雪原 氷の心の中(2)
私がーーー
引っ込み思案で、陰に属する生物の私が、何故このような暴挙に出たのか。いや、出ることができたのか。
それは恐らく『恋』という感情が関係しているに違いないわ。こんなこっ恥ずかしいことを言っておきながら、私は至って冷静であることを自覚しているわ。
まあ、一般的には『恋』という感情に分類されるであろうこの胸のモヤモヤ。これが発生したのを確認したのは、体育の授業中に倒れたらしい木綿のことを知った時ね。
真っ先に《エンタイス・スクエア》のことが頭をよぎったわ。アレが悪さをしてーーー具体的には、木綿に表示された《制限時間》を私のミスで見間違えていたとかが理由でーーー木綿が死んでしまったとかそういうことかと思った。
運び込まれたらしい保健室のベッドまで向かうために、授業中の教室から抜け出した。焦りすぎた私は、先生に『先生、トイレ!』と言ってすぐに廊下を駆け抜けてしまったわ。教室から聞こえる笑い声を背中に受けながら走るというのは、どうにも恥ずかしいものね。二度としたくない体験だわ。
貧弱な私は、教室のある三階端っこから保健室まで走っただけでも、息を乱してしまった。
ーーーそこで、私は見てしまったの。
木綿をお姫様抱っこして、保健室まで移動する女の子の姿をね。
***
「うひーっ......何で私は木綿にチューなんて......いや、最初からする予定だったけども......」
それにしても、心の準備がほぼできていない状態のままで大胆なマネをしてしまった......自分で自分が分からない......
***
「何で俺生きてんだろう」
決して、思考が闇の方へ向かったわけではない。哲学的な思想に目覚めたわけでも断じてない......
しかし俺は最後の授業である体育を終え、帰路につくなかでそんなことを考えていた。
理由はもちろん一つ。
氷とキスしなければ死ぬ(多分)はずだった俺の命は、今もなお元気いっぱい活動中であるという事実が不可解極まりなかったからだ。
可能性としては、二つ。
一つは、俺たちの推測が完全に的外れであった、ということ。俺としては、こっちの可能性の方がかなり高いと思っている。何故かと言えば、もう一つの可能性はほとんど起こり得ないはずのものだからだ。
ーーーだっておかしいだろ?
ーーー氷が俺にキス? いや違う。これは違うでしょ!
ちらちらと雪が舞う十二月。
もしかしたら......いやそれは無い......という二者択一の中でもがく綾瀬 木綿は、八割方を寒さのせいで赤く染めながら、肩に落ちてきた小粒の雪を振り払った。
ーーーあり得ないはずの、ある可能性をこっ恥ずかしさとともに振り払うように。




