24話
モクラン軍は四万で太原を出撃した。
騎馬は一万五千まで増強されている。燕北部の都市、常山を目指した。
常山は、燕が遷都しようとしている中山の西側に位置する。
常山へ向かうには山脈を越える必要があった。山脈を通る道は狭く、いくつもの砦が築かれている。
大軍は通りづらく、守りやすい地形であるため、秦はこれまでここを通って燕に侵攻したことはなかった。
チョウシは、洛陽の北に位置する要衝・鄴を目指した。
チョウシ軍は歩兵中心で八万、攻城兵器を伴っている。
さらに皇太子フコウの二万も合流し、総勢十万の大軍であった。
フコウには老臣リキが補佐についた。
鄴一帯を取られれば、洛陽は孤立する。
それほどの重要都市であった。
燕は騒然となった。
東晋との関係が王の優柔不断によって拗れている中、秦は早くも軍を立て直し、侵攻してきている。
ヒョウは秦の底力に驚愕した。
「意図がわからぬな……」
ボヨウスイは呟く。
鄴は燕の中でも最大級の重要拠点であり、防御も万全である。
鄴を攻め取るには、いかにチョウシが良将であっても、十万の軍では足りないはずだった。
しかも皇太子フコウを伴っている。
老将リキが付いているとはいえ、大事な皇太子をこのような難易度の高い戦に出撃させる意図が分からなかった。
「本命は北だな」
ボヨウスイとカクが、ヒョウに呼ばれる。
秦軍の侵攻に対し、どのように対応するかを協議するためである。
ヒョウは焦っていた。
東晋との関係が拗れていることが要因だった。
ここで再び東晋に援軍を要請すれば、洛陽の即時引き渡しを求められるだろう。
それだけでなく、許昌なども割譲しなければならなくなる可能性が高い。
今回は、東晋に援軍を要請することはできなかった。
そして鄴を取られることは、今の燕にとって命取りである。
中山遷都への大きな障害となり、北部の穀倉地帯との通路も遮断されてしまう。
「鄴を失うわけにはいかない。洛陽にいる主力も動かし、救援に向かう」
ヒョウは半ば命ずるように言った。
「鄴には三万の軍が駐屯している。守将のシュンも人望があり、良将である。それより北部に援軍を急行させるべきだ」
ボヨウスイは反対した。
「秦から北部に出るには険峻な道を通る必要がある。大軍の移動に不向きだ。現地の軍に任せて問題ない」
ヒョウは意見を曲げなかった。その見方も間違ってはいない。
「来るのはモクランだ。侮ってはいけない」
ボヨウスイの言葉に、カクがわずかに反応した。
――モクラン……
カクの脳裏から、その姿が消えなかった。
カクは目を閉じる。
「お主の意見はどうなのだ?」
ボヨウスイに問われ、カクは目を開けた。
ヒョウは、モクランを甘く見すぎだと感じていたが、真っ向から反対意見を述べる立場ではなかった。
「俺は叔父の意見に賛成だが、念のため北部に一万の援軍を送るべきだと思う」
カクは本心とは違う、どこか中途半端な意見を口にしてしまった。
ボヨウスイは呆れた顔でカクを見る。
カクは視線を逸らした。
「鄴救援のため、ボヨウスイは六万、カクは四万を率いて出撃せよ。北部には、ボヨウスイの副将の誰かを派遣せよ」
ヒョウは宰相として二人に命じた。
カクをモクランに当てるのは危険だ。
カクはどこか女性に甘い。先の戦のように遅れを取るわけにはいかなかった。
ボヨウスイは返事もせず部屋を出た。
こうなっては、徹底的に鄴に来る秦軍を叩き潰すしかない。
ボヨウスイはエイゲツに一万を与え、ジョウザンへ急行せよと命じた。
「秦の女将軍の首を、この手でもぎ取ってまいりましょう」
モクランのような女将軍には、こちらも女性を当てるのが得策だった。
ボヨウスイは先のカクの戦いを分析し、カクには油断があったと考えていた。
さらにボヨウスイは、トクとヨウチョウを呼ぶ。
「鄴へ急行せよ。秦軍より先に到着し、有利な地形を抑えよ」
トク一万、ヨウチョウ一万が騎兵を率いて出撃した。
鄴周辺は平坦な地形が多い。
チョウシに土魔法の防御陣を組む余裕を与えてはならなかった。
カクもハクエンを伴って出撃する。
「ボヨウスイに遅れを取るな」
この戦で大功を立て、名実ともにヒョウの影響下から抜け出そうと、カクは考えていた。
「今回の敵は、モクランではないのですね……」
ハクエンは、どこか残念そうであった。
カクは、やはりハクエンがモクランを殺したがっていると確信した。
自分のせいとはいえ、ハクエンにはそのような歪んだ感情を抱いてほしくなかった。
カクはハクエンを抱き寄せ、そっと口づけた。
⸻
モクラン軍は、太原から燕北部へ通じる狭い道を進んだ。
馬二頭分も並んで通れない幅である。
輜重車は通れないため、兵糧などの物資は馬の背に載せ、徒歩で進軍した。
やがて、燕最初の砦が視界に入る。
砦の前も、かなり狭い地形であった。
このような砦が、十か所は続く。
モクランは、一つ一つの砦の攻略に時間をかけるつもりはなかった。
この戦には四か月という期限がある。
その間に、徹底的に北部を荒らす必要があった。
目の前の砦には、千人ほどの兵が立て籠もっている。
モクランはジュンカンを呼んだ。
「先鋒だ。時間をかけずに抜き、次の砦も襲撃せよ」
ジュンカンは拝礼し、こう言った。
「ケイの百人隊をお貸しください」
ケイはモクランの直属部隊である。
「よかろう……あなたに預けましょう。決して無駄死にさせないように」
ジュンカンは礼を言った。
だが、モクランの言葉に違和感を覚えた。
無駄死にさせるつもりなど毛頭ない。
なぜ、あえてそのような言葉をかけられたのか、分からなかった。
ジュンカンはケイを見る。
「特訓の成果を見せてみろ」
ジュンカンに従い、ケイは出撃した。
砦に掲げられた燕の旗を見る。
――必ず武功を挙げる。
そう意気込んでいた。




