第五章 王都の冷たい食卓
王太子リオネルの結婚生活は、氷のように冷え切っていた。
隣国サラントから迎えた王妃セレネは、美しく礼儀正しく、しかし冷ややかな高慢さをまとっていた。彼女は常に完璧な作法で振る舞い、決して感情を表に出すことはなかった。晩餐の席では形式的な挨拶の言葉を交わすばかりで、互いの視線が交わることすら稀だった。銀器の音が空しく響く食卓で、リオネルはふと、笑顔を浮かべたレティシアの姿を思い出す。
──いつもどこか誇り高く、それでいて微笑んでいた少女。
レティシアを追放したあの日のことを、彼は忘れたことがなかった。
あの時、リオネルの心には揺れる想いがあった。学園で出会い、想いを寄せていた平民の娘・エミリア──王族という重荷から一時でも解放される、穏やかな時間をくれる存在。リオネルはエミリアとの未来を強く願い、彼女と結ばれるために、エミリアがでっちあげた「レティシアが階段から突き落とした」という嘘を、信じた。
だが、それは「信じたい」という願望に過ぎなかった。今にして思えば、稚拙な噂をあえて事実として受け入れたのは、自分の欲望を正当化するためだった。エミリアの涙と震える声は、彼の中の正義感と優越感をくすぐり、冷静な判断力を奪っていった。
しかし、リオネルの選択は報われなかった。平民であるエミリアは王妃にはなれず、結局は自らリオネルのもとを去った。そしてその後、彼女が金銭を受け取って国外に出たことを知った時、リオネルの胸には言いようのない虚しさが残った。
嘘をついてまで王妃の座を狙ったエミリアは、結局その器ではなかった。そして何より、自分がその嘘にすがり、真実を見ようとしなかった弱さが、リオネルの心に深く突き刺さっていた。
嘘であっても、彼女の愛を信じたかった。
だが、結局のところ──愛情さえ、金で手に入れられると考えるような相手だったのだ。
そして残ったのは、咎を被せて追放した許嫁と、政略の果てに迎えた無言の王妃。
リオネルは、ふたりの女性を自らの手で失った。
彼は何度も自問した。
──なぜ、真実を見ようとしなかったのか。
──なぜ、レティシアを断罪したのか。
王の叱責は容赦なかった。
「一時の感情で平民に入れあげ、国の信用を損なうとは何事か。レティシア嬢は、我が王国の信頼を預けるに足る貴族の娘であったのだぞ」
その言葉のあとに続いたのは、セレネとの政略結婚の命令だった。王国北部の大国との同盟を維持するため、婚姻は避けられぬ。もはやリオネルの意思など、微塵も問われなかった。
「王家として、すでに取り返しのつかぬ過ちを犯したのだ。そのぶん、お前は次代の王として、どう責任を果たすのかを示せ。でなければ、王家は未来に禍根を残すだけだ」
王の言葉は正論であり、重かった。だが、それでも。
政略の道具として与えられたセレネとの婚姻は、あまりにも無味乾燥で、心の通わぬ日々だった。
美しいだけの器。会話もなく、冷えきった宮中の空気の中で、リオネルは次第に無気力になっていった。
王宮に巣食う派閥争いも、もはやどうでもよく思えた。
何の価値も見出せなかった。
最近になって、彼は密かにレティシアの行方を探し始めていた。表向きには終わった縁だが、それでも彼女がどこで、どのように生きているのかだけでも知りたかった。
あのまっすぐな瞳が、どうかもう誰にも傷つけられず、どこかで笑っていてくれることを、ただそれだけを願いながら──