11話
「お前ほどの男が遅れを取るとはな……女に甘いのか?」
カクはヒョウに痛いところを突かれ、むっとしたが黙っていた。ヒョウは洛陽まで秦軍に迫られているというのに、焦りはなかった。
「すでに策は立ててある。お前は少し時間を稼げばよい」
ヒョウの言葉の意味は分からなかったが、カクはうなづいた。
モクランはオウモウからの増援を待つ間、少しでも燕軍を削っておこうと、騎兵を率いて何度か仕掛けた。カクは本気の攻撃ではないと見て、ハクエンに命じ、適当にあしらわせた。
「お前がカク様を惑わす女将軍か!」
「あなた、何を言っているの?」
モクランは、燕の女将軍の言葉の意味がよく分からなかった。だが、その騎兵の動きは無駄がなく、油断ならなかった。
ハクエンが剣を繰り出す。モクランが受ける。何合かやり合い、モクランはハクエンの剣の腕に舌を巻いた。
「まだ燕には隠し玉がいるのか……」
モクランは、長引くのは危険と感じ、引き上げる。そんな攻防が何日か続いた後、はるか向こうに旗を掲げる軍が見え始めた。それは、秦軍が来るべき方角ではなかった。モクランは、次第に近づく軍の旗の文字を見て戦慄する……
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一方の戦場。ボヨウスイは、洛陽の北で秦軍と燕軍がぶつかったという知らせを聞いていた。
「やはり、こちらの秦軍は囮か」
攻め込んできたにもかかわらず、土の魔法で防壁を築き、一向に攻めてこない秦軍を見て、すでに気づいていたことだ。ヒョウは自ら戦うのではなく、カクを将軍に任命し、迎撃させているのだという。ボヨウスイはカクのことを評価していた。ヒョウが立てたとされる戦功の多くは、カクによるものだとも知っている。
「ならば北は当面の間、問題はないか……だが……」
敵対するモクランも、この大一番で主攻に抜擢されたのだ。一筋縄ではいかないだろう。仮に燕軍がモクランによって粉砕されたとなれば、ボヨウスイは洛陽に引かなければならない。ならば、ボヨウスイの役目は、ここで秦軍を叩き潰すことしかなかった。
秦軍は中央にチョウシ、左にトウキョウ、右にジョセイが、それぞれ魔法の防壁の中に籠っている。ボヨウスイは軍を三つに分ける。
副将の三名を呼ぶ。一人目はボヨウトクだ。トクはボヨウスイの弟である。慎重な性格で果断さはないが、失敗をしない。二人目はヨウチョウという叩き上げの軍人だ。出自は涼の軍人で燕に移り、一兵卒から手柄を上げ続け、一気に将軍を張れるまで成り上がった新進気鋭の人物だ。
そして三人目は、エイゲツという女将軍だ。もとは盗賊の首領であり、燕の鎮圧軍を苦しめてきたが、ボヨウスイに破れ、配下として従った者だった。
三人とも、ボヨウスイが次世代の燕軍の中核とするべく育ててきた者たちだった。
三人は命を受け、秦軍に攻めかかる。トクはチョウシを、ヨウチョウはトウキョウを、エイゲツはジョセイを、それぞれ攻めた。
チョウシは、燕軍が三つに分かれて攻めかかってくるのを見て、トウキョウとジョセイに防御の合図を送る。
チョウシの土魔法で作った防壁は、簡易的な城と同じだ。燕軍は梯子をかけて登ってこようとするところを、弓で射落とされたり、槍を繰り出されて叩き落とされる。
トクは木の系統の魔法を使う。梯子を作り、兵に持たせて攻めかかる。チョウシの防壁から矢が飛んでくる。それを盾で防がせながら、防壁に取り付き、梯子をかけていく。防壁は決して高いわけではない。燕軍は登っていくが、防壁の上の秦軍は多く、上がりきる兵はいなかった。トクは、チョウシの守りは固いと見て、兵を引かせる。力押しで落とせるものではない。
ヨウチョウは火魔法で、火矢をトウキョウの防壁の中に打ち込ませた。だが、防壁の中に火が立つ気配はなかった。トウキョウは、土魔法の防壁の内側に、水魔法の防壁を二重に張らせている。ヨウチョウの放つ火矢は相殺され、効果がなかった。
エイゲツは石礫を無数に、ジョセイの防壁の上にいる兵へ浴びせる。ジョセイも同様に石礫を打ち返した。礫の打ち合いは、やはり高所のジョセイ側に分があり、エイゲツは軍を引いた。
ボヨウスイは遠くから、三箇所の戦いを見ていた。探りを入れる攻撃ではあったが、燕軍は明らかに攻めあぐねていた。
翌日も、ボヨウスイは同様に攻めさせた。
「敵の守りは固く、意味のあることとは思えません」
トクは、ボヨウスイに攻撃するべきではないと言ったが、ボヨウスイは無視した。そして、三箇所の戦いを観察していた。
「やはり、あそこか……」
ジョセイは苛立っていた。モクランを主攻とし、自分たち三人の将軍は、ボヨウスイを引きつけるための囮なのだということに、大層不満であった。
「あんなお色気だけの女が主攻だと……」
なぜ俺を主攻にしないのか。いや、ボヨウスイなど恐れるに足らないと思っていた。現に、燕軍の攻撃は大したことがないではないか。
「しかも、俺の相手はあんな女だと?」
ジョセイを攻撃しているのは、燕の女将軍だ。遠目で見ても山賊のような連中で、これで軍と呼べるのかと思った。しかも、エイゲツという女将軍の格好といったら、露出の多い革鎧に毛皮を巻いた、ジョセイから見れば下品な出立ちであった。
ジョセイは、チョウシが出している防御の合図を、苦々しい思いで見ていた。打って出たなら、あの女将軍を捉え、ボヨウスイの本陣も突くことができるはずだ。
ボヨウスイは、ジョセイの陣の旗が大きく揺らめくのを、まるで獲物を定めたかのように見ているのであった。




