帰還2日目:発覚
マリーリアはフラクタリア沿岸から王都まで、島ゴーレムで移動した。
……移動する時には、地面を踏みしめ、しっかりと踏み固めていくことを意識した。そうすることによって、海と王都とを繋ぐ街道を整備できるのである!
相変わらず、ほぼすり足の移動であったが、ふみふみふみふみ、と小刻みに大地を踏んで移動することによって道を造り、そして、小刻みに動くことでフラクタリアの大地への被害を最小限にとどめた。何せ、島ゴーレムはその巨体故、移動するだけでも周囲に被害を与えてしまうのである!
自分が帰ってきたことによって祖国が滅ぶ、などということがあってはならない。マリーリアは細心の注意を払って、ふみふみふみふみ……と小刻みに島ゴーレムを動かしていくのであった。
そうして、王都へ近づいてくると……。
「あらぁー、随分騒がしいわねえ……」
マリーリアは島ゴーレムの上からフラクタリアの城を眺めて、『あらぁー……』とため息を吐いた。
「これは、国王陛下へのご挨拶を最優先しないとダメね。おちおちテラコッタゴーレムを焼いていられないわぁー……」
……王城はすっかり民衆に取り囲まれ、そして、叩かれている。物理的に、叩かれている。丸太か何かで城門を突き崩そうとしている者達も居る。
そして、島ゴーレムの身長があるからこそ見える、城壁の内側……王城の様子はというと……。
「ああ、本当にただ困っているだけみたい……。やんなっちゃうわぁー」
城では、わたわたと使用人や貴族達が動いている。だが、兵士の姿は無い。だからこそ、彼らは余計に混乱しているのだろうが……。
……王城の兵士達は、バルトリアから送り込まれたゾンビ兵達だったのだろう。高度な死霊術によって生み出された生ける屍達は、しかし、マリーリアがバルトリア国王を燃やした都合で、魔力の供給を絶たれて、全て塵となって消えたらしい。
兵士達が急に全部消えたのだから、当然、国王をはじめとした王族貴族達は困るだろう。まあ、自業自得でしかないが、そんな慌てふためき方を見ていると、マリーリアはいよいよ、深々とため息を漏らしてしまう。
「……ま、ご挨拶に伺いましょ。皆に通してもらわなきゃね」
ということで、マリーリアは島ゴーレムを邪魔にならない場所に寝かせて、そこから200体のアイアンゴーレム達と共にフラクタリアの土を踏みしめたのであった!
マリーリアと200体のアイアンゴーレム達は、真っ直ぐに王都へ向かった。
その姿はまるで、英雄の凱旋である。……或いは、最強の敵国からの侵攻か。
いずれにせよ、マリーリアは、フラクタリアの民から歓迎された。……それはそれは、歓迎された。それこそ、マリーリアが『あらぁ……?』と戸惑うほどに。
王都に入ってすぐ、マリーリアは歓声に出迎えられた。
『マリーリア様!』『マリーリア様!』と、あちこちからマリーリアの名を呼ぶ声が聞こえる。更には、『ああ、救国の聖女の到来だ!』『これでこの国は救われる!』『祈りが天に通じたんだ!』といった声まで聞こえる。
……マリーリアは少し諸々を考えた。
が、結局は考えるだけ無駄なので、考えるのをやめた。代わりに、にっこりと微笑んで皆に手を振って『ただいま!』と言ってやれば、民衆は益々湧いた。
……マリーリアは改めて、考えるのをやめた!
そうして、マリーリアとアイアンゴーレム200体の行列は、民衆らに受け入れられた。民衆は皆、王城に群がっていたのだが、マリーリアがやってきたと知るとすぐさま道を開けてくれたので、マリーリア達は難なく、王城前に到着したのであった。
「マリーリア様!ご覧ください!この通り、城門が閉じられておりまして……」
「鋼鉄の門なものですから、開かせることも難しく。現在、城壁を崩せないか試行しております!」
……そこでは、海賊にもなっていた仲間の騎士達が色々とやっていた。マリーリアはまた考えるのをやめたいような気分であったが……『まあ、これはこれでいいわぁー』と考えを打ち切った。
「さて、どうしてやろうかしらぁ。うーん……」
島ゴーレムで来たわけでもないので、城門を蹴り壊すわけにはいかない。だが、壁というものは、概ね、壊すか乗り越えるかすり抜けるか……まあ、色々な対処法によって意味を成さないものにできるのである。
「あなた達は危ないから下がっていてね。民衆の誘導をお願い。城壁は暫く危ないかもしれないから、接近を控えさせるように」
「はっ!確かに!」
マリーリアが騎士達に指示を出すと、騎士達は早速、『マリーリア様からのご命令だ!民衆は皆、城壁から下がれ!』『これより、マリーリア様が城内へ突入なさる!皆、マリーリア様の邪魔にならないように!』『マリーリア様は我らの身を案じておられる!その御心に背くことのないように!』と民衆を誘導し始めた。
「……さて」
そうして、城壁周辺から人々がはけていくと、マリーリアは……。
「階段を作って頂戴な。そして、先陣を切るのはジェードと近衛の4体に任せましょう」
そう、アイアンゴーレム達に指示を出したのであった。
そうして、城壁の前にはアイアンゴーレム達が並び、階段となった。
アイアンゴーレムがアイアンゴーレムを踏み台にして、次々に城壁を乗り越えていく。そうして、最初にジェードと近衛ゴーレム4体とが城壁を乗り越えていくと……すぐ、城壁の向こうから人間の悲鳴が上がった。
「上々ね。さ、皆、続いて頂戴な」
マリーリアはにっこり笑って、次々にゴーレムを送り込んでいく。ある程度ゴーレムが送り込めたところで、マリーリア自身も城壁の上へと上がった。
そうして粗方のゴーレムを移動させたところで、階段になっていたアイアンゴーレム達はそのまま、民衆の誘導に充てることにした。うっかり階段をそのまま残しておいたら、民衆までもが上ってきて、余計に危ないことになりかねない!
……ということで、マリーリアは城門は開けなかった。民衆や騎士達が入ってくると、死者が出る。それは間違いないように思われたのだ。
そして、何より……。
「……国王陛下と、ゆっくりお話ししたいものねえ」
マリーリアはにっこりと笑って、玉座の間への階段を、アイアンゴーレム達と共に登っていくのだった。
玉座の間は、がらんとしていた。
「あらぁー……ということは、もう逃げちゃったのかしらぁ」
マリーリアはしょんぼりしながら、きょろきょろ、と玉座の間を見渡す。
……以前、叙勲式の時に訪れた時と概ね同じだ。赤い絨毯も、絹張りの玉座も、美しい硝子細工の窓も……だが、幾分、荒れた印象を覚える。
それは、窓の枠に溜まったままの埃や、くすんだ絨毯、床と壁の片隅に張った蜘蛛の巣……そういったものから、『人の手が行き届かなくなった』と分かるからなのだろう。
ここはこの1年半で、人の手が入らない玉座の間となっていたようだ。つまり、少なくともここ最近は、王が誰かと謁見することが無かったのだろう。誰かに謁見を許すことがあるならば、余程親しい間柄でもない限り、玉座の間を使うものだ。
或いは……秘密裏に訪ねてきた者の謁見であれば、私室を使うだろうか。
「いよいよ、国民に怒られる訳だわぁー」
つまり、真っ当に政ができていたとは思えない。そんな状況であったようなので……マリーリアは少々顔を顰めて、ため息を吐いた。
「となると、どこへ行けば国王陛下にご挨拶できるのかしらねえ……」
マリーリアは絨毯の上を優雅に歩き、玉座の間を進んでいき……。
「……あらぁ?」
そこで、ふと、妙なものを見つけた。
「……玉座の肘掛けだけ、埃が溜まってないみたい」
窓枠にも絨毯にも埃がかかっているというのに、玉座だけは、埃が払われているようであった。
というよりは……そこだけ、触った、というような。よくよく周りを見てみると、このあたりの絨毯にだけ、沢山踏まれた跡がある。マリーリアは改めて、『あらぁー?』と首を傾げ……。
「……こう、かしら?」
玉座の肘掛けに手を掛け、飾り彫りの一部を押してみる。……すると、飾り彫りの一部が、がこん、と沈んだ。
そして。
「見ーつけた!うふふふ」
……玉座の後ろにレバーが現れ、それを引くと……床の石が一枚外れて、その下に隠し部屋へのものと思しき通路が続いていたのであった!
「国王の脱出経路くらいは用意してあるんだろうと思ったのよねえ。うふふふ」
マリーリアはにこにこしながら、隠し部屋まで続くと思しき通路を進んでいく。その前にはジェード含めた5体、後ろには50程度のアイアンゴーレムが続く。
かつん、かつん、と石の床を踏みながら進んでいくと、『なんだか秘密の通路の探検って、わくわくするわねえ』とマリーリアはどことなく浮かれてくる。だが、そんなるんるん気分のマリーリアの足音が響く中、通路の奥の方から、『ひぃっ』と息を呑む声が聞こえてきた。
……そこでマリーリアは、はた、と気づく。
『もしかして、笑い声と足音が聞こえてくるのって、今の国王陛下には怖いんじゃないかしらぁ……』と。
だが、だからといって特に何も改めないのがマリーリアである。存分にかつかつ足音を響かせ、ふんふんと鼻歌交じりに通路を進み……そして。
「お久しぶりですわ、国王陛下。そちらはお変わりなく……あらぁー」
行き当たった先でアイアンゴーレムがドアを開くと同時、ずん、と槍が突き出された。
が、アイアンゴーレムの体は硬い。槍がぶつかった程度、特にどうというものでもない。これがマリーリアであったならば確かに致命傷だっただろうが、そんな下手は打たないのがマリーリアである。
アイアンゴーレムが繰り出された槍を掴んでへし折る後ろから、マリーリアはそっと室内の様子を窺って……『あらぁー……』と声を漏らした。
「……お変わりは、あるようですわねぇ……」
……そこに居たのは、王の近衛兵。そして重臣数名。最後に……国王だ。
だが、国王はどう見ても、正気ではない。虚空を見つめてぶつぶつと何か呟くばかりである。
ついでに、重臣達もそうだ。近衛兵でさえ、槍を構えていたその様子が既におぼつかない様子であった。だからこそ、あっさりと槍を奪われ、へし折られているわけだが。
「あらぁー……ここ、空気が悪くってよ」
マリーリアは顔を顰めつつ、部屋の奥のそれを見て、状況を判断した。
部屋の奥にあったものは、香炉のようなものである。だが、そこにくべられているものは、恐らく、香の類ではない。
「……麻薬の類、よねえ、多分」