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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第4章

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第3話 風の継承者

塔の螺旋階段を登るたび、霧は濃くなり、空気は重く沈んでいく。

塔の奥から、風晶の残響が細く共鳴した。

それは、忘れ去られた祈りの息遣いのようだった。


リィアの足音は、その音にかき消されそうになりながらも、確かに石畳に刻まれていく。

彼女の歩みは、風が忘れられる前に祈りを届けようとする、静かな決意の証だった。


壁面には、かつて風晶が記憶した映像が、ノイズ混じりに浮かび上がる。

母が歌う姿。幼いリィアが風と戯れる庭。

だがその映像は、断片的で、まるで風が思い出すことを拒まれているかのようだった。


「……母さん」

リィアの声が、風に溶ける。


悠は静かに目を閉じ、その記憶の残響を胸に感じながら。

「……風が、泣いてる」低く呟いた。


最上部にたどり着いたとき、そこには冷たく沈黙した祈りの制御盤があった。

その表面に、微かな震えが走る。


リィアがそっと触れた瞬間、塔全体が低く唸った。

それは、吹き抜けの中央にある風晶の心臓から響く、悲鳴のような音だった。


悠の指先が空気の震えを感じ取り、顔をしかめた。

「これは……風が、自分の記憶を消そうとしてる音だ」


吹き抜けの風晶の心臓から、微かな震えが広がった。

その振動が形を持ち、声となって響いた。──母の声だ。

リィアの胸が震える──間違いない。

姿はない。風の震えが、ただ、彼女の存在を告げていた。


「風は、あまりに多くの“忘れられた祈り”を抱えすぎた。

だから、自らの記憶を削り、静かに消えようとしていたの。

でも、あなたの祈りが届けば……風は、もう一度、語り始める」


リィアの瞳が揺れる。

彼女は、母の歌を口ずさみながら、祈りの制御盤にそっと触れ。

リィアの涙が盤面に落ちた。

その瞬間、吹き抜けの中央にある風晶の心臓が、淡く青く光り始めた。


悠が一歩前に出る。両の手を胸の前に重ね、静かに目を閉じた。

海風(ブリーズ)()加護(ギフト)》が解放され、塔の空気が一瞬、潮の香りに満ち、風晶の心臓が震えるように光を放ち、記憶の層が浮かび上がる。


そして、母の残響体が最後の祈りを風に乗せる。


「風よ──この子に、記憶を託して」


その瞬間、風晶が鮮やかな青に輝き、塔全体に風の旋律が満ちた。

壁面に、島全体の風の記憶が地図として浮かび上がる。


それは、風が再び語り始めるための記憶の航路だった。


リィアは静かに目を閉じた。

母の声が、風の中に溶けていく。

けれどその祈りは、確かに彼女の胸に刻まれた。


「……ありがとう、母さん。あの風は、まだここにいる。」


螺旋階段を降りる足音が、塔の静寂に響いた。

風晶の心臓は、いまや澄んだ青に輝き、淡く脈動している。

台座のそばにいたノアとサリヴァンが、顔を上げた。


「……さっきまで、光を失って濁りきってたのに」

ノアが呟く、静かな驚きが滲んでいた。


サリヴァンは白い髭を撫でながら、リィアと悠を見やった。

「お前さんたちの祈りが、風を目覚めさせたんだな」

彼の声には、静かな安堵が混じっていた。

「風ってのは気まぐれだけど……ちゃんと聞いてたんだ」


リィアは頷いた。

「母の声が、風に届いたの。

そして、風が……記憶を語り始めた」


悠が風の記憶地図を広げると、塔の壁面に浮かぶ島の輪郭が、青く輝いていた。

その中に、ひときわ強く光る点──北端の祭壇跡。


「ここが、次の目的地になる」悠が言う。

「風の記憶が、最も深く刻まれている場所。

でも同時に、記録の断裂がある」


サリヴァンが腕を組み、低く唸った。

「記録の断裂ってのは、誰かが壊したんじゃなくて……

風自身が、もう耐えられなくなった痕かもしれねぇな」


ノアは風晶に手を当てながら、低く呟いた。

「……重すぎたんだ、きっと。

祈りも、記憶も、全部ひとりで抱えて……

だから、忘れようとしたんだね」


リィアは風晶を見つめながら、静かに呟いた。

「……風よ。私に、語って。

あなたが、何を忘れさせられたのかを」


塔の吹き抜けに、風の旋律が静かに満ちていく。







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