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帰還1日目:蹂躙

「一緒……だと?」

 生首が怯える。

 それを見て、マリーリアはさもおかしそうにころころと笑った。

「ええ。知ってるわ。つまり、あなた、私と同じでしょ?死霊術を自分の魂に掛けて、自分をその肉体に縛ってる」

 その程度がどうしたのか、と言わんばかりのマリーリアに、生首はまた、怯えた。

 そもそも、『私と同じ』とは一体何なのか、生首は理解できていない。マリーリアはゴーレム使いであり、人間であり……決して、ゴーレムではないはずなのだ!ついでに、死霊術師でもないはず。それくらいは分かっている生首の、精一杯の理解が『この女は恐ろしい』という、ただそれだけだったのである。

「私もそうよ。私は私の肉体を、ゴーレムとして私が使役しているの」

「ば、馬鹿な……人間の肉体を操ることができるのは、死霊術であって……」

 人体を操るのは、死霊術の特権だ。

 ゴーレム使役は、あくまでも魂の無い肉体を操るための技術。それぞれの人間の体には、それぞれの人間の魂がある。だからこそ、ゴーレム使役では人体を操ることなど不可能なのである。

 ……だが。

「いいえ?ゴーレム使役でも同じことよ。ただし、ゴーレム使役は魂が入っている体では基本的にはやらないわねえ。それは、自分以外の魂が入っているからよ。だから操れないの」

 マリーリアは笑って続けた。生首を貫いたままの槍を少々ふらふら振りつつ、『次はどこに刺そうかしらぁ』などと考えつつ……。

「……逆に、自分の魂は、唯一、なんの障壁も無しに操れるのよ。だから、私は私のゴーレムになれるっていうこと」




「馬鹿な……!そんなことをして、一体、何になる!?まさか……我が死霊術に、抵抗するためだけに……!?」

 生首は叫んだ。いよいよ、混乱と恐怖に蝕まれていく。自分はどこまで知られ、どこまで対策されていたのか、と。

 だが。

「いいえ?私、元々自分で自分をゴーレムにしていたわよぉ?それこそ、バルトリアがオーディール領にちょっかいかけてきた時にはもうとっくに、ね」

 マリーリアの答えを聞いて、いよいよ生首は混乱する。

 自分で自分をゴーレムにする者など、そうは居ない。少なくとも生首は聞いたことが無い。ついでに、マリーリア自身でさえも、他に聞いたことなど無かった。

 ……それは、いくら自分の魂が入っているとはいえ、人体というものをゴーレム使役で操ることがかなり難しいからであるが、それ以上に……『やる意味が無い』のである。

 自分の体は、自分の意思で動かせるものだ。歩こうと思えば歩ける。走ろうと思えば走れる。槍を握って、振り回して、跳んで、回って……全て、ゴーレム使役などせずとも、できることである。

 であるからして、そんなことをする意味は無いのだ。決して少なくないであろう魔力の消費を許容してまで、意味の無いことをする意味が、生首には分からない!

 だが。

「何に、って?そうねぇ……」

 マリーリアはジェードから槍を受け取ると、『じゃあ、次はこの向きから!』と、その狙い通り、寸分狂わず生首を突き刺した。

 ……完璧に、肉体を制御して。

「まあ、こういう風に、便利よね?」

 そしてマリーリアは怯え1つ見せずに、にっこりと、完璧な笑みを浮かべて見せるのだ。




 2本の槍で貫かれることになった生首を覗き込んで、マリーリアはその目を細めた。

「案外、人間は自分で自分を制御できないものなの。寒ければ竦むし、疲れれば止まるし、痛みがあれば鈍るし……そうでなくても、呼吸の1つで、脈拍の1つで、槍の穂先がブレてしまう。……だからこそ、良いものよ?自分の体が、完璧に、自分の思い通りに動くんだから」

 マリーリアは手を握って、開く。何気ない動作だ。だが、続けて『中指と小指を曲げて、伸ばすと同時に人差し指と薬指を曲げる』という動作をやってのけた。マリーリアの体は、完璧に制御されてそれを可能にする。

「反射すら押さえ込める。理性だけで動ける。これって、すごく使い勝手が良いのよ」

 生首には分からない。

『自分の体の制御』など、必要無いように思える。少なくとも、支払う代価に見合った価値があるとは思えなかった。

 だが、マリーリアは何ということもないように、続けるのだ。

「だから私、今、この状況にあっても震え1つ起こさずに済んでいるじゃない」




「……震え、だと?」

「ええ、そうよ。本当は、今にも震えだしてしまいそうなくらいに怖いわ。多分ね」

 生首には、信じられない。

 目の前で泰然自若としているマリーリアが……門を蹴り開け、都を踏み潰し、そして王の首を獲り、更にはそれを串刺しにして、それでいて顔色一つ変えないこの女が、『今にも震えだしてしまいそうなほど怖い』など!

「それでも、本能じゃなくて理性が私なのよ。案外ね?そうやって理性に従って体を制御していると、『そういうふう』に慣れていくのよ。だから、混乱していても落ち着いて行動できるようになるし、びっくりしても竦むんじゃなくて攻撃できるようになるの。自分で自分をゴーレムにするっていうのは、そういうこと」

 生首の恐怖は他所に、マリーリアは只々満足気であった。堂々として誇らしげで、動じるところが全く無いその姿は……バルトリア国王を100年近く続けてきた生首から見ても、『王』の器に見えるほどであった。

「それでその内、考え方もそうなっていくんだと思うわぁ。焦らず、いつでも落ち着いていられるようになるのよ。何年も続けていれば、そういう風になっていくの」

「何年も?そんなに長期間、自身を……?」

「ええ。……もう、随分前のこと。15の誕生日の時のことよ」

 ……15の内からそうであったというのなら、やはり……と、生首は半ば、諦観のようなものを抱き始める。

 生まれ付いた身分も、流れる血潮も、人間の優劣には関係が無いと信じているが……それでも、このように『王』たるべき者が存在するのだ、と。




「さて。お喋りが過ぎたわねぇ。そろそろ終わらせなきゃ、皆がフラクタリアで待ってるもの。ふふふ」

 マリーリアはこんな状況でもくすくす笑って、よいしょ、と地面に槍を立てていく。

 ……交差するような形で、2本。そこから少し離れて、また同様に2本。生首は『これは一体……』と怪しむが……。

「私、島にいる間にかなり火熾しが上手になったわぁー。うふふ、もうついた!」

 ……更に不審なことに、マリーリアはその場で瓦礫を積み上げて、そこに火打石らしいもので火を付け始めた。そうして出来上がった焚火は、先程立てた槍と槍の間に設置され……。

「……で、よっこいしょ、と」

 そして。

 ……生首を両側から貫いた槍が、焚火の上に掛けられたのであった!

 まるで、焚火の上で丸焼きにする肉か何かのように!




「な、何をする!?」

「何って、焼くのよぉ。死者の供養としては一番簡単で確実な方法じゃない?」

 マリーリアは生首にそう言うと、近くに居たアイアンゴーレムに『さあ、薪をもっと持ってきて!』と命じ始める。とんでもないことである!

 生首としてはたまったものではない!幾ら、魂を自ら縛り上げ、肉体を再生させるほどの魔力を有している生首であろうとも……流石に、燃やされるのはちょっと辛い!

「む、無駄だ!私は灰になっても、必ずや再生するぞ!」

 それでも生首は虚勢を張った。ついでに、自らを鼓舞し、魂までもを折られぬように、と声を張り上げる。

「そうだ……そうだ!私の魂は不滅だ!何度でも蘇り、何度でも貴様の前に……!」

「大丈夫よぉ。私、多少なら魂が混ざっていても、ゴーレムにできるの。それはもう、島で実証済みよ」

 ……だが、マリーリアのおっとりとした笑顔が、生首を黙らせた。

「あなたの灰は小分けにして、粘土に混ぜて……テラコッタゴーレムにしてあげるわぁ。それで私の支配下に居れば、まあ……散り散りになった魂くらいなら、1年か2年で消滅するでしょうから」




 ……ということで。

「じゃあ、あなた達は粘土を採ってきて。あなた達はバルトリアの死体の残党を燃やして頂戴な。まあ、操っている大本があんな状況だから、すぐ支配が外れて朽ちていくとは思うけれど、くれぐれも国外に出ないように。疫病の元になりかねないわぁ」

 マリーリアはうきうきと、生き生きと、ゴーレム達に命令していく。アイアンゴーレム達も、『出番だ!』とばかり、きびきび動き出す。

 そんなゴーレム達を見送って……マリーリアは、未だ絶叫を上げる生首が燃えていく横でにこにこしながら……。

「じゃ、私は炉を造りましょ!」

 早速、元は城壁か何かであったのだろう煉瓦の残骸を積み重ね始めるのだった!


「さあ、ジェード!あなたが首を刎ねた残りの方を持ってきて!あれも焼いて灰にしなきゃ!」

 マリーリアがどんどんと仮拵えの炉を造っていく横には、ゴーレム達が集めてきた粘土が積み上げられ、粘土を捏ねるための水が用意され……そして、ジェードがもってきた国王の首から下も無事に燃やされる運びとなり……生首はそんな光景を前に、燃やされながらも必死に抵抗しているのだった!


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― 新着の感想 ―
めっちゃ今までの主人公の行動に納得した。 ほかの作品のに比べて、ゴーレムつくってなんでも解決!って感じではなく細々と苦労してるのに。普通に貴族令嬢してた主人公が戦争で活躍して、無人島でも理性的な行動で…
[一言] 帰還一日目でやりたい放題である
[良い点] おおなるほど、びっくりしたら殴っちゃうのはゴーレムだからなんですね!
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