13話
モクランの軍は、洛陽郊外に展開したまま前進しなかった。騎馬隊が何度か出撃してはいる。だが、先の戦いのような激しさはなかった。
そんな折、タクゲンが死んだ。ケイを庇い、魔道具兵の水弾を受けて倒れたのだ。内臓を何箇所も貫かれ、治癒魔法がまったく効かない状態であったという。
これで、ケイが代の公子であったことを知る者がいなくなった。ソンキンは気づいていない。ケイの帰りを待つレイも代の皇族であるが、自ら正体を明かすとは思えなかった。
「歩兵の出番はまだだ。それまで鍛えておけ」
ジュンカンは新たに千人将となり、タクゲンの部隊を引き継いだ。何日か治癒魔法を受け、万全とは言えないまでも、動けるようにはなったようだ。
ケイは考えた。こことは別の戦場では、ボヨウスイと戦っているのだという。史実の慕容垂と同一なのであれば、秦にとって最大の強敵である。
そして将来、史実通りケイが建国するならば、その名は脅威であった。果たしてこの世界でもそうなるのか。だがケイは、まだ百人将になったばかりだ。建国など、到底想像できなかった。
「何を難しい顔をしている。お前は火の矢をもっと撃てるようになれ。そして百人の部下を使いこなせるようになれ。サボっている暇はないぞ」
そう言ってケイに話しかけているジュンカンと目が合った。ケイは恥ずかしくなり、すぐに目を逸らした。
「な……!? 何を色気づいているんだ! このマセガキが!」
ジュンカンは口汚く罵ったが、顔は赤かった。あの時、魔力を注ぐためとはいえ、唇を重ねた。お互い、あの感触を忘れていなかった。
ケイは中身は六十歳近いおじさんであるが、この若い体の反応に、狼狽せずにはいられなかった。
「援軍が来るまでに、きっちり仕上げておけよ!」
ジュンカンの声が、一際大きくなった。
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チョウシはトウキョウの陣に向かった。そこでは、ジョセイが平伏していた。
「親分……面目ない。頭に血が昇ったばかりに、取り返しのつかないことをしてしまった」
ジョセイはトウキョウに詫びを入れる。トウキョウは、ジョセイの顔面を蹴り飛ばした。
「てめえは何をやってやがる! それでも俺の子分だった男か!」
トウキョウがジョセイを怒鳴りつける。
「こうなっては、死んだあいつらに合わせる顔がねえ。親分、俺の首を刎ねてくれ……」
「馬鹿野郎! てめえの首で、死んだやつが生き返るのか! てめえは一生、罪を背負って生きるしかねえんだ!」
「いいか。てめえはまだ若い。この失態を糧にして、生き残るんだ!」
トウキョウの喝に、ジョセイは号泣した。チョウシはジョセイの首を刎ね飛ばす気で来たが、このやり取りを見て、その気が失せてきた。
「こうなっては前線を維持できない。急ぎ、オウモウ殿に援軍の要請をしよう」
チョウシは剣を鞘に納め、提案した。
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オウモウは頭を抱えていた。洛陽を守るカクという将軍が、想定以上に強敵で、モクランの要請に応じて二万の援軍を出すつもりだった。だがその時、チョウシからも、ジョセイが破れたので援軍を送ってほしいと要請が来ていた。
防御に徹していれば、負けるはずなどない。
オウモウは何が起きたのかを確認し、ジョセイを処断するために、自ら護衛を付けて向かった。
道中、戦の模様の詳細が伝えられる。オウモウはそれを聞くたびに歯軋りし、馬に鞭を入れて駆けた。
オウモウは、トウキョウの陣に着くなり、ジョセイを処断すると剣を抜いた。
「まあ、オウモウさんよ。やつはまだ若えんだ。ちょっとは大目に見てくれや」
トウキョウが割って入り、取り成した。
「二万の犠牲が、ちょっとだと! 軍法に照らして死罪だ!」
オウモウは叫ぶ。
「いいから待てや。やつにはキツく言ってやった。ここは俺の顔を免じて、許してやってくれや」
「黙れ! ジョセイが貴様の子分だからといって、許すことなどできん! 死罪だ!」
オウモウがなおも言うと、トウキョウの顔が紅潮してきた。
「なあ、あんた。どうしてもジョセイを斬ると言うなら、俺はこの戦から降りる」
トウキョウの言葉に、オウモウも、そして居合わせたチョウシも唖然とする。
「なんだと貴様! 戦を放棄する気か!」
オウモウは怒鳴った。
「あんた。もともと晋の小役人だったんだろ。そんなやつが、誇り高き騎馬民族の俺たちの上に立つのは、気に入らねえんだよ」
トウキョウは言い捨てて、軍営を出て行ってしまった。オウモウは怒りで、剣を床に叩きつける。
「くそ! これだから蛮族は!」
オウモウの言葉に、チョウシが反応する。
「俺も、あんたの言う蛮族なんだが……」
オウモウは失言したと思い、頭を抱えながら言う。
「ジョセイは投獄だ。追って沙汰を待て……」
トウキョウは不貞腐れて、陣を払い下がってしまった。ボヨウスイは、その動きを見ていたが、仕返しに秦が何か企てているかもしれないと思い、動かなかった。
オウモウは急ぎ、チョウシの軍に二万の援軍を送った。ここでボヨウスイに負けては、完全に作戦は失敗に終わってしまう。モクランへの援軍はなく、オウモウは自力で敵を倒せと使者を送った。




