39話
ケイとサクは何日も商店街を歩き回った。だが、タクゲンの元奥方がどこにいるのか分からなかった。
「あんたね。最近、再婚した商人がいないかって聞き回ってるようだけど、いったい何のために聞き回っているんだい?」
どうやら商店街の間で、ケイとサクのことは、大した買い物もしないのにおかしなことを聞き回っていると噂になっているようだった。
「ケイ……やはり情報を探るには、ここしかないわ」
サクは酒場の前で立ち止まった。酒を奢れば情報をもらえる。ケイはそんなドラマやアニメを見たことがあるが、それはどうやらこの世界でも通じるようだ。
二人で酒場に入る。若い男女が酒を飲みに来るのは珍しいらしい。酒場にいた客たちが、こちらをニヤニヤしながら見る。
「なんであいつら、こっちを見てるんだ?」
ケイが聞くと、サクは顔を赤らめた。
「ケイ……知らないの? 男女が初めて愛を交わす前に、景気付けに酒場で一杯ひっかけるものなのよ」
「はー!?」
ケイは驚いて慌てた。そのような風習は、歴史の史料でも見たことがなかった。ケイの元の体の持ち主の記憶の中にも、そのようなものは無かった。
それは単に史料が欠落しているのか、騎馬民族の風習ではないのか、異世界のためなのか分からなかった。
サクが意地悪そうに笑う。
―――嵌められた。
ケイは、サクがわざと酒場に誘ったのだと気づいた。
「おー、にいちゃん。これからお楽しみかい? 別嬪さん連れてよー」
ケイは酒場を出て行きたかったが、もう手遅れだと思い、開き直った。
「店主、これでみんなに酒を出してやってくれ」
ケイは机の上に、まあまあの大金を積んだ。これはエンの五千人将を討ったときの報奨金の一部であった。さすがに残りは少なくなっていた。これで情報を得られなければ、タイゲンに帰らなければならない。
「お! 気前がよくていいねぇ」
酒場は盛り上がった。
「ところで、最近再婚した商人の話を知らないか? そいつの奥方は、前の夫に隠れて不倫していたみたいなんだ」
ケイは最後の望みと思い、聞いた。すると一人の禿げた男が言った。
「あぁ……それは普通の商人じゃあねえな。色街に店がある奴隷商だよ」
薄々予感はしていたが、それは最悪の話であった。その奴隷商の名前はロゲンと言った。ケイの顔が暗くなる。
「お、おい。にーちゃん、何か悪いこと言ったか?」
禿げた男はケイの顔を見て怖くなり、離れていった。なんとなく雰囲気が悪くなり、他の客たちもケイとサクを残して出ていってしまった。
「おい! ケイ! 何落ち込んでんだ! もっと飲め!」
サクが突然、酒杯を机に叩きつけて叫んだ。あまりの豹変ぶりに、ケイは驚いた。
―――こいつ……こんなやつだったのか。
ケイは酒に酔わない。サクは、そんなケイに合わせて結構な量を飲んでいた。そしてサクは、がくんと机に伏せて寝てしまった。
ケイはやれやれと思い、サクを背中に担いで宿に戻った。寝床に横にする。サクは熱いのか、寝たまま胸元を緩めだした。白い綺麗な肌と、小ぶりな胸が見える。
ケイは思わず生唾を飲んでしまった。だが、すぐに我に返り、枕で自分の目を隠した。酔い潰れたサクを抱こうとするなんて、最低な男だと思い直した。ケイはそっとサクに毛布をかけ、浴場に行った。
次の日、サクは前日の記憶がないようであった。二日酔いで頭が痛いというので、ケイは宿で休めと言い、一人で出かけた。行き先は、もちろん色街だ。サクを連れて行くことは出来ない場所であった。
色街の雰囲気は、商店街とはガラリと変わっていた。店の前には男が立ち、通りかかる人たちに声をかけている。大小合わせて三十軒くらいは店があるだろうか。
店と並び、無料案内所と看板を掲げた建物もあった。
―――ススキノみたいだな。
ケイは転生前、それほど頻繁ではないが、離婚してからは夏冬のボーナスの時に訪れたことがある。まさかこの世界にも、このような場所があるとは思わなかった。おそらく史実でも遊郭のような店はあったと思われるが、これほど盛んではなかったはずだ。
ケイは無料案内所に入った。そこは茶を飲みながら、各店の値段や遊女の情報が書かれた紙を見る場所であった。
ケイは案内所の店主に聞いた。
「ロゲンの店はどれだい?」
店主は特に疑う様子もなく、「これだよ」と冊子を渡した。レイの名前は無かった。遊女が本名を名乗っているはずもない。冊子の似顔絵では、誰が誰だか分からなかった。
「最近入った若い子はいないかい?」
「さあ……ロゲンさんの店は入れ替わりが多いからね。どの子を言ってるのか分からないよ。直接行ってみたらどうだい? 店では似顔絵じゃなく、実際の遊女を見て選べるよ」
店主にそう言われ、ロゲンの店の場所を聞いて向かった。店の佇まいは豪華であった。相当儲かっているのがうかがえる。
中に入ると、三十代と思われる女性が座っていた。
「ケイ! なぜここに居るんだい!?」
タクゲンの元奥方が、そこに居た。




