シンデレラは箒を落とす
僕の趣味はお掃除だ!
というか、仕事もお掃除だ!
僕はこの伝統あるミレスティア家の三男なのだが、僕のお兄様二人は、それはそれは美しい。
そのあまりの美しさゆえに求婚者は後を絶たず、あるいは末はお妃様になるやもしれぬと誰もが誉めそやす一兄様。
美しさに賢さも備え、優秀な学者様方からお声がひっきりなしに掛かっている二兄様。
僕とは住まう塔が違うからお会いする機会はあまり無いけれど、どちらも心の底から僕の自慢の兄上たちだ。
僕はいつも壁に掛かったお二人の肖像画を眺めては、ああ美しい、と雑巾を胸元に抱きしめ恍惚のため息をこぼしているのだ。
そうそう、僕の仕事は掃除をすることだ。
僕は日がな一日、屋敷中のお掃除をしている。
なぜミレスティア家の子でありながら掃除夫のようなことをしているかというと、それは僕の容姿が理由だ。
僕は歴としたお二人の弟なのだが、どういうわけか全く顔が似ていない!
といって不細工なわけではない。
特徴が無い、いわゆる平凡なのだ。
美しいお父様は僕を見るなり、母の不義を疑った。
そして美しいお母様は愛する夫に疑われてひどく悲しみ、僕を捨ててしまおうとした。
それを止めたのが、美しい僕の兄上たちだった。
僕は命を救われ、代わりに屋敷の掃除をすることになったのだ。
はっきり言おう、僕は兄上たちを崇拝している!僕の命を救ってくれた、美しき兄上たちのためなら、僕は命すら惜しくないのだ!
「シンデレラ、今夜の舞踏会は、本当に行かないのかい?僕たちは、おまえと踊るのを楽しみにしていたんだよ」
「ホラ、お父様はお前用のドレスは買ってくださらなかったが、今日のために僕が隠して置いた僕のお古があるから、これを着たらいいんだよ」
ああ、美しさのあまり涙が出そうだ。
淡いグリーンのドレスに身を包んだ一兄様は、まるで春の妖精のように可憐だ。
純白のドレスを纏った二兄様は気高い雪の女王のごとし。
どちらも、いつにもまして美しい。
今夜はお城で舞踏会が開かれる。若き王様の伴侶を選ぶためで、この国の全ての未婚の貴族が招待されているのだ。
もちろん僕にも招待状は来たのだが、当然行かないつもりでいる。僕が乗ると馬車が狭くなるし、作法を知らない僕が行けばお兄様方に迷惑がかかるからだ。
「心優しい、美しきお兄様方。今宵は殊更に美しく、僕はあなた方の弟である誉れに身が震えるほどです。僕はこの家でお帰りを待ちます、僕にはあなた方が与えてくださった役割がありますから。どうか道中お気をつけて!」
「シンデレラ…なんて健気で愛らしい。待っておいで、必ず王を射止めて妃の座に就き、可及的速やかに糞親父を失脚させ、おまえを救ってみせるからね」
「お兄様、本音がダダ漏れだよ。可愛いシンデレラ、僕もうんと頑張って良い学者を引っ掛けて、あのクソババアが加速度的に老いて死に至る薬を作らせてみせるからね」
「こらこらおまえこそ」
兄上たちが小声で言った言葉はあまり聞こえなかったけれど、それはまるで妖精の囁きのように耳に心地よく、僕は幸せな気持ちになった。
兄上たちの出発に立ち会うことは許されなかったが、塔の影にひっそり隠れて見送った。兄上たちの道中の無事を、地に伏して祈ることも忘れなかった。
さて、僕はいつにも増して熱心にお掃除に励んだ。
最近では腕が上がり、新米の掃除夫の指導係も務めているため忙しく、自分の仕事だけに集中するということができていなかった。しかし今日は、掃除夫たちには暇を出している。僕は思う存分、やりたいようにお掃除をすることができるのだ!
屋敷中を手際良くピカピカにし、一休みに自室に戻ると、そこには長いローブを纏った人影があった。見知らぬ男だ。
少し驚いたものの、貴族たるもの安易に取り乱した姿は見せないぞ。
「どなたですか?ここには盗るようなものは何もありませんよ」
「…いや、ほんとに…なにも無いな。おまえ、なんでこんな牢獄みたいなところで暮らしてるんだ」
「はは、雨風を凌げて食事も出されるのです。生きるにはそれで充分でしょう」
僕が雑巾を窓辺に掛けながらそう言うと、ローブの人影はふいに僕の手を取り、僕を抱きしめてきた。
背が高い人だ。僕がチビということもあるが、頭二つ分は違うな。
おや、その肩の上に、何やら小動物の影が。
それはネズミで、つぶらな真っ黒の瞳で僕を見つめていた。
「…哀れで、心美しきシンデレラ。この塔に住まうこのネズミが、俺に頼みに来たのだ。舞踏会にも行けない、というかまるで行く気がないシンデレラを、舞踏会に行かせてやってほしいと」
「なんとそうでしたか。なんて優しいネズミでしょう、今度僕のご飯からチーズをわけてあげよう。しかし舞踏会に行くことはできません、僕には仕事がありますから」
「…それならば、ほら」
謎の男が片手を振るうと、シャランラ~☆と屋敷が光に包まれ、あっという間にピッカピカになった。
なんと、この男は魔術師だったのか!僕が長年苦しんできたあの壁の汚れや手の届かなかった場所の埃まで、隅々まで綺麗に!
僕は男の両手を掴み、泣きながら頭を下げた。
「なんという素晴らしいお力でしょう…!貴方のおかげで、仕事に関する僕の望みは全て叶いました。本当にありがとうございます、お礼になんでもいたしましょう!」
「なんでも……、はっ。いやいや、こんなことは造作も無いから、礼はいらん。俺はお前を舞踏会に行かせるために来たのだ。言うことを聞くと言うなら、舞踏会へ行って来てくれ。なあ」
「チュー」
「それこそ、造作も無いことです!」
なんという素晴らしい人だ。無償でこんなに素晴らしい魔法を掛けてくれるとは。
彼はこう言っているが、後になんとかして、できる限りの礼をしよう。ネズミにも、明日のご飯を全てやろう。
そうして、僕はバケツに雑巾を掛け、箒を担ぐと、お城に向けて出発した。
が、その二歩目で魔術師に手首を掴まれ止められた。
「いやシンデレラ、おまえは何をしにいく気だ」
「はい、僕にできる唯一のことを全うして参ります。ネズミと貴方のためにも、全力を尽くして参りましょう!」
「違う違う違う、違うぞシンデレラ。俺たちはそんなこと求めていない!」
「チュー!!」
それから10分ほどかけて魔術師とネズミから説明を受けた僕は、ようやくことの次第を把握した。
舞踏会には全く興味が無かった僕だったが、二人(一人と一匹)があまりにも頼み込むので、気は進まないが行くことにした。
手持ちの中で最も良い状態のシャツとズボンに着替え、では今度こそ、と歩き出したところの二歩目でまた手首を掴まれ、魔法で出したドレスとガラスの靴と馬車を与えられた。
「魔術師殿、かような豪勢な支度は僕には不相応です!」
「いいから四の五の言わずに行け!それに…に、似合っている。綺麗だぞ、シンデレラ」
ローブから見える魔術師の顔が、心なしか赤くなっているようだ。
僕は哀れに思った。この魔術師は、僕の美しき兄上たちのドレス姿をみたことが無いのだ。彼らの美しさを見れば、僕のことを綺麗だなどと、口が裂けても言えない筈だ。
せめて、僕は二人の肖像画の掛かっている場所を教え、それを見てから帰るようにと伝えた。
「では、すぐに戻って参りますので」
「いや、12時まで魔法は保つ。それまで楽しんで来い。…いや、違うな。それまで帰って来るな。わかったな、シンデレラ」
「…はい、わかりました」
そうと言われれば、すぐに帰ってくるわけにもいかない。仕方なく、僕はお城へ向け出発したのだった。
やがて到着したお城は、とても大きく、とても華やかで、沢山の人で溢れた場所であった。オーケストラの奏でる音楽は素晴らしく、並ぶご馳走はどれも美味しそうだ。さすがはこの国の王による舞踏会である。
ちなみにどの人も兄上たちに敵わないことは言を俟たない!
僕は壁の端から人々をしばし眺めたあと、さて、と城の外に出た。そしてドレスの下から箒を取り出す。こっそり手作りの折りたたみ式箒を持参していたのだ。
やはり僕にはダンスは踊れないし、ご飯は足りているし、掃除しかできない。せめても、お邪魔した礼に綺麗にしようという考えなのだ。
そうして掃除の足りていないところを掃いていると、不意に物陰から、背の高い青年が現れた。驚いたが、当然貴族たるもの顔には出さない。
「…そこのおまえ、何をしている」
「はい、掃除です」
「おまえは招待客ではないのか?」
「僕はダンスが踊れませんので。何もせずおるよりは、できることをと」
「…変なやつだな。名はなんと言う」
「…それは言えません!」
変なやつと言われた以上、名を明かす訳にはいかない。兄上たちの名誉に万が一にも瑕を付けようものなら、この命を捧げようとも許されない。
男は怪訝な顔をしたが、それ以上追及してはこなかった。
それからしばらく僕は掃除をし、階段をキレイに掃き清めた。その様子を青年は座り込んだ膝に頬杖をついてずっと眺めていた。
よくよく見ると、随分服装が豪奢だ。上着も下穿きも、細かな細工が美しい。余程身分の高い家の者のようだ。顔の造作も彫像のごとく整っているし、一兄様の旦那候補にしてやってもいいかもしれない。
「随分手際が良いのだな。城の者にも見習わせたいほど素晴らしい箒捌きだ」
「いえ、それほどのものでは。時に貴方は、ミレスティア家の美しきご長男についてどのように思われますか」
「会ったことがない」
「なんと!!」
「えっ」
カシャーン。
僕は箒を取り落とした。まさか兄上に会ったことがなかったとは!この男、何をしにこの舞踏会へ来たというのか!
すぐさま僕はガシッとその男の手を取った。そのとき男が顔を赤らめたのなど知ったことではない。
「お、おい、な、何をするんだ!ててて手を離せっ」
「こちらこそ、これまで何をしていたのです!ほら、あちらにいらっしゃる誰よりも輝いておいでの方が、ミレスティア家のご長男です。間近でお姿を見られる僥倖を噛み締めながら、お話ししていらっしゃいまし!」
「え、お俺はそれより、おまえとーー」
「…あ、間も無く12時ですね。それでは僕はこれにて」
「ええっ!?」
さっと手を振りほどいた僕は、きちんと言いつけの時間に馬車まで戻り、さっさと立ち去った。
家に戻るとやはり惚れ惚れするほど綺麗になった屋敷がそこにはあり、僕はその仕上がりをうっとりと眺めながら、あの魔術師にどのようにお礼をしようかと必死に考えるのであった。
翌日、屋敷はもはや掃除のしようが無いので、今日は庭の雑草を引くことにした。
その合間、庭師と今後の庭の在り方について話していると、そこへ麗しの兄上たちがやって来たので庭師は下がらせた。
昨日のような正装も美しいが、平服でも内なるオーラで眩いばかりだ。
「ああ、兄様方、お庭にいらっしゃるとまるで森の精霊のようです。いかがされました?」
「やあ、可愛いシンデレラ。実は、お城からお触れが出たから、おまえにも伝えようと思ってね。『昨夜の舞踏会にて、折りたたみ式の箒を落として行った者を、妃とする。すぐに名乗り出られたし』というものなんだが」
「そうなのですか。お兄様は、なぜ箒など持って行かれたのですか?」
「僕が妃になると信じて疑わない愛らしいシンデレラ、落としたのは僕ではないよ。もちろん持って行ってもいない」
「なんと、そうでしたか。…では王様は目が見えないのですね…」
一兄様のお姿を見ても妃にしないということは、つまりその美しい姿が見えないということで、つまり盲目ということだ。兄上の美しい姿を見ることができないなんて。
王の哀れさを思うと、自然と涙が出てきた。
そんな僕を、兄上たちはそっと抱きしめてくれた。至福だ。
「盲目的なのはおまえの方だよ可愛いシンデレラ。…この箒を落としたというのはおまえだね?」
「兄様…たしかに僕は箒を落としました。しかし箒を持ってきたのが僕だけだとは限りません」
「心配になるほど天然なシンデレラ、いいかいよくお聞き、おまえ以外に、ありえないから。…本当は兄様が妃になってジジイを失脚させる予定だったけれど、 別に僕らは、おまえが幸せになればそれで構わないんだ。おまえが妃になるというなら、大賛成だよ」
兄上たちはとろけそうなほど甘い笑みを浮かべておいでだ。ああ、なんと美しい!
しかし、僕が兄上たちを差し置いて妃になるだなどとありえた話ではない。そもそも盲いた人間に会った覚えすら無いのだ。
そう思っていると、そこへ昨日僕が一兄様に会わせてやった、あの彫像のごとき美青年がお付きの者を伴って現れた。一兄様二兄様と並ぶと、その美しさ、ここは神話の世界かと慄いてしまう。
「…やはりミレスティア家の者だったか、探す手間が省けたな。おいおまえ、今日はやけにみすぼらしい服装をしているようだが、庭づくりが趣味なのか?ならば城の広大な庭園をくれてやるから、私の妃となれ」
「なんと、まさか昨日の貴方が王であったというのですか…!」
僕はまた落涙を禁じ得なかった。
この男は目が見えていたはずだ。ということは、一兄様の美貌も、僕の平凡さも、きちんと見えているということ。
――ということは、盲目であるよりも不幸なことに、この男にはまともな美醜の感覚が備わっていないことになる。
絶えず最上級の物に囲まれて暮らさざるを得ない王という身分でありながら、それはなんと不幸なことであろうか。
哀れだ…!
「ーー…とか考えていると思います、あの泣きぶりを見るに。先程申し上げた事情から、あの子は僕たちを崇拝しているのです」
「あのように天然ですが、心優しく愛らしい弟です。どうかこれまでの哀れな生活からお救いいただき、ふつう一般の幸せというものを教えてやってください」
「…私は哀れだとまで思われているのか。いや、まあ、天然だというのは昨日すこし話してわかっている。いいさ、これから共に過ごす長い月日の中で、私が見初めたのはその心の美しさだと思い知らせてやろう」
こうして、僕はこの国の妃となった。
ちなみにあの魔術師への礼として、王家直属の魔術師として雇うことにした。ネズミも一緒だ。
魔術師と王が僕を取り合って日々争ったり、お城でも僕が掃除夫筆頭を務めたり、この国が大陸一美しい国として有名になる未来がくることを、このときはまだ、だれも知らないのだった。
おしまい




