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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第4章

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第1話 眠る島

夜明け前の海は、静かな息づかいをしていた。

《シーウィンド号》は霧の中を、音もなく進む。


甲板の上、悠はひとり湯気の立つカップを手に、

ゆっくりと海を眺めていた。

「まるで、海そのものが眠ってるみたいだな……」

苦味と潮の香りが混ざる――いつもの、旅の朝の味だ。


海面を撫でる風が、ゆるやかに変わっていく。

霧が濃くなり、海と空の境が溶けている。


そのとき、甲板の上を白い影がふわりと横切った。

「……お、来たか、シロ」


マストの上から舞い降りたのは、一羽の白いカモメだった。

《シーウィンド号》の旅が始まってから、

どこへ行くにもついてくる小さな相棒。

シロは甲板に着地すると、悠の足元で小さく首をかしげた。


「お前も気になるのか、この霧」

シロは短く鳴いて、翼を震わせた。


風が、変わり始めていた。

カルナスを離れて――《シーウィンド号》は今、

ミスト()諸島アーチ”へと向かっている。


霧の中では、風も迷子になる――

そう言っていたリィアの声が、悠の胸に蘇る。


船首に立つリィアが振り向いた。

薄水色の髪が、霧の粒子に包まれて揺れる。

波の色を宿す瞳が青白くきらめき、

まるで風の記憶を紡いでいるかのようだった。


「……この海域には、 

古代“風晶文明”の遺構が点在しているの。

霧が風を隠し、風が霧を導く――そんな場所よ。」


「風の囁きを聞ける者だけが進める?」

悠の問いに、リィアは静かに頷いた。


悠が目を細める。

霧の奥、淡く揺れる光の中に、

無数の小島が弧を描くように連なっている。


潮の匂いの奥に、何かが混じり

霧に手を引かれるような――気づけば道を見失っていたような感覚


帆の上では、ノアが静かに作業を続けていた。

霧の変化に気づいたのか、空を見つめる。


舵を握るサリヴァンが眉をひそめる。

「……風が読めねぇ。帆がまるで眠ってるみてぇだ」


悠は深呼吸し、目を閉じた。

胸の奥に宿る《海風ブリーズ()加護ギフト》が、

静かに息づく。

潮の流れ、風の脈動

――それらが彼の感覚の中でひとつの旋律となって重なっていく。


帆の上で作業していたノアが声を漏らす。

「……風が、変わる」

「これ……風が、光ってる……?」


霧が淡く光り、白が青に染まっていく。

青く輝く霧が船を包み、音が遠ざかる。

その静寂の中で、リィアが前に進み出た。

彼女の髪が霧の粒子に包まれ、風の記憶を編むように揺れる。


「……やっぱり、覚えていたのね」


リィアは両手を胸の前で組み、そっと目を閉じた。

霧の中、やさしい歌声が広がる。


 Lun vel, saen mira.  《風よ、海よ。》

 Selm aria, noah eth.  《忘れられたうたを、いま、もう一度。》

 Vern silha, enar lumis. 《記憶の波を渡り、灯をともして――。

 Thal miren, solvia ren. 《眠りの霧を越え、還りゆく声に耳を澄ませ。》

 Lun aria, selm noah. 《風の名を、いま呼び覚ませ。》


祈りのような旋律が、霧と溶け合う。

青い霧がゆっくりと動き、やがてその奥に光の筋が浮かび上がった。


悠は息を呑む。

霧の海に、細い航路が光となって現れる。


「……これが、“風の記憶”なのか」

リィアは微笑んで答えた。

「ええ。風は忘れない。私たちが、どこから来て――どこへ向かうのかを」


《シーウィンド号》

は静かに舵を切り、青い霧の道へと進む。

 

「……この先に、ルミエラがあるの?」

悠の問いに、リィアはそっと頷いた。

「ええ。“青い霧の日”だけ現れる島。」

 

船はゆっくりと進み、霧の色が変化していく。

ゆっくりと白から青へ――

その色彩は、まるで記憶の層をめくるようだった。


やがて、霧の奥に影が浮かび上がる。

それは島だった。

弧を描くように連なる小島のひとつ。

中央に、光を失った塔が静かに立っている。


「……ルミエラだ」

リィアの声は震えていた。

その瞳には、懐かしさと痛みが混ざっていた。


《シーウィンド号》

が島の入り江に近づくにつれ、霧は深く沈黙していく。

風は吹いていたが、そこに歌はなかった。

かつて風精霊の祈りが満ちていたはずの空は、

今はただ静かだった。


「……風の歌が、聞こえない」

悠が呟く。

サリヴァンは舵をゆるめ、船を静かに停めた。

リィアは甲板の縁に立ち、目を閉じる。


「ここは……霧の奥に沈んだまま。

風の歌も、届かない。

でも――風は、きっと覚えてる」


その言葉に、霧がわずかに揺れた。

まるで、遠い記憶が目を覚まそうとしているかのように。


こうして、《シーウィンド号》は《ルミエラ》へと辿り着いた。

風の記憶が導いた先――祈りの歌が、静かに眠る島へ。


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