8話
敵の布陣は丘の上にゴラン率いる五千。麓にカクの本陣二万が展開している。丘と本陣はやや離れており、連携が取れていないように見え、隙があった。
モクランは予定通り、歩兵五千に丘を攻めさせ、ソンキンの二万をカクの本陣に向けた。モクラン自身はやや後方に構え、どちらにでも向かえる位置を取った。
ソンキンは丘とカク本陣の間に楔を打つように入り込んだ。丘への増援を遮る格好であるが、もし秦軍の丘攻めが失敗に終われば挟撃されて終わる位置だ。
カクはモクランを見ていた。動くとしたら、こちらの構えが何段か抜かれた時である。だが、ソンキンごときに抜かれるつもりはなかった。逆にソンキンを窮地に落とし、モクランを引きずり出して討ち取るつもりだった。
「柵を引き倒せ!」
ソンキンの歩兵軍の五百人将たちが、柵を引き倒そうと魔法の鉤縄をかける。
「させるな!縄を断ち切れ!」
それを燕軍の五百人将が水刃の魔法で切り落とす。そこへ魔道具兵が前に出て水弾を浴びせ、すぐに後ろへ下がり魔法で装填する。
初日の戦いでは全弾打ち切った後にモクランに追い回されてしまった。ソンキンの兵を削りつつ、弾切れは起こさないよう慎重に使っていた。
「くそ!こうも固くては進めん!おまけに水弾まで来るとは!」
攻めあぐねるソンキンに、モクランは盾兵を前に出し押せと指示を出す。そして丘に目を向けた。
丘攻めの歩兵も、三段構えの一段目の柵に足が止まっていた。矢が降り注ぐ。秦軍は盾を上に掲げ、じりじりと進むが、丘の傾斜はきつく歩みは遅かった。そこに落石が来る。
落石はゴロゴロと斜面を跳ね回り、秦軍の歩兵を十数人巻き込み、転がっていく。一部の兵は柵に取り付き引き倒そうとしたが、槍で突かれ落とされる。
「くそ!邪魔な柵だ!」
タクゲンは必死に縄の魔法を連発した。柵に掛かり兵たちに引かせるが、水刃で切り落とされる。縄を引いていた兵たちがバランスを崩し尻餅をつく。そこへ落石が来て、避けきれない兵が巻き込まれる。
「くっ....はぁ....はぁ....進め!進め!」
ジュンカンは苦痛に顔を歪めながらも盾を構え進む。汗だくで、今にも倒れそうだった。ケイはジュンカンに近寄り、肩を支える。
「余計なことをするな……離れろ……」
ジュンカンは強がるが呼吸は荒く、ケイの手を振りほどこうともしなかった。ジュンカンは礫を放つ。だが威力は弱く、敵兵に当たっても倒すことができなかった。
落石が来る。ケイはジュンカンの体を引き、必死に避ける。
「離せ……お前も死ぬぞ……」
「だめだ。隊長が死ねば隊が崩れる!」
ケイは言い返した。ジュンカンはケイを見つめる。
「私のことはよい……お前は火の矢を撃てるだけ撃て。穴が開けば、あとはモクラン様が何とかする」
ケイの火の矢は、一時間に二発が限度だ。むやみに撃てば動けなくなる。モクランにつなぐには、もっと敵を崩してからでなければならない。
「後先考えるな! 今撃つんだ!」
ジュンカンはケイに命じた。ケイは躊躇した。二発撃てば動けなくなってしまう。それに一段目は突破できても、二段目は抜けないだろう。
「いいから……やれ!」
ジュンカンが乱暴にケイの手を振りほどき、倒れ込む。ケイはどうにでもなれと思い、柵に向けて火の矢を放った。轟々と低い音をたて矢は飛んでいく。
瞬く間に火の矢は柵を燃やした。
「なんだ!何が起きた!」
周囲の敵兵も驚き、離れる。わずかだが穴が開いた。
「いまだ!突っ込め!」
タクゲンが兵を連れ、その穴に突っ込んだ。タクゲンが暴れる。燕兵が穴を塞ごうと殺到してくる。そのせいで薄くなったところに縄がかかり、柵が引き倒される。一段目の数か所が崩れ、秦軍が侵入する。
「ふん。秦のやつらも頑張るではないか」
ゴランは一段目が崩れるのを見ていたが、焦ってはいなかった。構えは二段目、三段目と厚くなる。一段目で秦軍は少なからず犠牲を出し、疲労が見て取れる。二段目は抜けないだろうと見ていた。
「焦ることはない。二段目、構えよ」
カクもゴランと同じ考えだった。だが、一段目の柵の一か所が燃えたことに、わずかに眉をひそめた。敵に火魔法の使い手が混ざっている。嫌な予感がした。
だが、その考えも突然の歓声に掻き消される。モクランが前線まで姿を見せ、秦軍を鼓舞したのだ。カクはその姿を見て美しいと思った。そして、壊したいとも。
ソンキンの歩兵の圧力が増す。盾と槍を構えたまま柵に絡みつき、引き倒していく。カクは舌打ちし、馬に乗る。旗を掲げさせ、本陣を前に押し出した。その姿を見た燕兵の士気が上がる。秦軍を押し返す。決着のつかない押し合いだった。モクランとカクの視線がぶつかり合う。
「秦兵よ! 押しまくれ!」
モクランの声が響く。カクは部下に、モクランを挑発せよと命じた。
「いつまで後ろに隠れているつもりだ! 魔道具が怖いのか!?」
「所詮、女将軍などそんなものか! 実力でなく色で出世したんだろ!」
モクランはカチンときたが、挑発に乗らなかった。逆に挑発し返す。
「弱い犬ほどよく吠えるとはこのことだ。お前らの大将こそ臆病者ではないか!」
秦軍と燕軍の押し合いは、双方決め手を欠いたまま、なおも続いた。




