしたんじゃないのか?」

「感動、はしなかったね。というより程遠かった」

「?」

「報告することがある。緊急で。また尭宗のとこ、借りていいかな」

 訝しく思いながらも、尭宗は頷いた。



 尭宗の家、蔡家は宿を営んでいて、四人の会話を聞いたとこによると機密会議から雑談まで様々な対話をする時によく利用するらしい。

 四人はある建物の前で足を止めた。中華の雰囲気がある料亭の感じがする立派な建物。

「ここが尭宗ん家。今度から星来も顔パスにしないと。って言ってもその髪と目でどうにかなるか」

 軽く笑うと四人は中に入る。星来はもう少し外装を眺めてから入った。

「お帰りなさいませ。尭宗様。蓮様もよくぞいらっしゃいました」

 玄関掃除をしていた女性が雇い主の子息を見て手を休め、頭を下げる。

「おぅ。いつもの部屋、空いてるか?」

「もちろんでございますとも」

 その意外さに星来は女性と話し始めた蓮の代わりに斗暉にこっそり耳打ちする。

「ここでは、お坊っちゃまなんですね」

 斗暉は微笑んで頷く。

「上流の宿だしね。中つ国の僕もこんな感じだけど」

「……」

 中つ国の斗暉、即ち西園寺仁史は天下の西園寺コンツェルンの御子息。中つ国では尭宗と同等以上の扱いを受けていることだろう。

 聞く相手を間違えたな、と密かに後悔しながら星来は案内役の人に導かれる四人についていった。



 案内された部屋は特に最上級の部屋で和式だった。入って早々、蓮は寝台に仰向けに寝転んだ。

「ふー。やっぱりここは癒されるね」

「李雪。話を先にしてから寝ろ」

「私はすっごく疲れてるんだから、そこは目を瞑ってよ」

 ごろりと転がって、蓮は横向きになった。

「話をすれば弁明にもなると思うが」

「はいはい。凌雅のバカー」

 蓮は渋々寝台から降りると椅子に座る。他四人も卓子テーブルを囲んで椅子に座った。

「で、さっき言ってた『感動の再会じゃなかった』と言うのはどういう意味だ?」

「感動どころか最高の驚愕と落胆だね。碧紗、誰かに操られてた。顔合わせた直後に斬りかかってきた」

 まさか、と三人は口を動かす。

「碧紗は運ぶこと以外剣を持ったことがないって言ってた。剣の稽古をしていたか、って聞かれたら、なおさら。なのに凌雅と同じくらいの腕だった。それにあんな碧紗の殺気立った目、見たことない」

「留京の親友が言うんだ。間違いない」

 斗暉は呆然としてか落胆か、あるいは両方の溜め息をつく。

「久しぶりだね。そういう愚かな術者。巽国支配でも狙ってるのかな」

「もう一つ、あるんだけど」

 碧紗を操っている犯人探しとして話を進める前に蓮はもう一つの異変を話す。

「魔物に待ち伏せされた。予め」

「はぁぁ!?」

 三人は碧紗の話より驚く。星来が聞いていると前者の方がよっぽど驚くべきことに思えるのに、どういうことなのだろう。それを目で訴えると斗暉が答える。

「魔物には待ち伏せする習性はないんだよ。人が渡り鳥のように決まって季節に飛び移動する習性がないように。ふらふら歩いて視界に入った魔物から殺していく、はずなのに」

「それ、本当なんですか?」

「うん。少なくとも僕はそういうとこを見たことないし、書物にも載ってない」

 不審に思えるように努力してみたが、やはり無理だった。

「それより、留京女史のことも気になるな」

「……信じたくないんだけど」

 俯いたまま、蓮がそっと口を開く。

「裏で糸引いてる人がいる、でしょうね。操るって形で」

「術者、か。しかも高等な」

 尭宗の一言に、蓮は顔をあげて頷く。

 術者。言葉からしてそのまま。術を使って様々なものを操る者。そのくらいは星来にも理解できたのと同時に息を飲む。目的は蓮を殺すことなのだろうか。それとも国の支配か。何れにせよ恐ろしい。

「でもさ、蓮。僕たちが王宮を出る前に話した時はいたって普通だったよ。異変を見抜く力は鋭い尭宗ですら、違和感を感じなかった」

「そういう力がすごいのは認めざるを得ないから……じゃあ、術者に会ったのはその短い間……」

 蓮を始めとする四人には全く心当たりがない。巽王宮に勤めている者に術が使える者はいないし、総将軍と信官長のおかげで警備はしっかりしている。不審者が入れば早急に気付く。

 星来がふと、記憶を辿っていくうちにあることを思い出した。

「そういえば、王宮の人が碧紗さんを訪ねる時に『施設の人との対談が終わった』とか言ってませんでした?」

 あ、と三人も何か思い出したらしく声をあげる。

「確かに。僕達と話していた時も来客がいる、って呼び出されてた」

「じゃあ、今すぐ王宮で外交の司、忠官に聞けばわかるんじゃね?」

「ダメ。危険がある」

 何でだよ、と尭宗が不満そうに蓮に怒鳴る。

「今王宮の人全員が操られているかもしれない。全員が碧紗と同じくらいの腕を持つ状態になっていたりしたら、即刻黄泉の国行き。違うとしても聞かれて答えたとこを術者が見てたら答えた人は処分されるかもしれない。余計な人を一か八かで巻き込むことは出来ない」

 将軍仲間の三人は言葉を失った。

 蓮は過去、本人曰くつまらない意地を張って二人の仲間を巻き込み、失ったのだ。彼女の精神からして、どんなことを言っても巻き込む可能性が半分を占める方法は聞き入れてくれないだろう。なかなか四人の会話についていけない星来も中つ国で凌雅の言った蓮の過去を思い出し、だから、と納得した。

「それに、外には月紅火二発でも処理しきれなかった魔物がいるんだし」

 その時凌雅が怪訝な顔をした。

「どうしたの?」

「月紅火は威力が強く、強大すぎる力故に戦闘用より寧ろ威嚇用だ、と言えばお前にもわかるだろう」

「……私としたことが。そんなことにも気付かなかったなんて」

 蓮は顔に手を当てた。

「二発も放って逃げ出す奴は一匹もいなかった。月紅火は狂気の内にいる者を威嚇し、正気に戻す。例え操られてるとしても。……なんで気付かなかったんだろう」




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