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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第3章

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第2話 カルナス編・後編

夜。《潮の庵》

一階の食堂では、四人が丸卓を囲んでいた。


卓上の灯に照らされた酒瓶《カルナス潮香》からは、甘い海藻の香りが漂い、

風焼き肉が香辛料の匂いと潮風に混ざって広がる。


「……で、ノア。本当にパン屋辞めてきたの?」

「うん。師匠には、ちゃんと手紙を置いてきたから」

「“ちゃんと”って、どんな文面?」

「『風が焼きたいパンを見つけました』、って」


サリヴァンが噴き出し、リィアは「詩人ね」と肩を揺らして笑った。

悠は苦笑いしながら、手元の杯を傾ける。


「まぁ、風の旅に理屈はいらないか」

「そういう悠こそ、資金はどうするつもりなの?」


リィアが興味深げに問いかける。

悠は空になった杯を眺めながら、ゆるく息を吐いた。


「……チームを分けよう」


「俺と、こいつ!」


窓辺の手すりに止まっていたシロが、まるで同意するように翼をふるわせる。


「……チームって、悠本気で言ってるの?」

リィアの声が少し低くなる。

「もちろん本気だ。俺たちは潮風と相談して生きるタイプだ」

「相談してるっていうより、流されてるだけじゃない?」

「風の言葉は聞き取りづらいからな」


リィアが半ば呆れ、ノアとサリヴァンが笑いをこらえきれず、ついに吹き出す。

悠はグラスを置いて、にやりと笑った。


「よし、“働きたくないチーム”発足だ」


シロが、タイミングよく「ピィ」と鳴いた。


「じゃあ俺たちは“働きたいチーム”ってとこだな。な、リィア?」とサリヴァン。

「ピィ、って言ってる場合じゃないよ! ……というか、現実的チーム」


リィアは深くため息をつき、ノアがフォローするように笑う。


――翌朝。


港の風が新しい日を運んできた。


宿の前に立つと、潮風が髪を撫でた。

悠は軽く伸びをして、シロを肩に乗せる。


「さて、今日も“働かない”方向で全力を尽くすか」

「もうそれ、矛盾してるから!」


ノアが笑いながら叫び、リィアがあきれたように額に手を当てる。


サリヴァンが苦笑しつつ、工具袋を背負った。

「じゃ、夕方集合な。船の修理手伝ってくる」

「俺たちは港で風と語り合ってる」

「それサボるって言うんだよ!」


「遅れたら、働きたいチームの方から罰金取るぞ」

「それ、逆でしょ!」


笑い声が潮風に溶け、二つのチームがそれぞれの道を歩いた。

カルナスの空は、雲ひとつなく、どこまでも青かった。


港へ続く道を、悠はシロを肩に乗せたままのんびり歩いていた。

潮の香りに混じって、香辛料の匂いが漂ってくる。


朝市の声が遠くで響き、風車の羽がゆっくりと回っていた。


「なぁ、シロ。俺たちだけのチームって言ってもさ……」


肩の上でシロが首をかしげ、「ピィ?」と鳴く。


「別にサボりたいわけじゃないんだ。

ただ、風がいい方向に吹くまで待ちたいだけなんだよ」


言い訳のように呟くと、シロは(くちばし)で悠の髪をつついた。

「痛っ……わかったよ。働かない理由を探すのはやめとく」

「ピィ」

「お前、意外と厳しいな」


港の桟橋には、大小さまざまな船が並んでいた。

荷揚げをする人々の声、波を切る音、そして帆布が風をはらむ音。


フェリスよりもずっと活気があり、空気に熱がある。


悠は手すりにもたれ、しばらく海を眺めた。

光の粒が水面で踊り、潮風が頬を撫でる。


「……いいな、ここ」

「ピィ」

「うん。旅の途中で、こういう港に立ち寄るのがいちばん好きだ」


遠くで、船大工たちが風石エンジンの調整をしているのが見えた。

金属の響きと油の匂いが混ざる。


悠は何気なく視線を向けながら、小さく笑った。


「働きたいチーム、たぶんあの辺で汗流してるな」

「ピィ」

「いや、俺は応援してるだけでも十分だ。

こうして風を感じるのも大事な仕事だから」

「ピィピィ」

「はいはい、サボりだな」


二人の会話は、波の音に溶けていった。


しばらくして、港の市場のほうからリィアの声が聞こえた気がした。

振り向くと、人の群れの中に見覚えのある灰金色の髪がちらりと見えた。


ノアが笑いながらパンの試作品を誰かに勧めている。

その隣で、サリヴァンが荷を運び、リィアが値を交渉している。


「……あいつら、すげぇな」


悠は呟き、風に髪をなびかせた。


「ピィ」

「ん? そうだな。俺たちも俺たちなりに、動くか」


悠は背伸びをして、空を見上げた。


桟橋に腰を下ろした悠の前に、影がひとつ落ちる。


「おい兄ちゃん、そこでぼんやりしてる暇あるなら、

ちょっと手を貸しちゃくれんか?」


声の主は、腕っぷしの太い船乗りだった。

日に焼けた顔に白い髭、肩には麻縄を担いでいる。

どうやら荷の積み替えをしている最中らしい。


「え、俺ですか?」

「他に誰がいる。そこの鳥か?」


シロが「ピィ」と鳴き、悠は苦笑した。


「まぁ……風がそう言うなら」

「何を言ってんだかわかんねぇが、助かるよ。

重いのはない、縄を抑えてくれりゃいい」


悠は渋々立ち上がり、手すりに掛かっていた縄を引き受けた。

船が波で揺れるたび、ロープが軋み、掌に塩の感触が伝わる。


「……あれ、意外と力仕事だな」

「ピィ」

「わかってる、サボるどころじゃない」


船乗りの男は笑いながら言った。


「見たところ旅の人だろ。カルナスじゃ風と働きは切り離せねぇぞ。

風があるから船も出る。船が出るから腹も減る」

「なるほど、理屈は筋が通ってる……」

「風に乗る奴はまずロープを握れってこった」


結局、悠は夕方まで手伝わされる羽目になった。

積み荷の麻袋を支えたり、帆布の修繕を手伝ったり。


気づけばシロまで、肩の上で器用に縄を押さえていた。


「お前まで働いてるのか……」

「ピィ!」


夕暮れ、作業が終わると、船乗りが手ぬぐいで汗を拭きながら言った。


「助かったよ、兄ちゃん。風の読める奴はいい仕事する」

「そんなつもりじゃなかったんだけどな……」

「仕事ってのは、つもりより先に始まるもんだ」


悠は笑いながら海を見た。

さっきよりも風が柔らかく、潮の匂いが穏やかだった。


「……まぁ、たまには風に押されて働くのも悪くないか」

「ピィ」

「夕飯は“働いたチーム”の領分だな。

混ぜてもらっても文句は言われないだろ」


シロが翼を広げ、潮風を受けて舞い上がる。

悠はその姿を見送りながら、笑って肩をすくめた。


――風は、今日も思いがけない方向へ吹いていた。

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