こうなりたい
なんだかなと思う場面は時々訪れる。急遽呼び出しを受けて、ソワソワしながら待機。結局大した要件ではなかったので肩透かしを喰らうと同時にそういう時の『この気持ち』をどうしたらいいのか分からず、何となく自販機で梅ジュースを買う。何故かその日、偶然にも滅多に出ないゾロ目が出て『当たり』でもう一本ジュースを貰えることになった。当選確率は2%とかそういう話を聞いていたので、相当ラッキーには違いない。
『これでチャラにしてね(ハートマーク)!』
と誰かに言われているように感じはしたが、具体的にそれは誰なのか。どこに住まわれているのか。知る由もないが全体的に『よく分からない』その感じを共有したい願望だけは妙に高まった。
「ほいよ。自販機で当たったから」
「お、そうかラッキーじゃん。ありがとさん」
仲の良い同僚に好きかどうか分からない梅ジュースを手渡したら思いのほか喜ばれた。この日やけに上機嫌だった彼の様子を見て何か良いことでもあったのかなと思って訊ねてみたところ、
「実は珍しい酒が手に入ったんだよ。あ、せっかくだから一緒に『宅飲み』しないか?」
との答え。己の『想い』が何かを「引き寄せた」のかはどうかは知れないが、せっかくなのでとお呼ばれすることにした。同僚宅を訪れたのは金曜の夜。週末にさしたる予定もなかったので色々と都合が良かったのだが、リビングに案内されて最初に目に飛び込んできた『美少女フィギュア』に少し動揺してしまった。
「あ、これね。最近クレーンゲームで取ったやつだよ」
あまりオタクというタイプではない同僚ではあるけれど、時々話題のアニメの話を振ってきたり少し素養はあるんじゃないかと最近では訝しんでいる。それはともかく、一旦その場を離れた同僚は満面の笑みを浮かべながら一升瓶を抱えて戻ってきたりする。
「これ、『千功成』っていう酒なんだよ。二本松ってところの地酒。『幻の地酒』って言われてるらしい」
「え?なんで幻?」
「ほとんど流通してないらしいんだよ。地元で消費されるからとか」
「へぇ、そんなことがあるのか。それが手に入ったのはラッキーだな」
「偶々知り合いに二本松出身の人がいて、この間帰省した際にお土産で買ってきてくれたんだよ」
「日本酒好きだったの?」
「最近呑むようになったわ」
そんな情報を仕入れつつ、座卓について男二人の『宅飲み』が密やかに始まった。これまた最近購入したというピカピカの『ぐい呑み』に注がれた見た目にも透明感のある日本酒。鼻先で漂ってくる芳香を確かめながら口に含んだ時のその圧倒的な『呑みやすさ』。辛口ではないと説明されてはいたが、本当に米の旨味を感じるような素晴らしい酒であった。
「確かに旨い。幻だけある」
唸る同僚の満足そうな表情。自分はそれほど日本酒を嗜む方ではないけれど、これだったら晩酌に呑みたくなる。宅飲み用に買ってきた酒のあてをつまみながら、最近の仕事の話とか趣味の話などをしているうちに同僚が飾ってあったアコースティックギターを何となく奏で始めた。
「ギターもやるのか。良い音だ」
「ほろ酔い気分になった時に、ちょっと演奏してみたくなるんだ」
最初は自分でも知っている懐かしめの曲のコードで弾き語っていた彼だが、途中からコードとメロディーだけの曲を「ららら」と歌い始める。少し哀愁が漂うような気がするが、何処かのライブハウスで演奏されていても雰囲気に合いそうな曲だった。そういう雰囲気を出されるとますます酒が進む。
「この曲オリジナルなんだよ。歌詞がまだなくって」
「良いメロディーだ」
「ありがとう。あ、それだったら今から歌詞考えてみないか?」
「え、そんなことやったことないよ。俺」
「大丈夫だよ。メロディーに合わせて出てきたフレーズを当てはめれば良いのさ。なんとなくで」
たぶん、アルコールの力だろうか。美味しい酒で結果的に悪酔いもしないでひたすらに心地よい気分だったのもあって同僚の提案を素直に受け入れていた。年齢のせいなのか日頃「なんだかなぁ」と思う場面が多く、愚痴ではないものの何かにして気持ちを吐き出したかったのもあるだろう。ゆったり語り出すような出だしのメロディーに、
『きっといつか叶うと夢見て』
というフレーズを持ってきて、自分が感じている『今』という日々への想いを紡ぎ出してゆく。
きっといつか叶うと夢見て 憧れを口にしてみるけど
なんだかんだ 今も悪くない
いつか君が辿り着くのなら 僕もそこに連れて行ってくれ
そんなことも 口にするのかな
Aメロがそこまで出来て「今の俺たち、そんな感じだよな」としみじみした様子で呟く同僚。しっとりと歌ってくれたその時間が無性に愛おしくて、どこか気恥ずかしかった記憶。一番の歌詞だけはなんとか完成させて、再び祝いの乾杯をやった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「この間の曲さ、」
後日、休憩時間に同僚が妙に嬉しそうに報告してくれる。あの夜の曲が一通り完成したらしく、彼のスマホの動画に弾き語ったものを見せてくれた。少し緊張は感じたが、声に張りがありそこそこ完成度が高かった。
「いいじゃん!」
「実はさ、ネットにちょっとアップロードしてみようと思ってて。俺も気に入ってるんだよこの曲。そこでなんだけど」
何か再び提案があるらしいのを察して、
「なんかあるの?」
「曲のタイトルをどうするか考えて欲しくってさ。なかなか思いつかないんだよ」
「あ、そうだね。結構難しいけど…あれって『願望』の曲だよね。『なりたい』って感じの」
「たしかに」
「あ、そうだ!あの日の酒って千功成って名前だったよね。曲のタイトル『こうなりたい』にしてみない?」
それは『功成』の『こうなり』の部分からのインスピレーションだった。なりたい、こうなりたい。同僚はそこで感激したように、「あ、それいいな!採用!」と言ってくれた。その後、タイトルに【オリジナル弾き語り『こうなりたい』】と記載して某動画サイトに投稿された動画。再生数も想像しているよりかは全然あって、ちょっとした新鮮な経験をさせてもらった。
その日自販機で再び梅ジュースを購入したら、なんとまた当選してしまった。一体それに天のどんなメッセージがあるのかは不明ではあるものの、今度の感情は前よりももっと晴れ晴れとしたものだった。




