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第三章:仲間との食卓、家族の再会

「いっただきまーす!」

 聖良はこの日曜の朝を寮で迎えた。

 部屋にもキッチンがあるが、個人で食べず、合宿の用に一階のリビングで皆で集まって食べるのが主流らしい。この日のメニューは五目ご飯、岩海苔の味噌汁、大きい皿にゴーヤーチャンプルーと(航が海で捕って来たらしい)魚が盛られていた。よく沖縄のホテルで観光客に出す典型的な沖縄料理のパターンだが、今朝の朝食当番は七緒で、彼女は沖縄料理を好んで作るらしかった。

 聖良はまず味噌汁を吸う。母親が作ったような、ほっとする味だった。

「今日はどうするんですか?」

「ん、巽国の観光を」

「けっ。名字と文字が同じだかだろ!」

「虎堂。デザートいらないなら、そう言いなさい」

 七緒が航からデザートのプリンをさっと奪い取る。

「いえいえ! いります! すみませんでした巽さん!」

 プリンの返却を乞う航に、くすりと聖良は少し笑う。

「ここにいる人全員巽国出身だし。なんてったって一番私の顔がきくからね」

「どうやって行くんですか?」

「私なら華焔刀を使って。空間に一時的に道を切り開くんだよ。四天士の武器なら出来る」

 七緒が昨日『華焔刀で送る』と言った意味がやっと理解でき、聖良は一人で頷く。

「私にも出来るんでしょうか?」

「感覚掴めば簡単だよ」

「いいよね、四天士は。関所行かなくても剣でツイ、だけだから」

 仁史がゴーヤーチャンプルーを食べて言った。

「西園寺先輩達はどうやって行くんですか?」

「僕らは関所と呼ばれる高天原と中つ国を繋ぐ場所まで行かなきゃならないんだ。幸い、ここからは近いけど。他の人から聞くと、遠い方が多いんだってさ」

「七緒先輩が送ることは出来ないんですか?」

「出来るけど、五帝や四天士以外を送るとなると、発動者にうんと負担がかかるから。よっぽど急用じゃない限り送ってもらったりしないよ」

「……生徒会の後、皆を華焔刀で送った直後に過労で倒れたこともあったな」

 敏希が五目ご飯を食べる前に言う。

「あったねぇ。十二月のことだったっけ」

 よく覚えてたね、と小さく返答すると、七緒は茶碗を持ってご飯を口に掻き込む。

「確か原因は虎堂がゲームばっかやってるからー、だったっけなー?」

「う……」

 七緒が箸を持っていないほうの手を顎に当てながら航の方に視線を向けると、魚の身をほぐしていた航の箸を持っている手が、凍ったようにぴたりと止まった。

「その上、コード抜いても抜いても戻して続けてたしな」

「うぅ……」

 追い討ちをかける敏希の言葉に、どんどん沈んでいく。

「ホントだよ。勤労感謝の日生まれなんだから、もうちょっと航には働いてもらわないと」

「オイコラ仁史! 誕生日は関係ねぇだろが!」

 しかし三人は航の抗議をあっさり聞き流して、延々と航のサボり癖を聖良に話し、後半に差し掛かると、さすがの航もげっそりしていた。

「さーってと。ごちそうさま。私は行く準備するから」

 七緒は自分の食器を片付けて、階段を上って自室に戻って行った。

「……巽の顔色、最近悪くねぇ?」

 いきなり七緒を心配する発言をしたのは、意外にも航だった。それに答えたのは、敏希。

「夏の合同合宿、来る人が人だからな」

「んあ? 誰か知り合いがいんのか?」

煌燐こうりん学園運動部総部長、宗篷院晟夜そほういんせいや。宗篷院家の当代当主」

「あの名家中の名家!?」

 航が口の中にご飯を入れながら驚いた口調で言った。聖良は驚いて箸を落としそうになる。

「そう。ちなみに巽家は宗篷院家の最下級の分家だ」

「階級があるんですか?」

「あぁ。よくわからないけどな」

 敏希は味噌汁を飲み干す。

「で、何か家の事で巽と関係はあるの?」

「家のことじゃない。宗篷院は七緒の好きな人だ」

『マジで!?』

 仁史と航は声を揃え、聖良は声こそ出なかったが、口を開けて驚いた。

「じゃあ嬉しいことなんじゃないの?」

「家の階級で七緒は宗篷院に声をかけられないらしい。……複雑な思いなんだろうな」

 三人は納得して頷いた。

「ちなみに今回参加する部の一つ、剣術部部長は宗篷院の双子の妹らしいな。あきら、と言ったっけな」

 敏希は茶碗の最後のご飯を口に入れ、立ち上がって自分の食器をキッチンに運んでかたした。

「早く食べろ。そろそろ出発する」


 聖良達は食器を片付け、私服に着替えると外に出た。

 三人は高天原の服装なのか、古代中国の官のような服装をしている。

「用意はいい?」

「あ、はい」

「魔物が出るんじゃないかって、気にしてる?」

 橙色を基調とした服に身を包んでいる七緒に核心を突かれ、聖良は頷く。

「気にすることないって。全然。そんな頻繁に出るものじゃないからね」

 七緒はふんわりした声で囁く。

「じゃあ、俺達は関所に行く。向こうの巽国城下町で会おう」

 と、敏希が言うと、三人は背を向けて関所へ向かっていった。

揖恕ゆうじょね。わかった。……さてと」

 七緒は腰にさした鞘から、本当なら銃刀法違反だね、と冗談を言って華焔刀を抜刀すると、横に一閃する。軌跡に赤い線が表れるとみるみるうちに開いていき、赤い空間、あるいはトンネルが出来た。

「ここ通るんですね?」

「うん。行こう」

 七緒が先に入り、聖良はおそるおそる足を踏み入れた。段差はなく、入った瞬間少しだけ耳鳴りがした。歩いていくうちに前を歩く七緒の髪は緋に染まり、蓮となる。それを見て聖良も自分の髪を見ると、蒼く染まっていて、星来になっていた。

 もう何歩か歩くと、赤い空間が濃さを増し、増したかと思ったら一気に晴れ、中つ国ではない景色が表れた。

 ――高天原に到着したのだ。そこは、どこかで見た風景。高天原で最初に見た風景。希共。

「え?」

 待ち合わせは揖恕という場所のはずなのに。

 星来は思わず、蓮の顔の方を見た。

「一度、星来と話させたい人がいるから」

「蘭景さん、ですか?」

 星来は朱夏と一緒にいた、あの女性のことを思い出した。

「そう。こっち」

 蓮は一件の家に向かって進んで行く。絶対にこちらの母親だから、という理由だからだろうが、星来は認めていなかった。行く事を拒もうとしたが、蓮には両親がいない。拒否なんてしても蓮は説得してでも行かせるだろう。星来はついて行った。

 一軒の家の前で止まると、蓮は戸を軽く叩いてからを開ける。中では蘭景が一人で朝御飯を食べていた。

「食事中すまない。星来をつれてきたんだが」

 緋尊になったせいか言葉遣いが変わった蓮は蘭景に声をかける。蘭景は手に持っていた食器を置き、頭を下げた。

「そんなことはございません。……すみません。ありがとうございます」

 「私は外にいるから。二人だけで話すといい」

 蓮は星来の肩を軽く叩いて外に出て行った。

 残された二人に流れるは、沈黙。星来はとりあえず会釈してから縁に座った。

「星来、ね……」

「はい……」

 どう言葉を繋げればいいかわからなかった。母だと認めていないのは確かだが、それを態度に示して傷付けるのは嫌だ。とにかく、目だけは蘭景に向けるようにする。

「貴方がいなくなった時はあんなに小さかったのに……」

 蘭景は星来に近寄り、成長を確かめる様に見つめる目はうるんでいた。

「よく毎朝ご飯を食べた後、すぐ碧紗と田まで走って行って、帰って来る度に泥だらけに……覚えているかしら?」

「あ、すみません。覚えてないんです……」

「そう……」

 笑顔で返したが、蘭景は微かに溜め息をついた。しかし蘭景を傷つけないように覚えている、と返したところで、どうやって会話を続ければいいのか。

「星来。これからどうするの?」

「七緒先輩、じゃなくて蓮さんに巽国の首都を案内していただきます」

「碧紗がいる町ね」

「あ……」

 国のことを説明してもらう時に七緒が巽国の太宰は蒼尊の姉、と言ってたっけか。あの四人が全員巽出身だから、という理由の他にもこれも狙っていたのだろうか。

「王宮には行くの?」

「蓮さんに訊かないと……」

「もし行けるようだったら蓮様に頼んでくれないかしら?」

 心から乞うように子を思う母親の目で星来に言った。

「はい。私も一度会ってみたいので」

「お願いね。でも、やっぱり覚えてないでしょうね……」

「どういう意味ですか? もしかして記憶喪失とか……」

 そこで星来ははっとした。碧紗が自分の姉なら。自分が碧紗の妹なら。姉妹で記憶喪失になっていることになるのではないか。

「そもそも、どうしてこんなことになったんですか」

「もう、十六年になるわね……」

 蘭景は記憶を辿り、語りだした。十六年前に賊が村を襲ったこと。逃げる際に碧紗は崖から落ち、はぐれてしまったこと。逃げた先の砂浜で星来は皆蝕乱狂を発動し、星来も行方がわからなくなってしまったこと。そして仕舞いに、碧紗は豪商の家に拾われていて、その時は崖から落ちてしまった時によるものか、記憶がなくなってしまっていたこと。

 星来には前にあったような、言い表しにくいが、まず初めて聞く感じがしなかったのは確かだった。

「そう、なんですか……」

「十六年間、ずっと願っていたわ。いつか帰って来てくれるようにと。朱夏様と蓮様はずっと探してくださったのよ」

「蓮さんも?」

「将軍職は決して楽ではないのに、ねぇ。あの方についていくのよね?」

「はい。中つ国でも先輩ですし」

「蓮様なら安心だわ。将軍職に就いておられながら、とてもお優しい方だから。巽国中の女の子の憧れになっているほど。さ、そろそろ行きなさい」

「はい……」

 星来は立ち上がる。その時蘭景は、星来、と言って一度引き留める。

「貴方が私を母親だと思ってくれなくてもいいわ。子を二人とも守れなかったのだから、私にもう母親の資格はないわ。でも、私は高天原で一番星来が大好きよ。それだけはわかって」

 星来は頷く。しかし、その言葉をきちんと受け止めることが出来なかった。母親と思えていないから。

 罪悪感を感じながら、星来はそれから逃げるように外に出た。

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