第二章:緋尊の過去、決意確立の経緯
五分程で蒼氷が聖良のもとに戻り、聖良の顔を見ると何か思い出したように首にかけていた青い勾玉を聖良に差し出す。
「角の勾玉です。どうぞ、お持ちください」
「でも……」
「持つだけでも。これがないと、また中つ国に魔物が入り込みます」
「え?」
「本来、中つ国でも蒼尊の能力が使えるようにするためのものですが、蒼尊の所持する力の漏洩を防ぎ、高天原と中つ国を隔てる壁に穴を開けないようにするためです。星来様は半覚醒していらっしゃいますから」
聖良は拒否しようとしたが、持つだけなら水面の輝きを持つ勾玉をアクセサリーとしてつけるのも悪くない、と思い、受け取って聖良は首からかけた。
「それでは、お暇申し上げます。私のような者は長く中つ国にいられませんから」
蒼氷は一礼して寮から去った。
聖良はソファーに座り、倒れこむように背もたれに寄りかかった。
「はぁ……」
やっと一人になれた、と聖良は思った。航がいたものの、いい匂いを漂わせながら夕食を作ることに集中しているので、実質一人と言っていい。
昨日も今日も色々なことがありすぎて一人で考える時間が欲しかったのに、なかなかそんな時間がなかった。劇的過ぎる環境の変化に、身体より精神が悲鳴をあげていた。
(どうして、こうなった?)
昨日の夕方まで普通の高校生をやっていたのに。
(砂浜なんて行かなきゃよかった……)
同時に否定も生まれた。同じ学校内にもう一人四天士がいたのだから、砂浜に行かなかったとしても、ただの時間稼ぎにしかならなかっただろう。七緒に限って無理矢理連れてくる、ということはないだろうが、さすがに切羽詰まると、そういう手もとらざるを得なくなったかもしれない。
(いずれも、こうなる運命だったのかな?)
「ただいま。航ー。今日のご飯はー?」
仁史とジャージを着た敏希が帰ってきた。競走でもしてきたのか、二人とも肩で息をしている。
「鍋。今日は一人お客がいるしな」
キッチンから夕食を作っている航が答えた。
「こんな暑い日に鍋? 好きだからいいけど。牛肉入ってる?」
「豚の方が安かったから豚」
「……七緒は?」
敏希がタオルで汗を拭きながら言った。
「高天原。離で魔物の群れが出たらしいから討伐に。夕食に間に合わなそうだから食べとけ、だってさ」
敏希はテレビをつけ、バラエティ番組にチャンネルをあわせ、仁史もテレビの前に座る。
「七緒、確か朝にパン一つ食べたきりだぞ」
聞こえるように敏希が呟くと、そこにいる全員が目を見開いた。
「マジに?」
キッチンから航が出てきた。
「今回の合宿、メンバーがメンバーだから色々やることが多くて食べる暇なかったんだね」
野菜を切る音を響かせながら、航はそこにいた三人に尋ねる。
「巽が帰って来るの待つか。どうせすぐ帰ってくるだろ」
敏希と仁史は頷く。仁史が聖良の方に顔を向けると聖良も頷いた。
「ただいまぁー」
航の言う通り、一時間弱で七緒は寮に帰ってきた。服はいつ着替えたのか、着替えなかったのか中つ国の私服のまま。
「早くしろー。腹が減って仕方ねぇ」
他の四人はとっくにテーブルを囲ってテレビを見ながらイスに座っていた。
「待っててくれたの? 先に食べてって言ったのに」
七緒はテーブルに既に置かれた具材を見渡す。
「鍋なんだから全員で食べた方がいいだろ」
「こんな暑い日に? 牛は入ってる?」
「仁史と同じ質問をすな!」
七緒が椅子に座ると、航はキッチンから鍋を運び、鍋敷きの上に置いた。
「そーんじゃ。いただきまーす」
「あーっ! 仁史! てめぇ俺が狙ってた肉!」
仁史と航が争奪戦を繰り広げる横で敏希は自分の皿に具をとり、反対側ではポン酢を入れた皿を聖良が七緒から受けとる。温度差があるようで、おもしろいな、と聖良は思った。
「ごめんねぇ。見苦しくて」
「見苦しいって何だ! ……あっ!」
航が目を離した隙に仁史が航の皿からがんもどきを素早く手馴れた手つきで奪っていった。
「こういう時は聖良優先でしょうが。何がいい? 取ってあげるから」
「じゃあ、白菜と榎と豆腐を……」
「肉はいい?」
「あ、お願いします」
七緒は聖良が言ったものを皿に取り分け、はい、と置いた。
それと同時に二人の争奪戦が再開された。一時的に中断していたのは、七緒が取る時に争奪戦をやっていると、絶対に後で七緒の鉄槌が下るからである。
「いつもこんな感じなんですか?」
「鍋の時はこんな感じかな。お腹すかせてると余計にね」
七緒は肉を口に運ぶ。
「さ、食べなよ。早くしないと全部とられるよ」
「あ、はい」
聖良が食べようとした時、髪が邪魔をした。結ぶのを忘れていた、と聖良はゴムを取り出し、高いところで一つに結ぶ。
「短くしようかな……」
「四天士の女性は髪を腰の辺りまで伸ばさなきゃいけないんだよ」
七緒は白菜を美味しそうに頬張りながら言った。
「そんなに、ですか?」
「おかしいことに髪が力の貯蔵庫みたいなものだから」
自分は四天士じゃない、と否定しようとしたが、この賑やかな空気を保っていたかったので、言葉には出さなかった。
聖良は七緒を見て、矛盾に気が付く。
「七緒先輩は緋尊なんですよね?」
「うん?」
鍋から榎を取り、ポン酢にちょっとつけて食べながら答えた。
「そう言う先輩は肩までしか伸ばしていませんよね?」
七緒は皿の中の具を全部食べ終え、置いた。
「……さて。どうしてでしょうか」
七緒はふんわり微笑む。それっ切り、何も言わない。ただ、微笑むだけ。
「敏希っ! てめぇまで何しやがる!」
航が取ろうとしていた具を、悉く敏希が奪い去っていた。
「いい加減にしなさい! 航!」
「……俺かよ!」
航の怒鳴り声で、あっさり話題を変えられてしまった。
――あの微笑みは、何か引っ掛かるものがあった。
「聖良。泊まってもいいよ?」
良く言えば賑やか、悪く言えば騒がしい夕食が終わった後、テーブルを拭きながら七緒が言った。
「いえ、そんな……」
「構わないって。ね?」
そういえば両親は暫く外泊すると言っていた。聖良の一人だけの外泊は許されていないが、両親がいないならバレない。帰ったところで寂しい思いをするだけ。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「決まり! いいよね?」
他の三人も片付けをしながら頷く。
「あ、今から着替えとか持ってきます」
「一人じゃ重いだろうし、暗いんだから危ないよ。えっと」
七緒は三人の顔を見渡した。
「敏希。頼める? 西園寺はさっき聖良の事頼んじゃったし、虎堂は食器洗いあるし頼りないし」
「前者は事実だが、後者は納得いかねぇ……」
「事実じゃん。ってことで、いい?」
敏希は立ち上がり、携帯をポケットに入れて軽く出掛ける支度をした。無言の了承。
「じゃあ、あの、お願いします。原瀬先輩」
聖良は家に着くなり、急いで衣服等を旅行用の鞄に積め、学校の鞄とスポーツバッグを持って外に出ると、重い旅行用の鞄を敏希が持ってくれた。
すっかり人通りの少なくなった道を、二人は並んで歩く。涼しい夜風が島を流れて行く。
さすがに静か過ぎて気味が悪くなって来たので、聖良は話題を探す。
「先輩も高天原の人なんですよね?」
「そうだ」
「四天士なんですか?」
「いや、俺は巽国三軍の一つ、『疾風』の将軍だ」
「そう、ですか」
七緒と幼馴染みとはいえ、雰囲気が違う敏希はなぜか取っ付きにくかった。
敏希は七緒とは対照的に表情、性格共に冷ややか。それが話しにくいオーラを発しているのだろう。
今度はそんな敏希が口を開く。
「お前はどうするんだ? 蒼尊としての役目を」
「私は……」
七緒は使命を果たすことを強制しなかった。しかしそれは遠回しの強制だったのかもしれない。それも考慮した上で聖良は答えを出す。
「やっぱり嫌です。仮に私が高天原の人だとしても、あんな化け物と戦いたくないです!」
強く言葉を発した。
「……七緒の願いは」
自分ではなく、七緒を庇うような発言をされると思い、とうとう聖良は本心を表してしまう。
「どうせ仲間が増えてほしい、と思っているだけでしょう!? 私のこと、全然考えないで!」
その時、敏希はどこかしんみりとした表情をする。
「七緒は、蓮は十六歳で朱夏様に連れられて華焔刀が封印されている離の王宮に行ったが、その時は戴剣は華焔刀を持つ事で形をつけるだけ、と思っていたらしいな」
信号が赤だったので、二人は歩を止めた。車がしばしの間、前を行き交うと信号が青に変わり、再び歩を進める。
「……あれから、もう六年になるんだな」
敏希は指をおって年を数えた。
「何があったんですか?」
「七緒と俺は、水楊と万励って奴と、巽国軍四天王として三軍を仕切っていた。水楊と万励とは少し年が離れていたが、兄弟同然だった。……六年前までは」
敏希は空を見上げた。聖良も空を見上げると、雲のない空で、星が瞬いていた。
「六年前、坤国に新種の魔物が発生し、坤国軍は壊滅状態になった。その時、俺達は坤に行って加勢したが……」
右肩からかけていた鞄を左肩にかけ直す。一回目はずり落ちてしまい、もう一度かけ直す。敏希は口ごもっていた。
「先輩?」
「あぁ。すまない」
気のせいか、敏希の歩調が少しだけ落ちた。
「その時に水楊と万励は七緒をかばって、死んだ」
「え? 七緒先輩でも倒せなかった魔物だったんですか?」
「いや。七緒の実力なら充実倒せた。地形が多少悪かったが、七緒には関係ない。ただ唯一悪かったのは、魔物……今では鬼神と呼ばれる魔物の能力」
聖良は首を傾げた。
「鬼神、つまり二人を殺した魔物は、四天士の秘宝刀、七緒の場合は華焔刀でないと致命傷を負わせる傷すらつかせることが出来なかった。これが何を意味しているかわかるか」
この意味を解釈したが、その意味が聖良には信じられなかった。
「務めを破棄したせいで、仲間が死んだ……?」
敏希は無言で頷く。
「それだけじゃない。助けられるはずなのに、助けられなかった。七緒は軍で『紅蓮の討士』と呼ばれていたからそのプライドの面でも、そして仲間を失う事が相当辛かっただろうな」
聖良は震えた。
――自分が七緒の立場だったら、堪えきれない。
「あの二人は俺が七緒を連れて逃げる前に、今更七緒を責めて、あの卓越した強さを潰さないように、最期に『俺らはお前が守る国をずっと見ている。お前の力は人々に使え』と七緒に告げた」
再び信号に引っ掛かり、歩を止めた。
「でも七緒にはそれが重荷だった。二人の言った『人々』はもちろん、七緒にとってあの二人も含まれるわけで。約束を守ると誓っても、二人を助けられないから即座に破ることになるから」
信号が変わり、また歩き出す。
「でも、その二人が命を懸けて鬼神は止めることが出来たんですか?」
「まぁ、な……」
敏希の声色が明らかに沈む。
「鬼神は四天士じゃないと倒せないんじゃなかったんですか?」
「武力で倒すならな。二つの倒す方法があるうちの一つがそれだ。もう一つ高天原に最強の毒を飲ませる。二人はその方法を使ったんだ」
「その時に亡くなったんですね……。でも、こんなことをいうのは失礼ですけど、それが七緒先輩の髪に関係あるんですか?」
「その後の話になる」
敏希は少しだけ目を瞑り、一つ一つ、丁寧に辿るように続きを語りだす。
「俺と七緒は空を翔ける獣、天虎に乗って逃げる途中、七緒の長く綺麗な緋色の髪が先から黒くなっていった。ひどく傷付いたからか、務めを破棄した報いがその時になって来たのか未だにわからないが」
敏希は更に記憶を辿り、それを言葉にして紡ぐ。
「朱夏様なら治療法をご存知かもしれないと思って離の王宮に直行した。生憎、朱夏様はいらっしゃらなかったが。その時ちょっと目を離したら七緒がいなくなってて。緋炎に言われて、見つけた場所は華焔刀が封印されている場所。七緒は封印を解き、肩まで黒くなった髪を華焔刀で切った」
「それで……」
七緒が悲しい顔で緋の髪を切る姿が、一瞬だけ目に浮かんだ。
「四天士の髪は能力の貯蔵庫。もちろん、直後は戦力が著しく低下した。それでも七緒は必死に鍛練して何度疲労でぶっ倒れたことか」
敏希が珍しく失笑した。
「今は華焔刀でやっと能力を引き出しているが、な」
聖良は暫く言葉を失った。
――あんな、優しくて、強くて、聡明な人が自分のように務めを破棄して、仲間を失った。
それが、未来の自分の姿のような気がした。
「同時に、四天士の務めとは『人を守る事』じゃないかと思ったな」
「七緒先輩の両親は同意したんですか」
「同意するも何も、高天原、中つ国共に産みの親がいないからな……」
言った後で敏希は自分の発言に喫驚した。
「さっきの話もそうだが、俺が言った、なんて七緒には口が裂けても言うなよ」
敏希が仕方ないか、と言っているような溜め息をつく。
「まず中つ国の方。七緒と今の両親とは血が繋がっていない。早い話、養子だ」
え、と聖良は呟く。
「両親は七緒が産まれてすぐに亡くなった。残された七緒は遠い親戚、巽家に引き取られた」
「うそ……」
気付く者なんていない、と敏希は呟く。
「そして高天原の七緒、すなわち蓮は幼い頃に土砂降りの日に樹海で瀕死の状態で朱夏様に発見された。おまけにその場から離れられないように高等な呪までかけられて」
「ひどい……」
聖良は心を痛めた。自分は家族に囲まれて過ごしている時期に、蓮は独りで雨の樹海にいたのだ。どれだけ寂しいことなのだろう。
「四天士が生まれた村はその四天士が死ぬまで豊年が続くし、捨てることなんてまずない、はずなのに」
敏希は再び溜め息をついた。
「ま、不幸が幸いしてそれで七緒は常人には出来ない覚悟が出来るようになった」
聖良はあまりにも衝撃的な事実の連続ですっかり黙ってしまった。
「明日、高天原に行くか? 旅行だと思って」
旅行。それなら、まだ気軽に行けるかもしれない。
「……はい」
それに、なぜか話を聞いて行ってみるだけの気は起きた。
「俺もお前の気持ちがわからないわけじゃない。大任を勝手に押し付けられたようなものだから」
と、後になって付け足した。寮はもうすぐそこだ。
「七緒もお前の気持ちは充分理解していると思う。ただ、同じ思いをさせたくないだけだ」
更に付け足しをすると、目の前の人影にやっと気付く。
「ちょーっと歩くのに時間を費やし過ぎじゃない? 原瀬敏希君?」
「七緒か。どうした?」
「帰って来るの遅過ぎ!」
七緒が心配したらしく、途中まで来てくれたのだ。もっともな意見で静かに口論する二人に聖良は言う。
「七緒先輩。私、まだ蒼尊のことを認めた訳じゃないですけど……」
二人は口論をぴたりと止めた。
「高天原に、行くだけ行ってみたいんですが……?」
七緒は驚いた顔を見せたが、すぐに微笑み、
「おっけ。私が巽国の町を案内してあげるよ。魔物が来てもここに用心棒がいるから、安心して」
そう言って、七緒は自分の胸に手を添えた。
その相変わらず優しい言葉に、聖良は笑顔で返した
〜終幕の間〜
高天原、離、即ち赤帝の王宮。その敷地の一角に、小さな滝のある木々で隠れた庭がある。
夜、月明かりが当たる滝壺に、叩き付けるように落ちる水に打たれる緋色の髪をした女性が一人、あぐらをかいて岩に座っている。格好は胴に晒を巻き、水に隠れた下半身には袴、と言ったとても簡素なもの。
ガサッ、と木々の間から音がした。
「誰だ。丸腰とでも思ったか?」
共に水に浸していた剣の柄を握る。
「俺だ」
「あぁなんだ。敏希……凌雅か。こっち来ればいいのに」
凌雅、というのは中つ国で言う原瀬敏希の高天原の名。
「蓮。お前少しは女性としての自覚も持て」
「え? あぁ」
蓮は自分の格好を見て理由に気付き、苦笑する。
「女性としての自覚を持ったら将軍職が務まらないと思うけど」
「最低限は、と言っているんだ」
蓮に対して背を向けながら答えた。
「やはり今でもそれに当たらないと駄目か?」
「これだけはどうにもならないみたい」
四天士の力の貯蔵庫は髪。蓮の髪は短く切ってしまい、もう伸びない。故に、普通の四天士並に力を生み出す事、微かに生み出す力を漏れなく留めることが出来ない。
だから、この水、水の形態を持ちながら水に属さず、炎に属す、この流炎の滝に打たれ、力を供給し、体に叩き込んで貰うのだ。
「今日まさか中つ国で一気に使っちゃうなんて思ってもなかったけど」
「荒鷲と言え、あれだけ数が多いと圧巻だったな」
「そう。数が多過ぎたよ今日のは」
蓮は額に手を当てて、深い吐息を落とす。
「それは新堂が皆蝕乱狂を起こしたからだろう?」
「もっとも。最初はそう思ってた。けど度が過ぎてるような気がして……」
星来は皆蝕乱狂で一時的に境壁に穴を開けてしまった。穴が開いた時に魔物が迷いこむことがあるが、それも群れからはぐれた一〜五匹くらい。群れで迷いこむことは有り得ない。いや、まず有り得ないのは荒鷲の方だ。荒鷲の群れは一群につき二十羽前後。今日の群れは軽く倍はいた。
「有り得ないことづくしでこっちがおかしくなりそう」
「明日、新堂はどうするんだ?」
「巽国の首都を案内する。その後、城にも行こうかと」
「太宰が新堂の姉だからか?」
「じゃないと行く理由がないでしょ」
巽国のトップ、太宰は姓を環、字を留京、名を――碧紗と言った。
十六年前、豪商環家の当主が崖下を通った際に倒れていた女の子を拾った。その子が碧紗だ。
碧紗は家族構成と自分の事以外は全て忘れていた。家族構成のみで家族の名前は覚えていなかったので、親の探しようもなく、結局環家の養子になったのだ。
そしてつい最近、朱夏が蒼尊と同時に碧紗という女の子を探していることを聞いた。蓮は巽国の将軍なので元から面識があり、家族構成と年を訊くと一致したので本人だ、という話になった。
会わせたいと思ったが、碧紗は太宰。多忙で暇がない。母親の蘭景も田畑を離れられなかった。
「やっと姉妹の感動の再会になる、ってわけ」
「会って留京が思い出せるといいな」
「そうだね」
ザバッ、と音をたてて水からあがり、赤い着物に袖を通す。
「新堂はどうするんだろうな……」
「私は同情で引き入れたくない。同情で、だなんて脆い決意でしかないからね」
華焔刀についた水滴を布で拭う。
「さ。中つ国に帰って寝よう」
「そうだな……て、おい! 前!」
「あ、忘れてた。いつもの癖で」
蓮は着物を羽織っただけで、帯でとめていなかった。苦笑いしながら着物を帯でとめ、二人の影は庭から消えていった。