40話
「ここはお前みたいな子供の来るところではないよ! 帰りな!」
タクゲンの元奥方ことレンカはケイに向かって、追い返す手振りをしながら言った。
レンカはタクゲンの生前から、この遊郭の主人のロゲンと不倫をしていた。タクゲンの死後、早々にタクゲンの屋敷を売り、ロゲンと再婚した。
「金ならある。それに俺はもう子供ではない」
ケイは金を机に置き、言った。
「ふん……金が問題じゃない。お前のようなやつに付ける遊女はいないよ」
レンカはさらに続けた。
「お前は奴隷のくせに、主人を守らないで帰ってきた。タクゲンが死んだせいで、わたしがどれだけ苦労したか分かってるのか!?」
――タクゲンは俺を庇って死んだのだぞ。
ケイは心の中で思ったが、口には出さなかった。
「その割には贅沢してそうじゃないか」
代わりにケイはそう言った。
「は!? お前に何がわかるのさ! それになんでわたしにタメ口きいてるのよ!」
レンカはまだケイを奴隷だと思っているようだった。
「俺は戦で手柄を立てて百人将になったんだ。お前こそ口の聞き方に気をつけろよ」
ケイがそう言うと、レンカは驚いた。
「そうかい……じゃあ客として扱ってやるよ。で? どの子が好みなんだい?」
レンカは奥の遊女たちが居並ぶ方にケイを通そうとした。
「レイは居ないのか?」
ケイはレンカが案内しようとするところを制して、レイはどこにいるのかと尋ねた。レンカはすぐに答えなかった。ケイの顔をしばらく見ていた。
「レイは……売ったよ……」
レンカのようやく出た言葉に、ケイは愕然とした。
「どこに! どこに売ったと言うのだ!」
ケイはレンカの両肩を揺さぶりながら叫んだ。
「ちょっと痛いわよ! 離しなさい!」
ケイは手を離すと、レンカの言葉を待った。
「レイの事を知りたいのかい? あんたら仲がよかったからね。知りたいなら、それ相応の礼をもらわないとね」
レンカはニヤッと笑いながら言った。その笑みに、ケイは嫌な予感がした。
「金なら見せただろ」
ケイの言葉に、さらに卑下た笑いを浮かべながらレンカは言った。
「よく見たら、いい男になったじゃないか? どうだい? わたしを楽しませてくれたら、レイの居所を教えるよ」
「ふざけるな! 誰がそんなことをするか!」
ケイはレンカに嫌悪感を抱き、怒りで顔を真っ赤にした。
「ふふふ……ここは女を抱くところだ。来たからには満足して帰ってもらわないとね。それに、ここの誰よりも楽しませてあげるわよ」
レンカはそう言ってケイの手を引き、奥の部屋へ連れていった。ケイはレイの事をなんとしても聞きたかった。ここでレンカの機嫌を損ねると教えてくれないと思い、我慢した。
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部屋はほのかに灯がともっていた。薄暗い中で見るレンカは、途端に妖艶な笑みを浮かべる。ケイはその妖しい雰囲気にハッとした。
レンカはケイの手を引き、そっと体を寄せてきた。
「さあ……わたしを楽しませて」
ケイはレイのことをなんとしても聞きたかった。ここで機嫌を損ねたら教えてくれないと思い、静かに身を任せた。
――この女には優しくする必要はない。むしろ、強く出た方が通じるはずだ。
ケイは体は若くても、心は大人だった。昔の記憶を頼りに、レンカを導くように触れ、彼女の反応を見ながら進めた。
レンカは驚きながらも、ケイにしがみついてきた。
「ま……まだよ……もっと……」
ケイは手を止めて、静かに言った。
「レイはどこにいるのか、言え」
レンカは息を乱しながら、ようやく口を開いた。
「……わかった……言うわ」
ケイはレイの居所を知り、胸が締め付けられる思いだった。
レイは秦の首都長安に住む上級貴族であるモウ家に売られたのだった。
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ケイはサクのために粥と茹でた野菜を買って宿に戻った。サクは二日酔いからいくらか回復し、ケイが買ってきた食べ物を嬉しそうに口にした。
ケイの顔は沈んでいた。
「ケイ? どうしたの? 何か分かったの?」
ケイは黙っていた。そして立ち上がり、先に湯浴みに向かってしまった。
――長安か……レイ……
首都長安は、行こうと思えば行ける場所だ。だが百人将である以上、いつまでも軍に不在というわけにはいかなかった。
入れ替わりでサクが湯浴みに行く際、ケイは明日の朝に太原に戻ると告げた。そして、サクが戻ってくるのを待たずに寝てしまった。
サクが戻ると、ケイはもう寝ていた。
――結局、何も教えてくれなかった。
サクは、ケイからなぜ鄴に来たのか理由を教えてもらえなかった。ある商人を探していたようだが、それは本来の目的ではないとサクは思っていた。
サクは悲しくなり、ケイの背中を夜の間ずっと見ていた。
夜が明け、ケイはサクの目が赤くなっていることに気づいた。心が痛んだ。帰ろうとだけ言って、宿を立った。
帰路の足取りは重かった。突然、サクが立ち止まる。
「ケイの馬鹿!」
サクの突然の言葉に、ケイは狼狽えた。
あたりは暗くなってきた。二人は宿場町の簡易的な宿に泊まる。
ケイは居た堪れなくなり、サクに語った。本当は商人ではなく、レイという幼なじみを探していること、レイとは代滅亡の際に共に太原の奴隷となったこと、レイは売られ、長安の毛家にいることを。
代の公子であることは言わなかった。もちろん、ケイが転生してきたことも。
夜、寝床に二人で横たわる。サクが言う。
「ケイとジュンカン様のことは知っています。モクラン様が特別視していることも」
ケイは驚かなかった。この間の戦で、それは公然の事実である。
「そして、今のレイの話。あなたの周りには女性がたくさんですね」
ケイは、サクが何を言いたいのかよく分からなかった。確かに転生してから、女性との接点は増えている。サクは続けた。
「あなたが誰を想おうと構いません。でも、私のことも側に置いてください」
サクはそう言うと、ケイに顔を寄せてきた。
ケイはその顔に、優しく口付けた。
夜が明ける。乱れた衣服を直すサクの表情は、明るかった。




