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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第2章

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第3話 風便りの船 ― 風石のきらめき

《シーウィンド号》の帆が、碧潮の風を受けてゆるやかに進んでいた。

その先、波の向こうに――白い帆を掲げた小さな船が揺れている。


 リィラが甲板の手すりに手をかけ、目を細めた。

「やっぱり、“風の便り”の船ね。紋章に鳥の印がある」


 悠は舵を軽く傾けながら微笑んだ。

「風が運んだ縁、ってやつか。声、かけてみよう」


 二隻の距離が縮まると、小さな人影が甲板に現れた。

金髪を潮風に揺らしながら、帽子を押さえて手を振っている。


「おーい! そこの船っ! 助けてくれぇぇぇ!」


 リィラが目を瞬いた。

「……助けて?」


 やがてその船が近づくと、元気そうな青年が船べりから顔を出した。

「いやあ、助かった! 完全に道を間違えた!」


「道、って……海の上で?」

悠が苦笑する。


 青年は胸を張り、朗らかに名乗った。

「海の郵便士、トト・ルーフって言います! 本当はフェリスの南を回って次の島へ行く予定だったんですが……気づいたら北東に三日も流されてました!」


 リィラが吹き出した。

「それ、もう“漂流”じゃないの?」


「はいっ! 昨日までは南南西だったんですけど、気づいたら真北に!

 しかも風石エンジンまでスネて止まっちゃって!」


 悠は苦笑しつつ、甲板からロープを放った。

「こっちに寄せて。少しやすもう。」


 トトの船《スワロー号》の船体をよく見ると、

船首の精霊紋がかすんでいる。


「風の流れが途切れてるね」

悠とリィラが小さく呟いた。


 トトは肩をすくめた。

「やっぱり、分かりますか? 風石が湿気を吸っちゃったみたいで……。

 乾かそうと焚き火を焚いたら、煙ちゃって!」


「……いや、それは余計なことをしたね」

 悠のため息に、リィラが吹き出した。


「ねぇ、トト。ちょっと《シーウィンド号》に寄せて。風を合わせてみて?」

「えっ、風を合わせる?」

「うん。あなたの帆、角度がずれてるの。風が嫌がってる」


 リィラが手を伸ばすと、ふわりと風が生まれた。

 二隻の間を抜けていく潮風が、帆の布を優しく撫でる。


 ――その瞬間、潮の匂いが変わった。

ふたつの船を包む空気が、ひとつに溶け合っていく。


「おおっ! 光った! やっぱり風って、気分屋さんですね!」

「ふふ、でも素直でもあるのよ。優しく扱えば、ちゃんと応えてくれるの」


 トトは目を輝かせていたが、すぐに眉を下げた。

「でも、僕の方は……風に嫌われてる気がします」


「どうして?」

リィラが尋ねると、トトは小さく肩をすくめた。


「いつも違う方向に進むんです。海図どおりに舵を切っても、

 気づくと知らない港に着いてたりして……。

 “トトの風まかせ航路”って呼ばれてるんです」


 悠が吹き出した。

「それ、愛称として悪くないと思うけど」


「えっ、そうですか?」

「風に任せて進むなら、それも旅の形だ」


 リィラが微笑み、トトは目を瞬かせ、そして少し照れくさそうに笑った。


「エンジンを無理に回すより、風に任せた方がいい。

 碧潮(へきちょう)の流は安定するよ。」


「了解です! 風任せモードに変更!」


 トトが楽しげに帆を調整し、二隻は並んで進みはじめた。


 潮騒(しおさい)が響く。

 リィラの髪が陽に透け、風に遊ばれる。

 悠はその光景を見ながら、穏やかに息を吐いた。


「こうして見ると、まるで兄弟船みたいだな」

「ふふっ、ほんとね。風も嬉しそう」


 トトが自分の海図を取り出し、胸を張った。

「ちゃんと、進路はこっちです! ……多分!」


 くしゃくしゃの紙には、潮でにじんだ線と手書きの矢印がいくつも描かれている。


「それ、海図っていうより落書きじゃない?」

 悠が呆れ、リィラがくすくすと笑う。


「ねぇ、トト。どこへ向かってるの?」

「南の群島、“サヴァナ港”です! 手紙の引き渡しがあって!」


 トトの声には自信と誇りがこもっていた。

「風を祀る塔がある場所で、風信ふうしんと呼ばれる手紙を納めるんです!」


「風信……?」

悠が問い返すと、トトが嬉しそうにうなずく。


「はい! 風信ふうしんっていうのは、“風が読んでくれる手紙”なんです。

 届け先がどこであっても、塔の上から風が想いを運んでくれるって。

 だから郵便士は、想いと人をつなぐ仕事なんですよ!」


 リィラの瞳がやわらかく揺れた。

「素敵……。風は“想い”を運ぶって、ほんとなんだね」


「ただ、今回は……その風が途中で寝ちゃって」

 トトが頭をかきながら苦笑する。


「なら、僕たちも行こう」

 悠が言った。

「同じ方角なら、風を分け合えばいい。なにより、風見の塔には興味がある」


「えっ、いいんですか!?」

「もちろん。風が呼んでるなら、行ってみたい」


 リィラが軽く頷く。

「流れも岬に向かってる。きっと、風が案内してる」


 こうして、二隻は針路を合わせた。

 帆をたたみ、必要なときだけ風石エンジンを低く回す。


 船底に淡い光が流れ、海面に銀の筋を描いた。


 潮風が肌を撫で、遠くで海鳥の声が響く。

 リィラは舷に手をかけて、目を細めた。


「ねえ、悠。この風、楽しそう」

「ああ。久しぶりに、誰かと並んで進んでるからな」


「風も、ひとりよりふたりが好きなのね」

「たぶんな。……人間と似てる」


 トトが隣でにこっと笑った。

「そうですよね! 風だって、きっと寂しがり屋なんです!」


 笑い声が潮に溶けて、海を渡る。


 太陽が傾き、空が金と青のあいだに染まり始めた。

 リィラの髪が夕風を受けて揺れた。


 悠は一瞬、風の音を聞くように目を細めた。

「トト」

「はい?」

「次に迷ったら、風じゃなくて――人を頼ってみて」


「えっ?」


 悠は少し笑って、遠くの水平線を見た。

「風も、ときどき休む。だから、誰かが“風の代わり”になる」


 トトはしばらく黙って、それから真っすぐにうなずいた。

「……はい。次は、人の風を信じてみます!」


 リィラの頬を、柔らかな風が撫でた。

「……そうだね。だから、出会うんだね」


 夕陽が沈み、二隻の船が並んで進む。

 風石の灯りが、波の上にいくつもの小さな光を落とした。


 それはまるで――風がつないだ“出会いの灯”のように、

穏やかに海を照らしていた。

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