表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

第1話「帰還」

戦場の塵と血をまとったまま、ソール・アルメニエール将軍は都へ戻ってきた。

大勝――そう呼ばれる戦果だった。三国連合軍の若き総大将として、彼は敵の名将エイデンを破り、南方戦線を終結に導いた。

だが、勝利とは名ばかりのものだと、彼自身は知っていた。


兵は疲弊し、補給線は限界まで細り、味方の死体は丘を埋め尽くした。

“勝った”と叫ぶ者の後ろに、叫ぶことすらできずに死んでいった者たちがいる。


凱旋の朝、都の空はどこまでも晴れていた。

それが酷く皮肉だった。


「殿下がご覧になっています。…気をおつけて」


副官のエリーナが、彼の肩の泥を静かに払った。

短い沈黙があった。だが、彼は何も言わずに振り返る。

彼女の視線を避けるように、馬を進めた。


エリーナは、この戦争の中で最も近くにいた存在だった。

励ましも、作戦の影の支えも、夜の慰めも――

だが、それを愛とは言わない。言ってはいけないのだと、彼は知っていた。


**


王宮にて報告を終えたのち、ソールは初めて“自分の家”へ戻った。


しばらく使われていなかったらしい室内は、うっすらと埃を被っていた。

それでも整っていたのは、きっと彼女――フェリシアの気配が、どこかに残っているせいだろう。


結婚して三年。

だが、彼はそのうちのほとんどを戦地で過ごした。


新婚の時間などなかった。

公的な契約としての婚姻――家と家の思惑が交錯し、当時の自分は、それにただ従っただけだった。

彼女の横顔すら、記憶の中では霞んでいた。


**


部屋に入った瞬間、薄い香の匂いが微かに鼻先をかすめた。

甘くもなく、強くもなく、けれど妙に記憶に残る香りだった。


「……これが、君の匂いだったのか」


フェリシアのことを思い出すたび、胸のどこかに小さな棘が刺さったような痛みがある。

だが、それが“未練”なのか“罪悪感”なのか、彼自身にもわからなかった。


やがて、侍従が伝える。


「奥方様が、本日、将軍閣下とお話がしたいとのことにございます」


ソールは頷いた。

そうか――と、その声にならない言葉を心の内に転がす。


あの日、自分は一方的に手紙だけを送り、戦地へ発った。

結婚指輪も、渡せないままだった。


彼女が今、どんな顔をして自分に会いにくるのか。

想像できなかった。

それを想像しようともしなかった。


だが、ほんのわずかだけ、胸の奥が音を立てた。

それが、痛みかときめきかもわからぬまま――

彼は、静かに、扉の方を見つめていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ