22話
モクランはケイに三つの課題を与えた。
一つ目は、火の矢を撃てる回数を増やすこと。
二つ目は、火の矢の威力を上げること。
三つ目は、騎馬に乗りながら火の矢を撃てるようになること――つまり、騎射ができるようになることであった。
一つ目と二つ目は言うまでもない。今でも取り組んでいることだ。
三つ目は、ケイにとって初めての課題だった。まずは、馬に乗ることから始める。
ケイは前世で馬術部の顧問をしていたが、実際に馬に乗るのは三十年ぶりであった。
果たしてうまく乗りこなせるのか、不安を覚える。
だが、その不安は杞憂に終わった。
ケイはもともと、騎馬民族国家代の公子だったのだ。すっかり忘れていたが、馬に乗れて当然の家柄に育っていた。
軽々と馬にまたがり、軽速足から速足、そして疾駆へと段階を上げていく。
モクランはそれを見て、感心した様子で頷いた。
次は弓である。
これはケイの記憶の中でも、まともに扱ったことがなかった。
ケイは他の伍長たちの動きを見よう見まねで弓を引いたが、矢は飛ばず、目の前に落ちた。
「弓は、こうして打つのです」
伍長の一人である長身の人物が、ケイの構える弓と矢に手を添える。
ゆっくりと引き、そして放す。矢は真っ直ぐに飛び、的に当たった。
長身の人物はサクと名乗った。
男なのか女なのか判別のつかない、中性的な容姿であった。
「もう一度、頼む」
サクは再びケイの手を取った。鍛えてはいるものの、かすかに感じる柔らかな手の感触。
どうやらサクは女性のようであった。
矢は真っ直ぐに飛び、先ほどの矢とほぼ同じ場所に突き立つ。
「ケイ隊長は弓の才能があります。この感覚を忘れず、続けてください」
ケイはお世辞かと思ったが、何度も弓を引いた。
次第に補助なしでも矢は真っ直ぐ飛ぶようになり、的に立つ矢の本数も増えていった。
次は騎射である。
だが、手綱を離すと馬の進行方向が定まらず、弓を射るどころではなかった。
「手綱に頼ってはいけません。脚と重心の移動で制御するのです」
今度は別の伍長が声をかけてきた。
背丈はケイと同じくらいの若い男で、モウカと名乗った。彼は手綱を使わず、巧みに馬を操っていた。
ケイは何度も手綱を離し、騎射に挑戦したが、一度も矢を放つところまで至らなかった。
「諦めるな。できるまで続けよ」
モクランは厳しい口調で言った。
日が暮れ、調練場には篝火が焚かれる。ケイは馬を何度も替え、休むことなく騎射の訓練を続けた。
疲労で脚の力が抜け、馬から転げ落ちる。
モクランは指揮棒でケイの肩を叩いた。
「立て! もう一度だ」
ケイは、何かを掴みかけている感覚があった。
震える脚で立ち上がり、馬に這い上がる。ジュンカンが心配そうに見守っていた。
ケイは呼吸を整える。
脚だけの合図で馬を発進させ、弓を引く。的が近づいてくる。
ケイは脚を踏ん張り、馬体を締め付けた。
馬は意図を察し、わずかに速度を落とす。
狙いを定め、矢を放った。
矢は真っ直ぐに飛び、的に吸い込まれるように突き立った。
伍長たちが歓声を上げる。
ジュンカンも拍手を送った。
モクランが微笑む。
ケイは疲労のあまり馬から落ち、そのまま眠り込んでしまった。
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オウモウは、先の戦の失敗から、秦の情報収集力の弱さを痛感していた。
カクという将軍の存在に気づかず、東晋が燕と手を結んでいたことにも気づかなかったのだ。
オウモウはフケンに、諜報の専門部隊を作ることを進言した。
フケンもまた、敗戦の課題を痛感しており、その進言を受け入れた。
オウモウは秘密裏に、諜報部隊に適した人材を探させた。
その噂を嗅ぎつけたジセンという男が、オウモウの屋敷を訪れる。
小柄で歯の抜けた顔立ち、見すぼらしい身なりのジセンを、オウモウは第一印象で嫌い、追い返した。
翌日、今度はジホウと名乗る男が屋敷を訪ねてきた。
眉目秀麗で背も高く、礼儀正しい。
オウモウは間諜向きではないと判断し、断ろうとした。
その瞬間、ジホウの顔が一変し、昨日のジセンの顔へと変わった。
オウモウは息を呑んだ。
「どうですか、私の魔法は? これはほんの序の口に過ぎませんが」
「その変幻が、魔法だというのか?」
オウモウは疑念を抱いた。そのような魔法は聞いたことがなかった。
ジセンは笑って答える。
「これは金魔法の応用なのです」
金系統の魔法は、鍛冶に用いられる魔法だ。
魔道具を作り、武器に魔法属性を付与する。その担い手は極めて貴重で、国中でも数人しかいなかった。
その魔法の応用とは何なのか、オウモウは疑問に思った。
ジセンの話によれば、彼は金魔法の使い手で、魔道具を製作し、燕や東晋に納めてきたという。
だがある日、魔法付与の手順を誤り、自らの身体に魔法を施してしまった。
ジセンは苦しんだ。
過去にも、生身の人間に魔法付与を行う実験があったことを知っていた。それらはすべて失敗に終わり、施された者は命を落としている。
自分もここで死ぬのだと、ジセンは覚悟した。
しかし、ジセンは生き残った。
そして魔法により、思い通りに顔だけでなく、骨格や声までも変えられる身体になっていたのだ。
ジセンは魔道具製作をやめた。
魔道具の方が安定した金は得られるが、彼はもっとスリルのある生き方を求めていた。
そこへ、オウモウが間諜を集めているという噂を聞きつけ、ここへやってきたのである。
オウモウは即座にジセンを採用し、多額の金を与え、諜報部隊の組織を命じた。
ジセンはニヤリと笑い、影に溶け込むように姿を消した。




