37話
モクランは、エイゲツをどうしてよいか分からなかった。あの時の森での光景は、今も忘れていない。ケイに対して行ったことを思えば、気持ちとしては処断したかった。
だが、燕の将軍だったのだ。慎重に対処する必要がある。長安に護送することも考えたが、今のオウモウなら公開処刑する可能性もあった。
燕北部を焼き払ったことで、秦の悪名はすでに広まっている。これ以上、傷を広げるのは得策とは言えなかった。
――あのようなことがなければ、味方になるよう説得できたのに。
秦の人材不足は深刻だった。あのチョウシが戦死したのだ。だがモクランは、エイゲツに会えば自分を抑えられる自信がなかった。
トウキョウが大将軍になった。モクランも、いつかは大将軍になりたいと思っている。女性でも戦闘向けの魔法が使えれば出世できる。だが、かつての代のように、未だに男尊女卑の国もあるし、秦でも全体的に女性の地位は低い。
モクランは、そんな世を変えたかった。大将軍になり、自分の姿を見て立ち上がってくれる女性が、たくさん現れてくれたらと考えていた。
だからこそ、エイゲツを斬らないのだとも言えた。女性で将軍という存在は、ある意味で同志なのだ。
ジュンカンは牢獄に向かった。エイゲツに会うためだ。緊張で心臓が高鳴っていた。
――はたして、私の話を聞いてくれるのだろうか。
「何をしに来た……小娘……」
エイゲツは、見覚えがあると思った。そうだ、あの時に肩を砕いた千人将だ。北部駐屯軍を迎えるため、合流地点に向かっていた際に遭遇した相手である。あの時、横道にそれていなければ、今こうして捕虜の憂き目に遭うこともなかっただろう。
「小娘じゃない。ジュンカンという名がある」
ジュンカンは緊張で声がやや上擦っていたが、構わず名乗った。
「ふっ……で、小娘の千人将が何をしに来た? まさか、肩を砕いた私に仕返しに来たのか?」
エイゲツはジュンカンの緊張を見て取り、鼻で笑った。
「そんなことをして、何の意味があるの? あなたのように捕虜を虐める趣味はないわ」
その言い方に、エイゲツは内心苛立った。捕らえた男を弄んだばかりに、捕虜になったのだ。
「では、何をしに来たというのだ。お前と無駄話をする気などない」
エイゲツは、ジュンカンを睨みつけて言った。
「私は、強くなりたい……」
「……?」
エイゲツは、その言葉の意味が分からなかった。
突然、ジュンカンが膝をつき、エイゲツに向かって頭を下げた。
「お願い! あなたの魔法を承継させてほしいの!」
エイゲツは驚き、言葉を失った。
「お前……何を言っているのか分かっているのか?」
「分かっているわ! 私は強くなりたいの!」
ジュンカンは、真っ直ぐエイゲツの目を見て言った。
「お前は千人将で、私は将軍だ。それだけの身分差があって魔法を承継するとは、どうなるか知っているのか?」
その言葉に、ジュンカンはうなずいた。
魔法の承継方法には二通りある。一つは、自分と同等、もしくは一つ上の身分の敵を倒すことだ。運が良ければ、倒した相手の魔法を奪えることがあった。だが、それは非常に稀で、エイゲツ自身も見たことがない。
もう一つは、互いの同意がある場合だ。しかし、身分差が大きい相手に承継した場合、魔力の膨張に耐えきれず死んでしまう可能性が高かった。
かつては試みられたこともあったようだが、成功例はなく、今では誰も試そうとしない。同意による承継など、都市伝説のようなものだ。
「どうなっても、後悔はしない」
ジュンカンの決意に、エイゲツは問いかけた。
「なぜ、そこまで強くなりたいのだ?」
「ケイを守るためよ!」
――ケイ……。
エイゲツは心の中でその名を反芻した。
「分かった……そこまで言うなら、承継してやろう」
エイゲツは、ついに折れた。
「礼を言うわ。では、どうすればいいの?」
エイゲツはジュンカンに近づき、顔に手をかけた。魔法の承継に明確な手順はない。身体の一部が触れていれば、魔力の道を通じて行われるだけだ。
「魔力を注入するのと同じだ……一番効率のいいやり方は、知っているだろう?」
そう言って、エイゲツはジュンカンに唇を重ねた。




