6話
モクラン軍3万は2万の歩兵と1万の騎馬からなる。ケイは千人将でもあるタクゲン配下のジュンカン五百人将の部隊に居た。秦は歩兵の強化に努め、武器も一兵卒までしっかり整えていた。ケイは鉄製の盾と自身の剣を持っていた。
ケイは訓練で魔法は案山子を焼き払うほどに上達したが数を打つには制限がある。1時間で2回が限界だ。2回打つと休息しなくてはいけない。しかも少年の体だ。中身は60歳近い大人でケイの体に転生し体が軽くなった感覚はあるが、成長途上の体に鎧や鉄製の盾は重く感じられた。
モクランは燕の首都洛陽を目指している。洛陽まであと40里という地点で止まり布陣した。
すでに目の前の小高い丘には敵の先発隊が到着し待ち構えている。丘の上に千人、麓に1万の歩兵は布陣し、その周りを5千の騎馬が控えている。
モクランは檄を飛ばす。
「敵は老兵や少年兵をかき集めて40万と称しているが寄せ集めだ。我々はこの日の為に厳しい訓練を潜り抜けてきた。
燕の弱兵など恐れるに足りん。まずは目の前の敵を殲滅せよ!」
ケイは遠くに見えるモクランの姿に心を奪われた。祖国代を討った将軍ではあるが、その美しさを前に仇だという感覚は無かった。
「ソンキン。始めよ!」
ケイはその名を聞き、モクランの時とは逆に嫌悪を抱いた。父を裏切った人物である。今はモクランの副将として従軍しており味方であった。
「何をボーっとしている!突撃の構えをとれ!」
ジュンカンの怒声が響き、ケイは我に返り剣を構えた。
ソンキンは突撃と叫ぶ。歩兵の千人隊が5部隊。敵の歩兵に向かって突撃を開始する。タクゲンの部隊もその1つだ。
「遅れるな!」
ジュンカンは剣を抜き駆ける。ケイはついていくのに必死だった。味方が後ろからケイの体を押しているような感覚がある。止まることは出来ない。敵が見えてくる。盾を構えている。あれにぶつかるのか…
戦場の空気は重い。ケイは緊張で胸が苦しく、呼吸が早くなった。汗が額から流れ落ちてくる。
シュ!
ジュンカンが敵兵数人を素早く礫を飛ばし倒した。わずかだが穴があく。そこをジュンカンが突撃し崩し五百人が後に続く。急に乱戦になった。
「あわわわ....どうしたらいいんだ....」
ケイはあたりをキョロキョロするだけでどうしてよいか分からなかった。泥が跳ね上がる。兵は斬られ血飛沫がケイの顔にかかる。そのべとっとした感覚にケイは恐怖を感じ足が震えた。
「これが戦なのか....みんな狂ってる....」
ケイに敵の歩兵が切りかかる。思わず目を瞑って盾で身を隠す。
「馬鹿者!死にたいのか!戦え!」
ジュンカンがその敵兵を切り伏せていた。
「えい!やあ!」
ケイは無様に剣を振り回すが、敵兵にはかすりもしない。やがて味方の第2波が敵に襲い掛かり、入れ替わりで下がった。
「なんださっきの無様な戦い方は!訓練でやった通りにやれ!」
ジュンカンがケイの股間を蹴り飛ばす。ケイは倒れ震えた。この60年間、戦争なんてしたことが無い。ましてや剣を持って人と戦うなどやったことが無い。ケイは本物の戦場の空気に完全に飲まれていた。
「魔法は一丁前でも全然役に立たないではないか!次にそんな動きをしたら斬るぞ!」
ジュンカンの罵声にケイは震えるばかりであった。
第2波の歩兵が敵に絡み合っている。まだ敵の一段目も抜けなかった。敵は三段に構えている。ソンキンは下げた第1波の歩兵を再び突撃させる。号令が下され、今度も背後から圧力を感じ、ケイは走るしかなかった。
味方の歩兵1万の圧力で敵の1段目がようやく崩れ2段目に差し掛かる。そこへ敵の騎兵が介入してくる。ソンキンは歩兵に絡みつく騎馬を追い払おうと自ら剣を振るい襲い掛かる。こちらの歩兵1万に対し、敵は歩兵1万、騎馬5千である。モクランの本陣はまだ動かない。
モクランは丘の上にいる千人に注目した。遠目で見ても禍々しい気を放っている。麓の戦いは互角である。モクランの本陣が動けば決すると思われたが、丘の上の気配の異様さに警戒せずにはいられなかった。
「なにかあるわ...あの丘を見てきて」
モクランは探りを入れるべく千人将の騎馬隊を丘へ近づけた。丘の上の燕軍は反応した。敵の騎馬100が迎え撃つ。地の利は敵の方にあるとはいえ、少ないとモクランは感じた。敵の騎馬隊は槍ではなく何か筒状のものを持っている。魔道具だ。そこから水弾が無数に発射された。
ダダダダッと水弾が撃たれると、味方の千人将の騎馬隊は一瞬で壊滅する。そして敵の騎馬隊はそのまま麓の乱戦に向かう。
「まずい…敵を侮ったか…」
モクランは慌てて麾下の2千の騎馬を引きい駆ける。敵は水弾を放つ魔道具を持っている。発射制限はあるはずだが味方に少なからず被害が出るはずだ。
乱戦はいつもまにかほぐれてきた。ソンキンは押していると勘違いし千人将たちにもっと押し込めと合図する。そこへ無数の水弾が降り注ぎ、味方を次々と倒していく。数十単位で歩兵たちが撃ち抜かれていく。
ケイは何が起きているのか理解できなかった。次々と味方が倒れていくのが見える。
「盾を構えろ!」
ジュンカンが叫ぶ。ケイは必死に震える手で盾を掲げた。その瞬間、盾を撃ち付けるズドドドッという強烈な水の音がした。
動けなかった。音が止んだと思った瞬間、敵の騎馬隊が反転してきてシン軍を蹴散らしていく。
「ひぃ!あぶな!」
ケイは何とかかわし尻もちをつく。ふと見ると顔を馬に踏まれ潰された味方の兵がいた。ケイは吐き気がこみあげ、その場にうずくまる。
「立て!すぐに次が来る!」
ジュンカンはケイを引き起こす。そこに敵の騎馬が迫る。ジュンカンは何故かケイを庇うように動いた。敵の騎馬に轢かれジュンカンは転げまわる。
「隊長!」
ケイは叫び駆けよる。
「何をしている逃げろ…」
ジュンカンは生きているが胸を強打しすぐに立ちあがることが出来ない様子だった。敵の五百人将と思われる男が率いる騎馬隊が迫る。
「うおおおおおおお!」
ケイは叫び、剣を突き出す。剣に火が纏い発射される。それは火の矢となり五百人将に当たり馬から転げ落ちる。ケイは必死に駆け寄り五百人将の喉元に剣を突き立てた。
「ふん..やればできるじゃないか..」
ジュンカンがケイを見てほほ笑んだ。ケイは初めて人を殺した。必死だった。手の震えが止まらなかった。




