美しい人
俺の目に飛び込んできた幻の薬草は、〝幻〟というにふさわしいほど詳細が無かった。
ただ、どんな病でも治せるらしい。
場所は山、色は緑、黄色の花をつける。
これだけでは、見つけるのはほとんど不可能だ。
トイレ掃除で稼ぐ日々は肉体的にきつい。だが、早くランクを上げたいために必死だった。
「いつもご苦労さん」
「あんがとな」
嫌み交じりの声で話しかけられるのも慣れた。
ここまで、誰かのために行動することはなかった。
最悪非道だと思っていたユウラ本人になってから、自分と少し似ているところを知った。
だからこそ、愛される人になってほしい。それに、俺もなりたい。
俺を愛してくれる人はいないけど、ユウラだけでも……。
一ヵ月経って、ようやくランクが上がった。
俺は薬草の本をカバンに詰めて、近くの山へと向かった。
奥まで探しに行くのはランクが足りずできない。
とりあえずはふもと付近を念入りに調べることにした。
緑が生い茂る森で、特徴が少ない薬草を探すのは大変だ。
依頼の薬草をカゴに詰めながら黄色い花を探す。
下を向いていたせいで、かなり奥の方まで来てしまった。
立ち上がり後ろを振り向いても、道はなく木が左右に大きく揺れるだけ。
山の天気は変わりやすいから、気を付けてくださいと言われていた。
「やってしまった」
口から絶望にも近い声がこぼれた。
空から雨粒が降ってくる。濡れないように近くの木の下で雨宿りをする。
誰か来てくれるだろうか。
不安は心の中に広まり、膝を抱きしめて身体を丸める。
グアアアアアアアアアッ
地面にまで響く低音のうなり声が、森の中に響く。
バサバサと音を立てて鳥は空へと羽ばたく。
危ないと思った俺は、とにかくうなり声とは反対方向に走り出した。
空はどんどん黒い雲に覆われ、暗く視界が悪くなる。
雨なのか涙なのかわからない雫を濡れてしまった服で拭く。
「だ、誰かっ、いませんか」
不安に埋め尽くされ、大きな声を上げる。
「誰か、助け、誰、か……」
雨で冷えて身体から体温が奪われる。頭がくらくらして、膝から崩れ落ちた。
力が入らない。
俺は、ここでも死んでしまうのか。
諦めかけて目を閉じた時、身体が宙に浮いた。
いよいよ、今回は確実に地獄行きかな。
「……大丈夫か」
優しい声が頭上から降ってくる。
天使? 神様?
うっすらと開いた瞳に映し出されたのは、雷の光に反射するミルクティーのような茶色と城が混ざった美しい髪。その髪に合う桃色の瞳。
「あなたは……?」
「シュリス・ラービィです。ここは危険ですので、我が家までお送りします」
包み込まれる腕の温かさに気づき、涙が溢れた。
誰にも助けられないという状況で、絶望しかできなかった俺に差し出された手。
それに俺は、縋りたくなった。
次に目を覚ましたのは、見覚えのない部屋だった。
部屋は前世の頃の家と変わらない広さで、家具もほとんどない。
「あ、起きたかい?」
優しい声が扉の方から聞こえて、視線を向ける。
「だ、誰だ」
知らない人の登場に、ベッドの上で拳を構えた。
男は首を傾げながら机に桶とタオルを置いた。
「何をする気だ」
依然警戒を解かずに聞いてみる。男は微笑みながら俺の肩に手をかける。
「離せ、離せよっ」
身体を左右に動かし抵抗しているのに、微動だにしない。
「それ以上動くと熱が上がるよ」
子を諭すような口調で言われてしまえば、自分の身体の不調を理解してベッドに倒れた。
男はほら言ったでしょとでも言いたげだ。
「ユウラ様、安静にしてください。熱が下がった頃に家にお送りします」
急に改まった言動をする。
「敬語はやめてくれ。えっと……」
名前は、えっと聞いたような。
思考回路がようやく働き始めて、先ほどの森の中での記憶が蘇り始めた。
「シュリスさん」
「いいえ、こちらこそ。敬語は不要だよ。――だって僕は平民だから」




