21話
ケイはモクランに、自分が代の公子であることを言うべきか迷った。だが、モクランに告げてしまえば、彼女を無駄な政争に巻き込んでしまう恐れがあった。モクランは、そのような立ち回りをするタイプの将軍ではなかった。
「ケイ……あなたは何者なの? どうして、あの男に似ているの?」
モクランがケイに問いかける。ケイは一瞬、代の公子であった頃の記憶が蘇る。器であるもともとの記憶だ。どう答えるか考えた。
「わたしは代の民です。ご存じの通り、タクゲンに捕らえられ、奴隷となりました」
ケイは答えた。
「よく、国王に似ていると言われました。大人たちには、大きくなったら影武者に使えるとも……」
ケイの言葉は半分本当であり、モクランはそこに嘘がないと感じた。
「そう……わかったわ。今日は呼び出して悪かったわね。明日からは、私のもとで訓練に参加してもらうわ」
モクランはケイの顔から手を離した。椅子に腰掛けたその直後、ふいに顔を赤らめる。
ケイは、モクランの視線の先に気づいた。
それはケイの下半身だった。
緊張していたにもかかわらず、しっかりと反応し、自己主張してしまっていたのだ。
ケイは慌ててそれを隠し、逃げるように幕舎を後にした。去り際、思わず一言付け加える。
「宮女の言っていることは嘘ですよ。そんな礼儀は存在しません!」
「なっ……!?」
モクランは自分の姿を改めて鏡で見て、はっとした。
胸元のあれが、確かに透けて見えている。
顔を真っ赤にしたまま、布団に隠れるようにくるまった。
だが、ケイへの好奇心が消えたわけではなかった。むしろ、もっと彼のことを知りたいと感じていた。
ケイが戻ってくると、ジュンカンはすぐに香の匂いを嗅ぎ取った。
怒りに任せて剣を抜く。
「お……おまえ! モクラン様と何をした!?」
顔を怒りで紅潮させ、剣先をケイに突きつける。
「誤解だ! 何もしていない。モクラン様も誤解していたんだ!」
ケイは必死に言い訳をするが、焦りのあまり、何を言っているのか自分でも分からなくなっていた。
ジュンカンは剣を収め、恥ずかしそうに言った。
「だったら……違うことを証明してくれ」
ケイは、いったいどうやって何を証明すればいいのか分からず、アタフタする。
その腕を、ジュンカンが強く引いた。
「馬鹿! こっちに来い」
ジュンカンは自分の幕舎へ、ケイを無理やり引きずり込んだ。そして中の明かりを消す。
「……嫌だったら、言って欲しい……」
無理やり連れ込んだくせに、ジュンカンは恐る恐る尋ねた。
「嫌なわけないじゃないか……」
ケイはそう答え、唇を重ねた。
お互い、声が漏れないように気をつけながら、身体を重ねる。
ケイは指先でジュンカンの反応を確かめた。あの洞窟の夜の記憶が、指先に残っている。そこで感じ取った、ジュンカンが反応する場所を確認するかのようになぞった。
ジュンカンは、今回もケイに身を委ねた。
翌朝、何事もなかったかのように、ケイはモクランのもとへ向かった。
ジュンカンはその背中を見つめる。
気持ちは晴れていなかったが、それでもケイのことを信じていた。
モクランはどこかケイに対してよそよそしかった。だが、もともと将軍と百人将では身分が違う。それは当然の態度であった。
モクランは、ケイの百人隊のために二十人の伍長を選んでいた。もともとはモクランの麾下で、これはと思う働きをした兵を抜擢したのだ。
彼らは、先の戦でケイがモクランを逃がすための殿の部隊にいたことを知っていた。それゆえ、ケイに素直に従った。
「お前は単独で動きすぎて危ない。今日から、この伍長たちを含めた百人の部下と寝食を共にするのだ。まずは、そこから始めよ」
そう言って、モクランは副官を選んでおけとも命じた。ケイにもしものことがあった場合、指揮できる者がいなければ隊は崩壊するからだ。
モクランは、隊長としての当たり前のことから、ケイに叩き込んでいった。
ケイは百人と共に走り込みを行った。
騎馬隊になるのではなかったのかと思ったが、モクランは基礎体力が大事だと言った。それは、ケイに最も足りないものだった。
倒れ込みそうになるケイに対し、伍長たちはさすがモクランの麾下だけあり、息一つ乱さず黙々と訓練を続けていた。
翌日、ケイは体に重りをつけて走れと命じられる。
少なくとも、伍長たちに遅れを取るわけにはいかなかった。
モクランは短期間で、徹底的にケイを鍛えるつもりだった。
二週間が経ち、ケイは重りをつけた状態でも、伍長たちに遅れを取らなくなっていた。
モクランは満足げに頷き、いよいよ馬に乗る段階だとケイに告げた。
騎馬の調練場では、すでにジュンカンの千人隊が、部隊を分けて模擬戦を繰り返していた。
モクランは、ジュンカンの騎馬の才能に刮目した。
いずれ将軍に上がってくるに違いない――そう感じていた。
ジュンカンの礫の魔法も、練度が上がってきていた。
一度に八十程度までなら、同時に放つことができる。だが、数を増やすと威力が落ちる。
数を絞れば、五十歩先の的を撃ち抜くことができた。
的は鉄製であり、それを貫くとなれば、戦場では脅威であった。
もはや、ジュンカンは千人将の器に収まる存在ではなかった。
あとは戦功を挙げるだけである。
ケイは、ジュンカンの急成長ぶりに驚いていた。
自分自身も体力がつき、魔力も増したと感じてはいたが、まだ追いつけそうにない。
ケイはジュンカンと視線を交わす。
百人の部下と寝食を共にするようになってから、当然ながらジュンカンの幕舎を訪れることはなかった。
互いに笑みを浮かべ、それぞれの訓練へと戻っていった。




