7話
モクランは水弾が尽きた魔道具兵を追いかけたが逃げられた。丘の上は柵が三重に張り巡らしており、2千の騎馬では攻略は難しい。モクランは舌打ちをし引き上げた。燕が予想以上に精強であることが分かった。秦の歩兵に千数百人の死傷者が出ていた。
モクランは夜、軍営で兜を脱ぎ投げ捨てた。兜は机に当たり鈍い音をたて転がる。様子見の側面もあったが想定以上の損害を受けた。
何か企んでいたのに気づいていたが、まさか魔道具を持っているとは思わなかった。歩兵の乱戦が解けてきた時点で何か仕掛けてくると見抜くべきであった。モクランはため息をつく。
「本当に俺は人を殺したのか....」
ケイはまだ手の震えが止まらなかった。初めて人を殺した。やらなければジュンカンが討たれていた。そしてケイ自身も命がなかったであろう。ジュンカンは遠くの方でサラシをきつく巻いていた。肋骨が数本折れたようだ。目が合う。すぐに逸らした。
「お前すげえな!あの五百人将を討つなんて!」
周囲の兵たちはケイの活躍に興奮していた。秦軍は突然の魔道具兵の襲撃に崩れたところを騎馬に突き倒されていった。
壊滅寸前のところをケイが火の矢を放ち五百人将を討ったことで立て直し引くことが出来たのだ。
「おい!命の恩人!俺の酒を飲んでくれよ!」
兵たちは喜びながらケイの肩を叩いたり、酒を勧めてくる。ケイは気恥ずかしくなった。教授だったころは学生たちにこのように喜ばれたことがあったであろうか。仏として淡々と単位を与え、学生たちもそれが当たり前と思っていた。
「何はずかしがってんだ。もっと誇れよ!」
タクゲンはジュンカンの隊が騒いでいるのを見ていた。自分の奴隷であるケイが活躍したら主人である自分の手柄だ。戦が終わったら伍長に引き上げてやろう。もっと手柄を立てろよと思った。
「敵の空気が変わった....」
翌日、モクランは敵の雰囲気が一変したことに気づいた。洛陽から援軍として1万の軍が到着したと知らされる。率いているのは、カクという名の将軍であった。その名を聞いたことがなかったが、ただならぬ気配に警戒せざるを得なかった。
カクは燕の宰相ヒョウの従弟であり隠し玉であった。これまでも様々な戦争に出て武功をあげてきたが、そのほとんどをヒョウの手柄とされてきたのだ。カクはヒョウに対して恩義があり文句は言わなかった。
ヒョウはボヨウスイに対抗する為にカクの存在をあえて目立たせず育ててきた。本来はいつか政敵のボヨウスイを駆逐する為の切り札であったが、秦が洛陽に迫るに至り、将軍として起用するしかなかった。カクは水系魔法の使い手である。ヒョウはその腕は随一であり同じ水系統の使い手のモクランより上とみていた。
カクは着陣すると、初日の戦いを指揮した副将のゴランを呼びつけた。ギロリと睨みつける。
「切り札の魔道具兵を初日から出すとはどういうことだ」
ゴランは額に汗をかく。
「魔道具兵はモクランを討つための切り札だ。それを早々に明らかにしてどういう魂胆だ」
「それに丘の上の防備が薄い。丘を取られたら不利になるのだぞ」
立て続けに責められゴランは平謝りするしかなかった。
モクランは丘の上に燕の兵が4千人ほど移動しているのを見ていた。あの丘を取るのは難しくなったと感じた。カクの出方を探る為に騎馬2千を出した。敵は槍を突き立て待ち構えている。秦の騎馬隊はその表面を削り反転する。敵の騎馬隊は動かない。何度か続けたが敵は反応は薄かった。
「誘いには乗ってこないか....面倒だわ」
翌日も同様のことをした。やはり敵は反応しない。モクランは敵陣の隙を見つけられず内心焦りを感じた。力攻めすると勝ったとしても被害は大きいであろう。
カクは秦が挑発してきても決して出るな、防御を固めよとゴランに厳命した。もう一方の戦場であるボヨウスイに対峙している秦軍は防御壁を築き動こうとしていない。トウキョウやチョウシといった主な将軍を当てて、ボヨウスイを引き付ける為の構えだ。
モクラン軍が洛陽攻めの主力なのは明らかだった。こちらから動く必要はない。そのうちモクランは焦り力攻めに出るであろう。その時に確実に討てばよい。カクは本陣で床几に座りじっと秦軍の動きを見ていた。
4日目の朝、モクランは副将のソンキンを呼び軍議を開く。どうこの戦局を打開するか意見を求めた。だがソンキンからは明確な意見は聞けなかった。モクランは覚悟を決めた。
このまま睨みあっても何も成果は出ない。モクランがここを抜いて洛陽を攻めないと、もう一方の戦場も動くことは無い。
モクランは主な将校を軍営に集め総攻撃を命じた。
「犠牲は多いであろう。だがここを抜かなければ秦に勝ちはない。覚悟を決めよ」
モクランは剣を抜き、机を叩き切る。将校たちの顔が引き締まる。
「臆病者はこの机のようになる!」
モクランは丘の攻略に歩兵5千を充てた。丘の敵軍と同数だが、麓に展開するカクを抑え込む為にはこれ以上兵を裂けない。残りの2万余の兵をソンキンに預けた。正攻法で押せと命じた。モクラン自身は2千の騎馬隊で遊撃の構えを取る。
カクはシン軍の動きを見ていた。モクランはどちらに来るのか見極め確実に討つことを意識した。5千では丘は取れない。
ゴランは本来手堅い。丘を守るなら失態はないであろう。モクランは魔道具兵は丘にしかいないと思っているに違いない。だがカクは麾下の兵100にも魔道具を持たせている。丘攻めは囮で、モクランは自分の首を取りにくると予測した。
秦軍が一斉に動いた。ケイは丘攻めの部隊にいた。手の震えはもうない。今日で決まると感じていた。戦場の空気が、濃くなったきがした。




