9話
均衡を破ろうと動いたのはモクランであった。
千人将の騎馬隊を三つ、敵歩兵の背後を突くかのように動かす。
カクもそれに呼応した。
騎馬隊が交錯する。
互いに何騎かを突き落とす。
二度、三度と交錯が続き、そのたびに数騎が地に落ちた。
騎馬隊のぶつかり合いも、やはり互角であった。
「わたしに続け!」
ついにモクランは、麾下の二千騎を率いて燕の騎馬隊へ向かう。
水流剣を振るう。バシュッという音と共に燕の千人将を斬り落とした。
燕の騎馬隊は散開する。
モクランはそれを一隊ずつ追い、次々と千人将を斬り伏せていく。燕の騎馬隊は崩れ始めた。モクランは、さらに追う。
だが、それはカクの誘いであった。
「ふふん。かかったな」
カクはモクランの動きを予測し、魔道具兵を率いて待ち構えていた。
「くっ!誘われただと!?」
モクランは手綱を引き、馬を止める。
その瞬間、魔道具兵が水弾を惜しみなく撃ち放った。
「はー!」
モクランは気合いと共に剣を振る。
巨大な水壁が出現し、水弾はすべて勢いを失い、吸収されていく。
「小癪な……!」
カクは舌打ちし、馬腹を蹴り突進する。刀を振り下ろす。バシャっと音をたて水壁は霧散した。
その裂け目から、モクランが水しぶきの中を突き抜けて斬りかかる。
「その首もらった!」
カクはモクランの水流剣を、自身の水流剣で受け止めた。水と水がぶつかり合い、バチーンと音が弾ける。少し熱を帯びた水飛沫が顔にかかる。
「そう簡単に首を討てると思うなよ!」
カクは押し返した。そして、モクランの疲労を見て取る。先ほどの水壁で、大きく消耗していた。
カクは水流剣を次々と繰り出した。モクランは防ぐので精一杯であった。
「まずい……このままでは……」
モクランは、カクの剣圧に押される。そして、カクの一閃が横腹を薙いだ。
「ぐああっ……!」
辛うじて剣で受け止めたものの、勢いを殺しきれず、モクランは馬から弾き飛ばされる。
地を転がり、立ち上がろうとした瞬間、喉元に剣が突きつけられた。
「はぁ、はぁ、くっ....」
カクは一歩踏み出す。息を乱すモクランに剣を突きつけた。
「ふふ。ここで終わるか、俺に従うかだ」
モクランの部下たちは、迂闊に動けなかった。
「舐めるな!」
モクランは剣を払いのけ、印を結ぶ。地面から無数の荊が生え、カクの体に絡みついた。
それはカクだけではない。魔道具兵たちも荊に絡め取られ、身動きが取れなくなる。
モクランの部下が駆け寄り、彼女を救い出した。モクランは馬に乗り、離脱する。
「待て! くそ……追え! 追うんだ!」
カクは荊を解こうともがくが、すぐには解けない。
散開していた騎馬隊に合図を送り、モクランを追わせた。
モクランは俊足の補助魔法をかけ、速度を上げる。黒髪が風で靡く。燕の騎馬隊は追いつけなかった。
そのとき、モクランは丘の上の戦局を目にした。
―――
丘の上では、すでに二段目に秦軍が取り付いていた。
「ケイ……続けろ……」
ジュンカンが命じる。
あと一発撃てば、力は尽き、しばらく動けなくなる。
ジュンカンは気にするなと言う。本当に大丈夫なのか半信半疑のまま、ケイは二発目の火矢を放った。
轟々と矢が飛び、二段目の柵が燃えあがった。
そこへタクゲンの部隊が突撃する。柵が引き倒され、秦軍が侵入していった。
「はぁはぁ....もうダメだ....」
ケイは疲労で倒れ込んだ。三段目は、二段目より守備兵が多い。秦軍も疲労で動きが鈍っている。矢が降り注ぎ、盾で防ぐのが精一杯だった。
ジュンカンがケイに近づく。
「ケイ……こっちを向け……」
振り向いた瞬間、口づけをされた。
「え!?いきなり何!?」
驚きで体が固まる。
周囲の兵も息を呑んだ。
口の中に、熱いものが流れ込んでくる。
魔力が巡る感覚。
「これで、あと一回は撃てるだろう……」
顔を赤らめ、ジュンカンは言った。
確かに、あと一回は撃てる。ケイは三段目の柵に狙いを定めた。
「いけ!」
放たれた火矢が勢いよく飛び、三段目の柵を焼く。秦軍が、そこへ殺到した。
―――
ゴランは二段目、三段目と立て続けに柵を燃やされ、狼狽した。そして、ようやく気づく。
柵を焼いたのは、誰なのか。
「……まさか、あんな少年の兵が……」
怒りが込み上げる。ゴランは馬に乗り、魔道具兵を引き連れて本陣を飛び出した。
モクランは追撃を振り切りながら、丘の中腹を見ていた。火が上がり、柵が崩れ、秦軍が制圧していく。
「ここだ!」
魔力は底を突き、今にも倒れそうだった。だが、この好機を逃すわけにはいかない。馬を乗り換え、再び俊足の魔法を使う。丘を一気に駆け上がる。秦の兵はモクランの為に慌てて道を開けた。
ゴランが合図を送る。魔道具兵が、ケイに狙いを定める。
水弾が放たれた。
その瞬間、ケイの前にタクゲンが立ち塞がった。
「お前は俺の大事な奴隷だ……ここで死なれては困る……」
無数の水弾がタクゲンの体を撃ち抜く。ゲホッと大量の血を吐き倒れた。タクゲンの体は細かく痙攣していた。
「あの男が俺を庇うだと....」
ケイは信じられない思いでタクゲンを見ていた。自分を奴隷にした男。過酷な労働を強い、叱責し、殴った男。
この体の持ち主だった少年は、それに耐えきれず、自刃しようとしたのだ。
「死ねえっ!」
ゴランが槍を構え、ケイに迫る。ケイはゴランの雄叫びにハッとして顔を向けた。
「やられる!」
突き出される、その瞬間。水流剣が伸び、バシュっとゴランの首を飛ばした。
「……よくやった……少年……」
返り血を浴び、汗と泥にまみれたモクランの姿があった。それでもケイには、まぶしく見えた。




