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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第4章

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第8話 時の泉

船が桟橋に静かに接岸する。サリヴァンが緩やかにロープを結ぶ音が、海の静寂に溶け込む。リィア、悠、ノアの三人は、簡素な桟橋に慎重に降り立つ。潮の香りとともに、古い木の香り、海藻の匂いが微かに混ざる。


悠は小屋の扉に近づき、表面に残る結び目の痕を指でなぞった。

「ここ……誰かが、風の安らぎを知っていたんだな」

扉には風避けのための結び目が残り、長い年月、風からこの場所を守ってきた痕跡があった。


リィアは崖の上に立ち、根元の岩肌に揺れる風乾草を見つめる。目を細め、そっと息をついた。

《風よ、眠れ。波の子よ。その贈り物は、我らがお前に託した「希望」なり。疲れて休みたい時は、ここに置いてゆけ。》


ノアは小屋の窓をそっと開け、中を覗き込む。

「日記……と、この石の重し……貝殻や小石を固めたみたいです」

重しは凸凹しており、風に飛ばされないよう置かれていた。ノアが日記を手に取り、ページをめくると、紙の端が微かに光を反射した。


サリヴァンは船縁から頷き、杖代わりの枝で桟橋を軽く叩く。

「ここは……『風の忘れ物置き場』だったのかもしれん。風が荷物を置き、軽くなって旅立つ場所」


悠は日記を開いた。ページには、風の疲れを預かった記録が静かに綴られている。

「……風から、小さな疲れを預かっている。この子を元気づけるには、俺一人の力じゃ足りない。でも、いつか旅人がこの優しさに触れるはずだ」


日記を閉じ、悠はリィアを見つめる。

「この管理者は、風の疲れを知っていた。そして、風の優しい記憶を未来の誰かに繋ぐ『希望』として残してくれた」


その瞬間、リィアの胸元の《風貝》が光を強め、日記の最後のページに吸い込まれる。空白のページに、風の筆跡で新しい文字が浮かび上がった。

《疲れは取れた。次は、結んだ「約束」の場所へ。》


光が導く先は、島の中央にある「時が止まった泉」。


桟橋を離れ、森へ足を踏み入れる。潮の香りは薄れ、湿った土と苔の匂いが濃く漂う。頭上の葉を揺らす風の音だけが響き、足元は静かだ。悠が先頭を歩き、背の高いシダを払いながら道を作る。《潮風タイド()記憶メモリー》の力で、風が残した微かな足跡を辿っていた。リィアはそのすぐ後ろで、《風貝》を手のひらに載せ、風の旋律に耳を澄ませる。


後ろでは、ノアとサリヴァンが森の景色を眺めながら話していた。

「こんなに深い森、久しぶりです」ノアが肩のパン籠を直しながら言う。「静かすぎて……逆に落ち着かないですね」

サリヴァンは杖代わりの枝で地面を叩きながら歩く。「海の静けさは生きている静けさだが、森は時間が眠っている静けさだ」

ノアは息を吸い込み、目を丸くした。「……確かに古い匂いがします。パンも焼きたては『今』の匂いですけど、森には『時間』が必要なんですね」


悠は振り返らず声を飛ばす。「ここは『時が止まった泉』だ。風が約束を守るために、時間の流れを穏やかにした場所」


リィアは木漏れ日の光を見上げ、《風貝》を握り締める。「風が、ここで人と友になった記憶を思い出しているみたい」


森の奥に進むにつれ、木々は密になり、苔むした倒木や小さな流れが行く手を遮る。悠は慎重に歩き、シダや低木を払い、足元に注意を払う。ノアは興味津々で小さな花や苔を指で触れ、サリヴァンは杖で地面を突き、森の静寂を確かめるように進む。時折、鳥のさえずりや風のささやきが、彼らの耳に届く。


風が葉を揺らすたび、リィアの《風貝》はかすかに震え、優しい旋律を奏でた。ノアは小さな草むらの中に落ちた貝殻を拾い上げ、「これも忘れ物ですね」と微笑む。悠は一瞥し、頷いた。「そう……風が置いていった小さな贈り物だ」


さらに奥に進むと、木漏れ日が差し込む空間が現れ、小さな小川が音を立てて流れていた。悠は手を水に差し入れ、冷たさを感じる。「ここでも風は休んでいるようだ」

リィアは水面に目を落とし、微かな光の反射を見つめる。「風の記憶が、川面に映っているみたい……」


やがて森が開け、泉に辿り着く。水面は鏡のように静まり、古木は葉を落とし、枝は天を指したまま止まっている。悠が膝をつき、手を伸ばすと、指輪にある紋様が、呼応するように輝きを増し彼の意識は太古の記憶へ引き込まれた。


そこには若き人間・イオと、風の源流・エアが向かい合っていた。

「約束しよう、エア。お前が疲れた時は、俺たちが歌を捧げよう。だから、お前も優しさを置いていってくれ」

二人が手を重ねた瞬間、悠は現在へ戻った。


「風は休むことなく旅を続ける。でも、その中で疲れを溜めることもある」

水面が静かに波打ち、ノアがぽつりと呟く。「……風も休むんですね」

リィアは《風貝》を胸に抱き、歌を捧げる。旋律は泉を揺らし、古木に若葉を芽吹かせた。精霊の声が悠の心に響く。

《歌が届いた。約束は、まだ温かい。》


泉の周囲では、風が葉や水面を揺らし、小さな光の粒が舞った。悠は手をかざし、その光を受け止めるように目を閉じた。「この優しさ……次の旅路の力になる」


泉は再び静けさを取り戻す。水面は凍ったような重さを失い、穏やかに光を反射していた。


悠は泉を一瞥し、仲間に向き直る。「さあ、船に戻ろう。風は休んだ。次は、新しい風を探しに行く」


四人は森を抜け、桟橋へ戻る。《シーウィンド号》は穏やかな波に揺れながら、彼らを待っていた。


再び海へ漕ぎ出すと、リィアは船首で頬を撫でる風に語りかける。「次の風は、どこへ私たちを連れて行くの?」

悠は舵を握り、水平線を見据える。「風が優しさを取り戻した今、きっと旅を正しい道へ導いてくれる」


船は新たな風を捕らえ、波を切り裂き進んでいく。風が世界に遍在するように、彼らの旅もまた、どこまでも続くのだった。

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