28話
カクは、先にボヨウスイが到着し、すでに秦軍と一戦交えていることに愕然とした。
カクはボヨウスイに遅れること二日で、鄴に到着した。
カクも早く来たつもりであった。
だが、その差はやはり騎馬の機動力であった。
ボヨウスイは替え馬を用意し、乗り換えながら進軍していたのだ。
カクはボヨウスイの隣に布陣した。
こうなったら、ボヨウスイの用兵を目の前で見てやると考えた。
チョウシは、ボヨウスイに加えカクまで現れたことに、強い危機感を募らせていた。
二人とも来ることは想像していた。
むしろ、ここで二人を張り付けておければ、北部の戦は有利に進むはずであった。
だがそれも、チョウシの軍が健在であればこそだ。
ボヨウスイ軍の電撃的な進軍により、チョウシは防壁を完全に作り上げることができなかった。
おまけに、皇太子フコウまで従軍している。
唯一の救いは、フコウが何も口を挟んでこないことだった。
フコウはこの戦をフケンに提案した張本人であり、その性格からすれば、あれこれ言い出してもおかしくない。
だが、フコウには老臣リキが付いている。
リキがしっかり抑えてくれているのであろう。
この二日間、ボヨウスイの攻撃は熾烈を極めた。
そのたびに秦軍は後退を余儀なくされ、鄴から離れていく。
これ以上鄴から離れると、鄴への圧力としての意味をなさなくなってしまう。
チョウシは意を決し、攻城兵器を横倒しにして防壁とした。
そして、それを土魔法で強固にしていく。
魔法で一から防壁を築くよりも、土台となるものがあった方が、はるかに早く構築できた。
いざとなれば、土魔法で階段を作り、城壁にかけることもできる。
ボヨウスイもカクも、秦軍の前にみるみる防壁が出来上がっていくのを、驚きの目で見ていた。
攻城兵器にこのような使い方があるとは、思いもよらなかったのだ。
燕軍は、それを黙って見ているつもりはなかった。
ボヨウスイ軍からはヨウチョウが、カク軍からはハクエンが動いた。
それを見て、チョウシも騎馬隊を出す。
だが、燕軍の副将と秦軍の副将とでは、力量の差が大きかった。
チョウシ軍も、やはり急速に軍を拡張したため、副将が育ちきっていなかったのだ。
秦軍の騎馬隊は燕軍に遅れを取り、裏を取られて次々と討ち落とされていく。
チョウシは歯軋りしながら、それを見ていた。
防壁が完成するまで、チョウシ自身が動くことはできない。
その時、秦軍から新たに騎馬隊が出撃した。
チョウシは、一体誰だと目を凝らした。
追加の出撃命令は出していない。
老臣リキであった。
かつてフケンの片腕としてクーデターの立役者となった人物だ。
老いてなお、その動きは衰えていなかった。
リキの騎馬隊は、ハクエンの背後に取り付いた。
ハクエンは振り払おうと、半円を描くように回り、逆にリキの背後へ回り込もうとする。
だが、リキは唐突に騎馬隊を二つに分けた。
ハクエンを挟み込む。
ハクエンの騎馬隊は、左右から削られていった。
「まずい! このままではやられる……」
ハクエンは、リキの変幻自在な動きに翻弄される。
止まれば確実にやられる。
とにかく動き続けるしかなかった。
だが、リキはその動きをも予測し、包囲を完成させた。
ハクエンは囲まれ、ついに足が止まってしまう。
中央で戸惑うハクエンに向かい、リキが鉄鞭を手に突進してきた。
鉄鞭は炎魔法が付与された魔道具である。
リキが振るうと、炎が噴き出した。
ハクエンは水流剣を振る。
炎と水がぶつかり合い、蒸発して湯気が立ち込めた。
リキの鉄鞭は容赦なくハクエンに降り注ぐ。
ハクエンは水流剣で必死に受けるが、受けるたびに湯気が立ち、熱気で全身が汗に濡れた。
ハクエンは、急速に体力が奪われていくのを感じた。
剣を振るう手が重い。
視界もぼやけてきている。
リキが迫る。
ハクエンはかろうじて鉄鞭を受け流した。
だが意識は朦朧とし、馬から落ちてしまう。
リキが反転し、とどめを刺そうと迫ってきた。
その瞬間、水弾がリキの体を撃ち抜いた。
怒りに顔を紅潮させたカクが、単騎で飛び出してきていた。
カクはリキに向け、魔道具を放つ。
無数の水弾がリキを襲った。
リキは鉄鞭を振り回して水弾を弾き飛ばしたが、すべてを避けきることはできず、何箇所か被弾した。
リキは血を吐く。
それでも何とか堪え、騎馬隊をまとめて引き上げた。
ハクエンの騎馬隊は壊滅状態であった。
ヨウチョウの騎馬隊も、リキの介入によって余力を得た秦軍の騎馬隊に押され、撤退した。
カクはハクエンに駆け寄る。
ハクエンは汗だくで、呼吸も浅かった。
「すまない……もっと早く駆けつけるべきであった」
カクはハクエンの手を取る。
ハクエンは、その手をしっかりと握り返した。
「大丈夫です……あの爺さまは、もう二度と戦に出られないでしょう……」
カクはハクエンを担ぎ上げ、陣へと引き上げた。
ボヨウスイは、チョウシの防壁が完成していくのを見ていた。
これで長期戦になることは確実であった。
だが、ボヨウスイに焦りはなかった。
ボヨウスイはトクに策を授け、鄴の守将シュンのもとへ向かわせた。




