19話
戦が終わり、軍は一時解散となった。ケイは久しぶりに、レイの待つ家に帰ってきた。
だが、そこはすでにもぬけの殻で、レイの姿もなかった。ケイは動転した。
「レイ!レイ!どこにいるんだ!」
だがケイの声に反応する者は居なかった。
――いったい、何が起きたのだ……。
ケイは隣人に、何があったのか聞いた。
「ああ、あんたタクゲン様のところの奴隷だね。主人が死んだのに、奴隷だけ帰ってきてどうするのさ」
隣人はそう言い捨てると、ケイに向かって唾を吐きかけた。
「レイは? レイはどこへ行ったのですか?」
ケイは食い下がるが、隣人は手振りであっちへ行けと追い払った。
ケイは悲嘆に暮れ、酒場で酒を煽った。戦争で活躍し、百人将になったのだ。真っ先にレイに報告したかった。
店の主人は、奴隷のケイを冷ややかな目で見ている。
「あんた、金払えるのかい?」
ケイは金の入った袋を、机の上にドスンと置いた。
「なんだ、この大金は!? あんた、盗みでも働いたのか!」
主人は、ケイが戦で手柄を立て、貰った報奨金だと言っても、「負け戦でどうして報奨金が出るんだ」と取り合わなかった。そして、ついには役所に駆け込み、警ら隊を呼んできた。
「こいつです! この泥棒を捕まえてください!」
主人が捲し立てると、警ら隊がケイに詰め寄る。
「待て! 待つんだ!」
警ら隊の中の一人が制止した。ケイの前に出てくる。
「ケイさん、私です! あなたも、ここの出身でしたか!」
男は笑顔でケイに話しかける。ケイは男の顔に見覚えがなかった。いや、どこかで見た気もする。
「まさか、私のことを覚えていないのですか! あなたの百人隊で伍長をやっていたハンですよ!」
そういえば見覚えがある。名前は知らなかったが。ケイは百人将になっても、ほとんどジュンカンしか見ておらず、部下に目を向けていなかった。
「ああ、ハンさんだったね。これは失礼した。ちょっと、この人に説明してよ。泥棒扱いされて困ってるんだよ」
ハンは見るからに年上であったが、ケイの方が身分が上なのだ。努めてタメ口で話した。
「おい! ここのケイさんは、先の戦で敵の五千人将を討ち取った英雄なんだぞ! 無礼を働くな!」
ハンの怒鳴り声に、店の主人は畏まり、「お許しください」と平伏した。
「いやいや、頭上げてよ。それより酒を持ってきてよ。この人たちの分もさ」
ケイは主人に、じゃんじゃん酒や肉を持ってくるように言った。
「いいのですか! ご相伴にあずかって」
ハンが喜ぶ。
「もうすぐ定時だろ。いいよ、いいよ」
ケイが言うと、ハンや警ら隊たちは椅子に座り、酒を飲み出した。ハンがケイの武勇伝を語る。
「火の矢を撃って柵を焼いたときは、それはもう驚いたね! そのおかげで、俺たちは丘を落としたんだ!」
「恐ろしい戦車が出てきたときはさー、一人で立ち向かい、火の矢で焼き払ったんだ!」
多少誇張されている。だが、ケイの活躍はハンにはそう見えたらしい。
「そこにモクラン様の、あの美しさときたら、たまらんねー。天女とは、あの人のことを言うんだね」
話がモクランのことになると、みんな一段と盛り上がった。モクランは、この国の誰もが憧れる存在なのだ。国民的アイドルみたいなものかと、ケイは思った。
「それに比べて、ジュンカン千人将といったら、言葉は汚いし、男の股間は蹴り飛ばすし、最悪だね! もっとモクラン様を見習えっていうんだ!」
みんな爆笑した。どうやら、ここの警ら隊の隊員は、一度はジュンカンの指導を受けたことがあるようだ。
「いや、ジュンカンにも可愛いところあるぞ」
ケイがそう言うと、みんな黙ってしまった。そして、「そんなもの無いよ」だの、「ケイさんは面白いこと言うねえ」など、口々に言いながら、再び爆笑の渦に包まれた。
こうして、みんなと飲む酒は美味かった。かつて学園祭の際に、学生たちとふざけ合いながら酒を飲んだ記憶が蘇る。
――あの頃にも、楽しいことはあったのか……。
やがて、警ら隊たちは飲み潰れ、だらしなく寝落ちする者も出てきた。ケイの体は、酒に強いようだった。結構飲んだつもりだが、酔うことはなかった。
ケイは用を足しに外に出ると、ハンも付いてきた。一緒に小便をする。ハンのものをちらっと覗くと、ケイのそれより小さかった。
「ケイさん! すごい良いもの持ってるねー」
ハンもケイのものを覗き込み、驚きのあまり、どうしようもないことを口走る。
ケイは用を足し終え、真面目な目でハンに聞いた。
「タクゲンさんが死んだあと、家はどうなったんだ? レイという女性がいたはずなんだが……」
ハンは酔って、多少呂律が回っていなかったが、衝撃的なことを言った。
「ああ、あの子は売られたよ」
ケイは思わず、「どういうことだ」とハンに掴みかかったが、ハンは酔い潰れて寝てしまった。
ケイは呆然として、立ち竦んだ。時が止まったような気がした。




