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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第2章

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第4話 潮の記憶 ― シーブルームの海

陽が真上を越えたころ、海面は鏡のように穏やかで、

 《シーウィンド号》と《スワロー号》の影をやわらかく映していた。


 潮風の中で、リィラの髪がふわりと揺れる。

 その視線の先では、隣を並走する小型船《スワロー号》の甲板で、

 青年――トト・ルーフが船首の風向きを確かめながら動いていた。


 金色の髪が太陽の光を受けてきらめき、

 陽焼けした肌には潮のきらめきが映える。

 瞳は淡い翡翠色で、どこか子どものように真っ直ぐだった。

 手首には風の紋を刻んだ細い銀の腕輪が光り、

 彼が風と共に生きていることを物語っている。


 リィラはその姿を見つめ、小さく息を洩らした。

 ――この人、風に愛されてる。

 少し不器用だけど、風が楽しそうに揺れている。


「リィラさーん! 帆、まだ変ですかね?」

「少し重いね。風が“行き先を迷ってる”感じ」

「風が迷う……って、やっぱり気分があるんですか?」

「もちろん。焦ると、風も落ち着かなくなるのよ」


 悠が舵の方から歩み寄ってきた。

「なら、少し休ませよう。」


 彼は舵を固定し、海面へ手をかざす。

 淡い蒼光が掌を包み、波と風がひとつの呼吸を始めた。


 ――《海風(ブリーズ)()加護(ギフト)》が応える。


 風が穏やかに流れ直し、波が船体を優しく持ち上げる。

 《スワロー号》の帆が膨らみ、精霊紋が青く脈打った。


「風石が息を吹き返した……すげぇ!」

 トトが子供のように笑う。


「仲良くするのがコツだよ。風は理屈より、気持ちを見てる」

 悠の言葉に、リィラも頷いた。


 潮風がふわりと舞い、二隻はゆるやかに並んで進んだ。

 陽は高く、午後の海に白波がちらついている。


 * * *


 その日の夕刻。

 悠は隣でコンパス代わりの風石を回しながら、

 《シーウィンド号》の針路を整えていた。

「順調だな。潮の流れも穏やかだ」


「うん。……でも、ちょっと静かすぎるかも」


 リィラの言葉と同時に、遠くの海がかすかに“うねった”。

 最初は蜃気楼かと思った。

 だが、波間から現れた影は――海そのものが形を成したような、巨大な存在だった。


「……なんだ、あれは」

 悠が低く呟く。


 濃い青の背に花のようなひれを広げた巨体。

 水面からゆっくり顔をのぞかせたのは、

 “シーブルーム”――海の古き守り手。伝承でしか聞かれぬ存在だった。


 トトの声が震える。

「うわ……! シーブルーム!?」


 だがその巨獣は、攻撃的ではない。

 ただ、航路を塞ぐように海上を漂い、

 ――なにかを待つように、動かずにいた。


 リィラがそっと眉を寄せる。

「……あの子、寂しそう」


 悠は船をゆっくりとシーブルームの傍へ寄せ。

 風が止まり、海も息を潜める。

 悠は掌をそっとシーブルームの近くへ伸ばし。

 指先が触れた瞬間、海がわずかに渦を巻き、世界がひとつに溶けた。


 ――《潮風(タイド)()記憶(メモリー)


 風と潮が溶け合い、悠の意識が海の底へ沈んでいく。

 波間の記憶が、彼の中へ流れ込んだ。


 見えたのは――静かな群れ。

 いくつものシーブルームが、寄り添い泳いでいる。

 その中央で、穏やかに身をゆだねていた一体が、今の彼。


 嵐の夜、光る潮の渦の中で仲間たちの声が遠ざかっていく――

 呼び合う声は泡となり、潮の底へと消えていった。

 その日から――彼はただひとり、ここで待っている。


 帰らぬ仲間を。

 風の向こうの記憶を、静かに抱きながら。


 悠は目を開き、潮風に息を重ねた。

「……リィラ。風を貸してくれ」


「うん」

 リィラが両手を広げると、透明な風が船を包む。

 潮と風がひとつに溶け、海上に柔らかな光の輪が広がった。


 悠は静かに呟く。

「帰る風を――届けよう」


 風が海を渡る。

 《潮風(タイド)()記憶(メモリー)》が呼び覚ますように、

 水面から無数の光の粒が立ち上がり。


 それは、シーブルームの記憶。

 遠い潮の底に散った仲間たちの“呼応の光”。


 海が低く鳴った。

 巨大な影がわずかに頭をもたげ、

 ひれが花のように広がる。

 水面には、淡い花びらのような波紋だけが残った。


 その姿は、祈りのように美しい。


 やがて波が静まり、

 風が穏やかに戻ってくる。


 トトが息をついた。

「……すごい……。悠さん、今のは……」


 悠はただ首を横に振った。

「海が、思い出しただけさ」


 リィラが柔らかく微笑む。

「潮の記憶は、ちゃんと風の中で生きてるんだね」


 しばらくして、ふたつの船は再び針路をとった。

 トトが舵を握り、明るく声を上げる。


「見えました! “サヴァナ港”!」


 遠く、水平線の先に白い塔が立っている。

 塔の頂で風の羽根が回り、

 まるで新しい風を呼ぶようにきらめいて。


 リィラが頬を撫でた潮風に微笑んだ。

「ねぇ、悠。風、また笑ってる」


「……“ありがとう”って言ってるのかな」


 風が頷くように吹き抜け、帆が柔らかく鳴った。

 《シーウィンド号》と《スワロー号》は、

 潮と風の調べを重ねながら、

 並んで光の海を進んでいく。


 その背を、夕凪の風が静かに見送った。

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