あまーいこおりもーど発動
非常識な攻略チャートの声量は、何とかマフラーなどを使って抑えた。しかし、付近にいる班メンバーが起きてしまった可能性がある。
山田と氷の席を覗き込む。そこには『すかーっ』と寝息を立てる山田が。何処から持ち出したのか、明らかに携帯用ではない羽毛布団を口元まですっぽり被っている。
その隣で、山田にスペースを半分ほど奪われてしまった氷が『うーん……うーん』と唸っている。山田の寝相の悪さはまさに最悪と言ってよく、靴こそ脱いでいるものの氷の顔面にその足が綺麗に乗っかった姿勢だ。こんなの見たことないぞ。
一応、皆眠っているものの氷が可哀想だ。ワタコも目を覚まし、なんかすごい元気そうなので場所を変わってやろう。
「お、おい……氷。こっちで広く場所使えるぞ……」
「むにゃん……」
「少しの間だけでいいから起きろ……このままじゃ山田という寝相モンスターに羽毛布団にされちまうぞ」
「んん……?」
こそこそと氷に話しかけると、試行二回目でその長いまつ毛がぴくりと動いた。もう一度同じ文言で問いかけてみる。
「氷、俺と席変わってくれないか」
「……いや」
断られてしまった。何てこった! そうだよな、普通に気持ちよく眠っているところを起こされたら嫌だよな。
「わ、悪い」
「……抱っこしてくれなきゃ、嫌だ」
「??????????」
俺の脳内には、尋常じゃない数の(?)が浮かんだ。あれ? 嫌だ、っていうのは気持ちよくうとうとしていたこの私を起こすとは、いい度胸だなこのクソ、という意味では無かったのか?
「……ん!」
まるで、抱っこをせがむ子どもみたいに俺へと両手を伸ばしてくる氷。何が起きて……って、あ……
前にも、こんなのを見たことがある気がするぞ。確か、あれは氷に俺の風邪をうつしてしまった日……
『嫌だっ! 抱っこしてくれないと、二階まで登れないっ』
『えへへ……木綿の手、あったかぁい』
『お熱測ってぇ……』
うわああああああああああ! まさか、あの甘えに甘えるしゅがーこおりモードを、また発動してしまったのか!?
これ、どういう原理で発動してるんだ? 寝起きか? 寝起きが発動のきっかけになっているのか?
何はともあれ、こんなところを山田や月嶋たちに見られては、氷の威厳に関わる。いつも自分のことを『氷のような女』とか変な呼称で呼んでるし。
「ねぇ……抱っこ、してくれないの」
「あ、あのな。ここは公衆の面前だから、ちょっと……」
「むーっ……」
泣きます。これ泣きますよ! どうすりゃいい!?
そうだワタコっ! 今の俺には攻略チャートちゃんこと実体化したワタコさんがいるじゃないかっ!
「おいワタコ! マズいんだ氷が我を失って、超あまーいしゅがーこおりモードになってしまってるんだ……!」
あくまでもこそこそ声で、左にいるワタコに伝える。
「何て?」
「いや、だから氷が我を失って……」
「何て?」
「あの、氷が……」
「何て?」
「秀吉のキャラソンをヘッドホン使って大音量で聴くのやめろ! それ今じゃなくていいだろ!」
「ごめんごめん……ちょっとボケたくなっちゃって……ってのわっ! 氷、どうしたんだよそれ……」
だからそう言ってんだろ!
ワタコが俺を無視しやがったその短い時間で、事態はさらに深刻なものへと変化した。
抱っこをせがまれたのに、それを拒んだ俺への仕返しなのか何なのか知らないが、氷は自分で移動して来た。しかし、それは俺の座席とチェンジするための行動では無かったのだ。
「あっここ座りやすいなぁっ。えへへ」
「がぼぼぼばがばぼぼ」
突如としてあまーいこおりもーどになった幼馴染は、俺のお膝の上に着席していた。俺は、危うく飲んでいたほうじ茶を全部噴き出しそうになった。




