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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第4章

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第2話 祈りの残響

霧の諸島に降り立った。島の奥へと歩みを進めていくと、

風は止み、潮騒だけが遠くから響いている。


空と海の境界が曖昧になるほど、霧は深く、静かだった。


霧の中、リィアは無言のまま島の奥へと歩き、

その背中には、どこか懐かしさと痛みが滲んでいた。


悠たちは、言葉を交わさず、ただその背を追った。

足元の石畳はひんやりと濡れ、霧が吐息のようにまとわりつく。

空気が重い――まるで、島そのものが眠っているかのようだった。


霧はますます深くなり――

やがて、霧の中に古びた祭壇跡が姿を現す。


苔むした石の上に、砕けた風晶の欠片が散らばっていた。

その傍らには、風精霊の名を刻んだ石碑が静かに立っている。


リィアは足を止め、そっと手を伸ばした。

指先が石碑に触れた瞬間、彼女の瞳がわずかに揺れる。

彼女自身の、遠い記憶――


「ここで……私は、風に名前を呼ばれたの」


リィアの声は、霧に溶けるように小さかった。

悠は目を閉じ、胸の奥に宿る《潮風タイド()記憶メモリー》で、そっと石碑に触れた。


潮の匂いの奥に、かすかな旋律がある。

風の脈動――それは、リィアの記憶ではなく、風そのものの記憶。


「……聞こえる」悠が呟いた。

「まだ、ここに……風の記憶が残ってる」


リィアはそっと口を開き、あの祈りの詩を口ずさむ。

だが、風は応えなかった。

霧はただ、静かに揺れているだけだった。


そのとき、悠の足元で何かが光を返した。

半ば土に埋もれた風晶の欠片――

彼がそっと手を伸ばし、触れた瞬間、それは微かに光を放った。


青白い光が、霧の中に一筋の線を描く。

それは、風の記憶が目を覚まそうとしている証。


悠は静かに呟いた。

「風は……忘れていないよ」


塔の入り口にたどり着いたとき、

重厚な石の扉には、風の渦を模した紋様が彫られていた。


リィアは目を閉じ、再びあの歌を口ずさむ。

歌声が霧と溶け合うと、扉の紋様が淡く青く光り始めた。

しかし、歌が終わっても扉は開かない。


「力が、足りない……。風の記憶が、薄すぎる」


リィアは焦燥を隠しきれずにいた。

けれど、その焦りの奥に、何か懐かしい痛みが滲んでいた。


その時、石壁から強烈な冷たい風の記憶が、彼女の胸に流れ込んできた。

彼女の薄水色の髪が、その見えない記憶の風で揺れる。


「覚えてる。この石畳のひび割れ、

この壁のツタ……私は、ここで、幼い頃、過ごしてた。

あの歌は、母が子守歌として、私に何度も歌ってくれた歌!」


その瞳から、一筋の涙がこぼれた。

その涙が、石壁に刻まれた紋様の中央、小さな窪みに吸い込まれた瞬間、

紋様は鮮やかな青い光を放ち、リィアの涙と共鳴した。


ドォン――と重い音を立てて、塔の扉が開いた。


内部は、螺旋階段が最上部へと伸びる吹き抜けの構造。

中央には、台座のような巨大な装置があり、その上には、

“人の頭ほどの大きさの風晶の心臓”が置かれていた。


しかし、その『心臓』は、完全に白く濁り、光を失っていた。


「この島――ルミエラの風の源。

大風晶たいふうしょう”。それが、こんなに……」


リィアは愕然として立ち尽くす。


その時、塔の最上部から、甲高い音が響いた。

「風の歌じゃない……何だ、この音は?」悠が塔の内部を見上げる。


「あれは……風を吸い上げる、残響よ!

この塔の、大風晶のエネルギーが吸い上げられているわ!」


この塔は、風を記憶する装置――

けれど今は、何かがその記憶を吸い上げている。


リィアは、大風晶の台座に刻まれた模様の中に、

自分の名前の一部と似た古代文字を見つけた。


塔の上部で、風がかすかに歌った。

それは音とも言えぬ、記憶の震え――

誰かの祈りが、まだこの場所に残っているという証。


悠はそっと目を閉じた。

霧の向こうに、まだ見ぬ風の声がある。


そして、塔の天窓から差し込む淡い光の中、

リィアの髪が、ほんのわずかに揺れた。


風が、戻りたがっている。

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