モグラの慟哭
諸君らはモグラの慟哭を聞いたことが有るだろうか。
もちろん聞いたことはないだろう。
彼らは土の中で生き、余程のことがなければ地上へ出ないからだ。
しかし、このモグラは慟哭している。
地面の中、たった1人、孤独に慟哭している。
騒音に悩まされたモグラは三日三晩、声上げ嘆いている。
モグラは3年この巣で生きていた。
部屋は20を超え、倉庫、トイレ、寝室と計画的に拡張を続けてきた。
モグラは現状に満足していた。これ以上を望まず、これ以下を望まず、川の流れのような生活を送っていた。
しかし、5日前のことである。
モグラは異常を感じたのだ。
なにか、恐ろしい気配を感じたのだ。
大砲が地面を鳴らすような、並々ならぬ事態を感じ取ったモグラは恐れながらも気配を探ろうと考えた。
その刹那、天井からものすごい轟音がなり、たちまちモグラの耳はヒステリーを聞いた人間のように縮こまってしまった。
モグラは耳を塞ぎ、うずくまった。
轟音の原因がわからぬ現状、むやみに動いては更なる問題を引き起こすだけと考えたためである。
しかし、いつまで経っても轟音は収まらない。
理不尽な現状の打開を計ったモグラは恐る恐る地上へ近づくことにしたのだ。
地上へ近づくモグラは気づいた。
この轟音は巣の真上からなっているのではないことに。
ここから10メートルほど離れたところが発生地であることに気づいた。
モグラは楽観的であった。
音の発生地は真上ではない。
ならばこちらを害そうとする存在ではないのだ。
今はむやみに地上へ出て、巣の入口に気づかれるようなことをすべきでない。また音が近づいたら対処すれば良いと。
モグラは安心して巣穴の深くへ戻り、ミミズを齧り始めた。
しかし、状況は好転することはなかった。
己を害そうとするものではないことはわかっているのだが、やはり轟音は不快なのだ。
隣で口論をする人間が鬱陶しいように、モグラもこの轟音を鬱陶しく感じていた。
そもそも、この轟音の原因はなんなのか。なぜなっているかも分からないのでは何に対して怒りをぶつければいいのかも分からない。
溜まりに溜まった怒りはモグラの精神を蝕んで行った。
楽観的なモグラも問題解決へ動かねばと考え始めていた。
せめて、何が起きているのか調べなければならない。そう考えた。
丸一日轟音は続いている。
この轟音の正体を突き止め、止めなければ、長年住んだ我が家を手放さなければならない。
モグラは巣から出るため地上へ向かった。
地上付近への道はほとんど使わなくなっていたが、潰れていることはなかった。
さあ扉を開け、陽の光が差し込んでこよう。その瞬間、轟音は沈黙した。
開きかかった扉を再度閉じ、モグラは地中深くへ戻った。
なんということか、地上の化け物は近づいてくる脅威から逃げ出したのだ。
モグラは笑いが止まらなかった。
姿を見ることもなく、脅威を排除した自分の強さと、腰抜けの弱者に笑いが止まらなかった。
もはや地上へ出る必要はない。
モグラはこの日、深い深い静寂の中、目を閉じ夢へ沈んで行った。
沈んだ夢から引き上げられ、モグラの静寂は引き裂かれた。
今度は真上から轟音が鳴り響いた。
それだけではない。地震のような揺れさえこちらへ伝えてくるのだ。
恐ろしい地上の脅威は明らかにこちらへ敵意を向けている。
モグラの恐怖は限界に達した。
ノックなんて生易しいものではない。
これでは解体工事である。
他者へ向いていた脅威が自分へ向いたことを理解したモグラは懺悔の言葉を慟哭した。
それもそうである。自分は何も悪いことはしてないのだ。地中で1人生きていただけだ。
敵意を向けられる理由がないのに、敵意を向けられている理不尽な現状に慟哭したのだ。
モグラは三日三晩慟哭し続けたが、轟音は止む気配がない。
このままではいけない。
モグラは現状を打破しなければならないと考えた。
何度も何度もこの思考は脳裏に出るが、何かと理由をつけて実行を留めてきた。
しかし、今、やらなければならないのだ。
己の身に関わるのだ。
行動しなければならない。
モグラは一世一代の決心をした。
真下から出るのでは死ぬかもしれない。ならば横に出るのが懸命だろう。
モグラは入口付近の道を横に掘り進めていき、音がある程度離れたのを確認し、地上へ出ようと試みた。
真上を通る一瞬の影はモグラの意識を瞬時に奪い、自らの命が奪われたことを感じさせることすらなかった。
先刻の影はモグラを轢き殺したことを知らずに悠々と道を進んで行った。
轟音は止み、地中には静寂だけが残される。
モグラの住処に残ったのはかじられたミミズのみである。




