声が出せなくて困っていたら、告白されました。〜魔術師たちの恋愛事情〜
「えへ。えへへっ」
「…………ハァ」
王国立・上級魔術師図書館。
ここに入館できるのは、その名の通り上級魔術師のみ。実務五年以上、毎年ある国家試験を合格している者のみが専用の緋色のローブを着て『上級魔術師』を名乗れる。
ちなみに、中級は緑色、私たち下級は紺色だ。
上級魔術師図書館の館長ヒューベルト様の溜め息は今日も艶っぽいな! なーんて、現実逃避しつつ、金縁モノクルの向こう側で鋭く光る青い瞳に向けてとびきりの笑顔を振りまく。…………まぁ、そんなことしても厳しい表情は変わらないんだけどね。
青みがかった銀髪に整った顔立ち。見た目は美麗系のお姉様のようでいて、実は筋肉質で魔法も剣も得意なヒューベルト様。
基本的にいつも微笑んでいるのに、私を見るといつも厳しい顔になる。
昼下がりにたまたま図書館の入口で出会った、今この瞬間も。
「あの、入館許可書です」
王太子殿下から発行していただいた入館許可書を差し出すと、眉間に皺を寄せたヒューベルト様にさっきよりどデカい溜め息を浴びせられてしまった。
「許可書が出ているのは知っている」
上級魔術師しか入れない専用図書館に、下級魔術師である私が通っているのには理由がある。
ひょんなことから王太子殿下の持病を治療することになったからだ。治癒魔法に特化した家系だとバレたせいで。
「特例があると知られると――」
「分かってます! 必要な魔術書を持って最奥のブースにいろ。ですよね?」
首を傾げてヒューベルト様の顔を覗き込むと、スッと顔を背けられてしまった。
「あと、図書館の中では、そのうるさい声も禁止だ」
「はぁい!」
「…………いま、うるさいと言ったが?」
「はい!」
「ハァ。もういい」
ペペッと手を払われたので、もう行けということなのだろう。
ありがとうございます!とお礼を言って立ち去ると、後ろからまた溜め息が聞こえてきた。
「うーん。仲良くなれないなぁ」
独り言ちながら図書館内を歩いていたら、ポンと肩を叩かれ、耳元で「誰と?」と囁かれた。
「ギャッ!」
「しーっ」
耳に生暖かい息が吹きかけられたみたいで、ゾワゾワする擽ったさというか気持ち悪さに、叫んでしまった。
「ミシェルちゃん、耳弱いよね」
ふわりとした赤髪でどこか憎めない雰囲気のサンデルさんは、ここ上級魔術師図書館の職員さん。
私の事情を知っている一人でもある。
いたずらが成功した子どものようにクスクスと笑いながらも、心配そうな顔で「また王太子殿下の仕事?」と聞かれた。
静かにしなきゃいけないのに、いつも驚かせてくるから少し困ってはいるんだけど、こういうふうに優しい気遣いもしてくれるから、ちょっと憎めない。
「大変だろうけど、頑張ってね。手伝いが必要だったら言ってね? デートで手を打ってあげるよ」
「あははは。お気遣いありがとうございます」
「――――だけどね」
ペコッとお辞儀をして、目的の本棚に向かおうとしたら、サンデルさんが何かを言った気がして振り返ったけど、彼は既に後ろ姿で図書館を出ていくところだった。
――――ま、いいか。
図書館の中には半個室になっているブースと呼ばれるスペースが何か所かに点在している。
ブースには、二人掛け出来る程度のテーブルとベンチが置いてあり、天井からは魔道具のランプが吊り下がっていて、壁面にあるスイッチに魔力を込めると明かりが灯る仕組みだ。
「よっ……と」
本棚から抜き出してきた魔術書たちをテーブルの上にドサリと置き、調べ物開始。
王太子殿下から極秘任務を遂行すべく、魔術書を読み漁っていたのだけれど、どうにも根本的治療法が見つからない。改善はしているけれど、すぐ再発してしまう。
「…………うーん」
これも違うなぁと、ペラリペラリ本を捲っていたら、テーブルの上にコトリと湯気の立つマグカップが置かれた。
視線を上げると、そこには青銀の長い髪を耳に掛け、モノクルをキラリと反射させたヒューベルト様がいた。
「――?」
何かを言う前に、ヒューベルト様が人差し指で私の唇をふにゅりと押さえた。
声が、出ない。
――――サイレントの魔法?
「お前はうるさいからな。叫ぶなよ?」
耳元で低く抑えた声で囁かれて、サンデルさんのときとは違うゾワゾワに襲われた。全身が熱くなるような、そんなゾワゾワ。
お腹と心臓がギュッと締め付けられる感覚に目眩がする。
ヒューベルト様の言葉に悶えながらも必死にコクコクと頷くと、直ぐに魔法を解除してくれた。
「んはぁ」
「…………変な声を出すな」
「っん」
耳元で囁かれてビクリと体を震わせていると、眉間に皺を寄せたヒューベルト様に「バカめ」という言葉とともにデコピンをされてしまった。なぜだ。
最奥のブースで調べ物をしていると、時々こんなふうにヒューベルト様が飲み物を差し入れてくれる。
図書館内での飲食は自由なのだけど、飲み物が置いてあるコーナーは図書館の入口近くだ。私は最奥にいるよう言われているので、なるべく取りに行かないようにしていたら、見かねたヒューベルト様が持ってきてくれるようになった。
いつも厳しい表情のヒューベルト様だけど、こういうところが本当に優しいなと思う。
だからだろう、彼に恋をする人が驚くほど多い。そして、私もその一人……まぁ、明らかに嫌われているんだけどね。
次期侯爵様で、上級魔術師でもあり、騎士の資格も持っていて――挙げればキリがないというほどに好条件のヒューベルト様。
年齢は確か私の五歳上の二十九歳。
魔術師団に入団した十歳のころから既に頭角を現し、最年少で魔術師団長に推薦されたにもかかわらず、彼が希望したのは上級魔術師図書館の勤務だった。
上級魔術師図書館には希少な魔術書が多く基本は持ち出し禁止。
図書館員は、図書館から魔術書を持ち出す不届き者を捕まえるのはもちろんのこと、莫大な数の魔術書自体に追跡魔法をかける仕事もあるのだとか。
なので、図書館では魔術剣術ともに腕の立つ職員が求められている。
ヒューベルト様はその追跡魔法を一人で担っているのに、あまり魔力を消費していないらしい。
追跡魔法を魔術書のひとつひとつにかけずに、全体管理する魔法を編み出したとかなんとかで、さらに人気に拍車を掛けていた覚えがある。
ヒューベルト様が差し入れてくれたマグカップを両手で持ち、フーッと息をかけてから一口。
優しい甘さの温かいミルクティーが、口の中にゆっくりと広がっていった。
染み渡るって、こういうことなんだろうなぁ。
私がミルクティーを飲み始めたのを確認すると、ヒューベルト様はテーブルに積んでいた読み終えた魔術書を持って去っていく。なんでか本棚に片付けてくれるのだ。
いやぁ、本当に優しい。でも、眉間にはいつも皺が寄っているんだよね。
嫌われてるのは分かっているのに、優しいヒューベルト様に期待をしてしまう自分が恨めしいなぁと思いつつも、彼が淹れてくれた甘い甘いミルクティーを少しずつ大切に飲んだ。
ふと窓の外を見ると、既に陽が沈みかけていた。お昼過ぎに入館したのに、いつの間にか閉館時間が近づいていた。
今は五時半、図書館は六時に閉館してしまう。
慌てて書類をケースに入れて、読み散らした魔術書たちを抱えて本棚に向かった。
「ミーシェルちゃん」
「ギエッ」
「叫ぶなんて酷いなぁ」
「すすすすみません!」
またもや後ろから覆い被さるようにして、サンデルさんに耳元で声をかけられた。
寒気すら感じるゾワゾワとした感覚に身震いをしていると、カツカツと妙に急いでいるような足音が近付いて来た。
「サンデル、今日お前は外周警備の担当だろう? 館内で何をしている」
「あっ、館長。トイレ休憩中だったんですけど、ミシェルちゃんが困ってそうだったんで?」
「…………そうか。持ち場に戻れ」
突っ慳貪な態度のヒューベルト様に、サンデルさんは気にした様子もなく「はーい」と軽い返事をしていた。
「じゃあね、ミシェルちゃん」
「ヒュヒョッ!?」
サンデルさんがわざとらしく耳にフーッと息を吹きかけて、去っていった。
「…………ハァ。サンデルには再度注意をしておくが、図書館内での逢引は止めてくれ」
「えっ!? なっ! ち――」
「図書館内で大声を出すな」
唇をふにゅりと押さえられ、サイレント魔法。言い訳も否定も許されなかった。
ヒューベルト様は私をギラリと睨んで、立ち去っていった。
――――違うのに。
それから二週間、通常業務をしたり演習に出たりしていて、上級魔術師図書館を訪れることが出来なかった。
久しぶりに図書館に向かうと、司書室の入口でヒューベルト様と女性職員さんが何やら話しをしていた。視線が合ったのでペコリとお辞儀をしたけれど、彼は直ぐに視線を女性職員さんに戻し、柔らかく微笑みかけながら話していた。
……私のときとあんなに違うのかぁ。
なんで嫌われたんだろう?と考えたところで、軽く職権乱用している気がする王太子殿下の任務と、サンデルさんに話しかけられていつも叫んでしまっていることを思い出した。
王太子殿下の件は私のせいじゃない気がするけど、真面目なヒューベルト様には許せないことのよう。それに加担している私も同罪なのだろう。
サンデルさんのときは、完全に私のせいではある。
――――あ、そっか。
自分にサイレント魔法をかけておけば問題解決じゃないか、とやっとこさ気が付いた。
「深く深く沈み込み、全てを飲み込み、静寂に溶け込め、サイレント」
サイレント魔法を自分にかけて、ふと思い出す。上級魔術師の中でも一部の者だけが無詠唱で魔法を発動できる。ヒューベルト様もその一人だ。
無詠唱、本当に凄い。
何度か試した事があるが、頭の中で詠唱しても、魔法は発動しない。魔力は消費するのにだ。しかも失敗すると普通よりも魔力消費量が多い。だからおいそれとチャレンジ出来ないんだけど、無詠唱を習得した人たちはどうやって――なんてことを考えながら本棚の上部にある魔術書に手を伸ばしていたら、後ろから誰かが近付いて来て頭上から影に覆われた。
「これか? 『菌と滅菌魔法の研究』? 怪我か感染でもしたのか?」
「…………」
「この魔術書じゃないのか?」
「…………」
喋ろうとしているのに口が上手く動かず、ハクハクとするだけで声も出なかった。ちゃんと返事しなきゃなのに、ヒューベルト様を無視しているような感じになって、彼の眉間に皺が深々と彫り込まれてしまっている。
――――あっ。
そうだった。今はサイレントの魔法を自分にかけているんだった。解除しなきゃ……あれ? えっ? あれっあれっ、あ、まずい…………!
■■■
司書室で部下と話していたら、少し長めの紺色のローブとミルクティーのような髪をふわふわと揺らして、ミシェルが図書館の奥の方へと歩いて行く姿が見えた。
先日、ミシェルとサンデルが図書館内で仲睦まじくしているの見て、焦った。気になる子が他の男と触れ合う姿を見たくない。そんな矮小な心が、彼女に酷い言葉をかけることとなってしまった。
きっと怒らせたんだろう。ミシェルが図書館に来なくなってしまった。
そんなことで任務を放棄する子ではないと知っているのに、恋の病とは人を愚かにするもので、変な被害妄想まで湧いてしまう。
「……ハァ」
「館長、どうされました? あれ? ミシェルちゃん久しぶりに見ますね。演習から戻ったんですねぇ」
「演習?」
「ええ。中級魔術師と下級魔術師の有望株を連れて、一週間の演習訓練に出ていたみたいですよ? サンデルが溜め息を吐いてました。ミシェルちゃんに会えないって」
「…………そう、か」
ミシェルは治癒魔法が得意の家系で、両親ともに中級の魔術師だが、かなり珍しい魔法を使えることで有名だ。『その娘である彼女もきっと凄い魔法や魔術使えるようになるはずだ』と、魔術師協会から期待を寄せられていたのだが、何年経っても下級魔術師止まりでいつの間にか落ちこぼれの判定をされていた。
それを知った王太子殿下が面白がって無理難題をふっかけたら、魔法や魔術と関係のないところで解決してしまった。しかも、本気で親身になり心配してきたことで、王太子殿下はそれいらい何かあれば『ミシェルを呼べ』と言うようになっていた。
そうして、上級魔術師図書館の特別入館許可証までも発行。
まぁ、最終的に発行許可を出したのは私なのだが。
都合良く使われているのが目に見えているから、つい何度か注意してしまった。怯えさせる結果になったのは不本意だが、それでも彼女は笑顔を向けてくれる。
あの素朴さと人懐っこさは、貴族のご令嬢たちにはない不思議な安心感がある。
ミシェルの後ろ姿を眺めていたら、警備の穴を見つけた部下が「それでは、警備に戻りますね」と敬礼をした。
「あぁ、報告してくれて助かった。ありがとう」
「ふふっ。ミシェルちゃんにもそれくらい優しくすると良いですよ? あ、サンデルのは片思いですからね」
「――――っ!?」
「失礼します」
クスリと笑われてしまった。
もしかしたら部下たちには私のこの思いがバレているのかもしれないな。
図書館の奥に消えていったミシェルをなんとなく追った。
医療系の魔術書が集められている本棚列のところにミシェルがいた。
求めている魔術書に手が届かないようで、つま先立ちになり必死に手を伸ばしていた。背伸びしている姿が小動物のようで可愛いかった。助けたかった。だから、魔術書を取って渡した。
なのに、私を見て大きな空色の瞳を更に大きく見開き、声が出せないほどに驚き、大量の魔力放出とともに気絶された。
ぐらりと揺らぎ崩れ落ちる身体を抱きとめると、あまりにも軽く柔らかく甘い香りがした。
――――いかん。
頭を振り、そっと抱き上げて司書室の奥にある私の執務室に運んだ。そこには仮眠用のベッドもあるので、とりあえず寝かせなければと思ってだった。
ミシェルを運んでいる最中、何やらこちらに敵意をむき出しの視線を送ってきていたサンデル。アイツとミシェルはどういう関係なのだろうか。部下はサンデルの片思いだと言ったが、それにしては二人の距離は近いように感じていた。
腹の奥底にモヤモヤが積もる。
ミシェルをベッドに寝かせたあと、念のため彼女の両親に魔術書簡を飛ばした。母親に様子を見に来たが、ただの魔力低下だから数時間寝かせていれば起きるだろうと言われた。
よく寝ているし、それならば動かすのも可哀想だからここで寝かせておくと伝えると、妙に深い笑みで「娘をよろしくお願いしますね」と言われた。
ミシェルをベッドに寝かせて四時間ほど経ったころ、やっと目覚めたらしく、ヘッドの中でもぞりもぞりと動いた。
慌てて執務机からベッド横に移動し、体調は大丈夫か、魔力低下での目眩や吐き気はないか確認しようとした。
ゆっくりと目蓋を押し上げたミシェルは、私を見て空色の瞳を大きく見開いた。
「…………」
またこの顔だ。また、口をハクハクとさせている。
先ほどの本棚でもそうだった。
確かに、後ろから近付いたせいで脅かしてしまったかもしれない、だが声も出せないほどに怯えなくてもいいだろう?
「なぜだ?」
「…………」
「返事もしたくない、か」
ミシェルの頬にそっと手を伸ばすと、ビクリと肩を跳ねさせたあと、顔を真っ赤に染めて潤んだ瞳で見上げてきた。
――――これは、まずい。
◇◇◇
目が覚めると知らない部屋のベッドにいた。
そして、そのベッドに軽く腰掛けて私の顔を覗き込んでいるヒューベルト様。
叫びそうになったところでサイレントの魔法がまだ発動していたことに気が付いた。
状況的に魔力低下で気絶したんだと思う。意識を手放す前にサイレントの解除をしようとして、口で詠唱出来ないことにパニックになり、何度も頭の中で唱えてしまっていたから。
そして、まだサイレントが発動していることから、魔力切れじゃなく、魔力低下。
諸々が中途半端で嫌になる。
この状況をヒューベルト様に伝えなきゃいけないけれど、どうやったらいいの!?と慌てていたら、ヒューベルト様の大きな手で頬を包まれた。
――――え!?
バクンバクンと破裂しそうな心臓。
顔にも耳にも血がのぼって熱くて仕方ない。
好きな人に触れられている、それだけでもうどうしようもなかった。
きっと体調不良とかそういうの心配してくれているだけなのに。あ、ほら、やっぱり。眉間に皺が寄ってるもん。
「そういう顔と視線は、男を勘違いさせるぞ」
「…………」
――――へ!?
そ、そういう視線ってなに!? とパニクっていたら、ヒューベルト様の顔が徐々に近付いてきていた。
あれ? これ、キスしようとしてない!? え、いいの? 個人的には既成事実くらいの勢いでブチュッとカマしたいんだけど!? これ、据え膳よね!?
なんて脳内大忙し。
あとちょっとで唇が触れる!ってときに、ヒューベルト様が頬を包んでいる反対の手の人差し指で、私の唇をふにゅりと押さえた。
「ちゃんと抵抗しろ。本当にするぞ?」
「…………」
「好きだ」
「……」
――――は!? はぁぁぁ!?
え、いま『好き』って聞こえたけど、気のせいじゃないよね!? あれ? まだ夢の中とか?
てか、誰が誰を? まさか、ヒューベルト様が私を?
え、いや、まさか!? え? やっぱ夢?
「頼む、何か言ってくれ」
苦しそうな表情で私を見つめるヒューベルト様。頬に触れている手が徐々に冷たくなり、心なしか震えていた。
――――え? あれ? これ現実!?
ようやく状況が掴めて、慌てて身ぶり手ぶりで伝えようとしたものの、全くと言っていいほどに伝わらなくて、ヒューベルト様の執務室まで飛んでった。
机の上にあったメモ紙に『自分でかけたサイレントが解除出来ません! キスしたいです!』って書いたら、もの凄く強烈なデコピンをされた。
もちろん、その後には蕩けるくらいのキスも。
「えへ。えへへっ」
「……やっかいなのに恋したもんだな」
今日も私は上級魔術師図書館に入り浸っている。
王太子殿下の密命もこなしつつ、休憩時間はヒューベルト様と図書館の最奥のブースでこっそりとお茶をしつつ、とびきり甘いキス……をねだって、休憩時間であろうとも仕事中だ!と、またデコピンされているけど。
―― fin ――




