帰還1日目:突入
そうして島ゴーレムは海を進み、フラクタリア沿岸へ到着した。
……騎士達には、『フラクタリアに降ろしたところで、一度武装を整えましょう。全員の武装が整ったら、そこで皆をちょっと頑丈にしたり、ちょっと動きやすいようにしたりするわね』と説明した。何せ、彼らに鎧を着てもらわないことには、鎧をゴーレム化できないので。
マリーリアの記憶では、これから向かう海岸近辺には1つ、砦がある。そこに寄れば、全員分の鎧は間に合わせでもなんとかなるだろう。元々、海賊とはいえ鎧を身に付けている者も居たので、そこまで数は必要ないはずだ。
そうして着岸から四半刻もすれば、全員が鎧を着こんで整列することになった。流石の早さである。
……それと同時に、砦からは『マリーリア様!?マリーリア様がいらっしゃるだって!?』と騒ぐ者達がわらわらと出てきていたので、マリーリアはそんな彼らににっこりと笑って手を振っておいた。
「皆。これから皆は、王都へ向かって頂戴。そこで、守りを固めて。民を……皆を、私達の国を、守ってね」
マリーリアが騎士達に向けて話し始めれば、騎士達は感極まったように表情に力を込めて敬礼した。マリーリアはそれにおっとりと敬礼を返す。
「じゃあ……ちょっと、力を貸すわ。どうか皆、無事で」
それから鎧を着こんだ騎士達に向けて、ゴーレム使役の魔法を使う。
鎧を次々とゴーレムに変えていくのだが……以前行った時よりもずっと簡単なように感じられた。
やはり、マリーリアはあの無人島生活において、自身を大きく成長させたらしい。今身に付けている魔石の効果もあるのだろうが……とにかく、マリーリアはほぼ負担なしに、彼らの鎧をゴーレムへと変えた。
「おお……!鎧が軽くなったかのようだ!」
「力が湧き出てくるような……これぞ、マリーリア様のお力!」
騎士達が歓喜の声を上げる度、野次馬達が期待と希望の囁きをひそひそと交し合う。……いよいよバルトリアに滅ぼされるか、と覚悟していた人々の表情に、希望の光が戻ってきたのである!
「じゃあ、私は行くわ」
人々を見渡しながら、マリーリアは島ゴーレムを操り、その手を地面につけさせ、そこへ『よいしょ』と上った。
「バルトリアは任せて頂戴。あなた達は、フラクタリアをお願いね」
島ゴーレムの腕を動かせば、マリーリアはすぐ、地上から離れた。島ゴーレムの足元で、『マリーリア様!』『マリーリア様、どうか、ご武運を!』と叫ぶ人々に手を振って、そして、マリーリアは島ゴーレムの肩の上に収まった。
……そうして、人々の歓声を受けながら、島ゴーレムが歩き出す。
ずしん、ずしん、と進み、そして、ある程度深い海まで進んだら、後はしずしずと、すり足で進んでいく。
すりすり、と島ゴーレムが進んでいく間もずっと、海岸からは歓声が聞こえていた。ついでに……祈りの言葉や、聞き覚えの無い聖歌も。
「……私のための聖歌ができてるわぁー。やだぁー……」
マリーリアは一人、ぽそ、と呟いて、むにゅ、と眉根を寄せる。それは、困惑こそ混じっているものの、不快故ではなく……。
「……なんだか、照れちゃうわねえ。うふふ」
……照れちゃうから、なのであった!
フラクタリア沿岸を離れて少し。マリーリアは、前方に見覚えのある旗印の船を見つけた。
「あら。バルトリアの船ね。大方、後発隊、っていうところかしらぁ」
どうやら、それらはバルトリアの船であるらしい。マリーリアが先程沈めてきた数隻の後から出航したところを見ると、大方、補給のための船なのだろうと思われた。
「補給船だったら、欲しいわねえ。うーん……」
船に積み荷があるなら、折角のことだし貰ってしまいたい。マリーリアはそう考える。考え方が強盗か蛮族のそれなのだが、窘める者など居やしない。
「島ゴーレムが動いて沈めちゃうと、積み荷も沈んじゃうから……しょうがないわねえ」
マリーリアは少し考えてから、にっこり笑って……アイアンゴーレム達に向き直った。
「あの船、上陸させるから皆で襲って頂戴な」
マリーリアの背後で整列している彼らアイアンゴーレム……合計300体。それらが揃って頷き、手にした武器を掲げて見せるのであった!
それから数分後。
「よーし。拾うわよ。皆、よろしくね」
マリーリアは島ゴーレムを動かして、よいしょ、と、バルトリアの船を掴み上げた。
……当然ながら、バルトリアの船からは混乱の叫びが聞こえてくる。ということは、ゾンビだけの船ではないようだ。まあ、死霊術で操っている者達が乗っていたとしても、指示や細かな調整などを考えればそれだけで済む訳が無いので、生きた人間も乗っているのだろう。
「さ。皆、乗り込んで叩いちゃって!」
……そして、掴み上げた船は島ゴーレムの肩の上に下ろされ、そこへ、アイアンゴーレム達が襲い掛かっていくのであった!
決着はあまりにもすぐについた。
それはそうである。鋼鉄の兵士達がぞろぞろわらわら、100も200も乗り込んできたら、生身の人間達にどうこうすることなどできない。
船の高さなどまるで問題にならなかった。アイアンゴーレムがアイアンゴーレムを肩車し、更にそこをアイアンゴーレムが上り……とやっていけば、あっという間に階段が出来上がって、船の中へわらわらとアイアンゴーレムが乗り込むのに十分であったのだから。
マリーリアは島ゴーレムの肩の上、『ああ、やってるわね。うふふ』と船の様子を遠巻きに眺めつつにこにこと微笑んだ。
……時折、アイアンゴーレム達によってぶん投げられた死体が落ちてきては、船の外で待機していたアイアンゴーレム達によって念入りにとどめを刺され、そして島ゴーレムによって海へと棄てられた。死体の処理も簡単である。何せここは海の上!
「あら。死体が無くなったのね。うふふ、中々いいお荷物積んでたみたい」
そうして死体の処理が終わると、今度は船に積み込まれていた荷物が次々と運び出されてくる。箱の内の1つにオレンジがたっぷりと詰まっているのを見たマリーリアは、『あらぁー、もしかして私が島に居た頃に流れ着いてきたオレンジの木箱って、バルトリアの貨物だったのかしらぁ』と笑いながら、早速、オレンジを1つ取って食べることにした。
「うん!おいしーい!」
爽やかで瑞々しいオレンジの果汁は、少々疲れたマリーリアの体に染み渡っていった。甘みより酸味が勝るような味であったが、それも気分転換には悪くない。
マリーリアが1つ目のオレンジを食べている間にジェードがもう1つの皮を剥いておいてくれたので、更にもう1つ食べる。……やはり美味しいので、マリーリアは幸せな気分になった!美味しいものは人間を幸せにするのである!
さて。
マリーリアはそれから更に積み荷を確認していき、幾らかの食糧を手に入れて食事とすることにした。
ハムの塊を薄く切り、チーズの塊を薄く切り、硬めに焼かれたパンもまた薄く切ってバターを塗って……ついでに野草を足して、挟む。
「あー、パンなんて久しぶりに食べるわぁー。うふふ」
……ということで、マリーリアは久しぶりにこんなものを食べた。
今まで、麦といえば麦粥だった。それをパンの形で食べてみると、ようやく『ああ、私、随分遠いところまで来たわぁ』という気分になってくる。
「午後も頑張りましょ」
……遅めの昼食を摂りながら、マリーリアはのんびりと、バルトリアの方を見据えた。
今日、あの国は滅ぶ。他ならぬマリーリア自身の手で、必ずや、あの国を滅ぼしてやるのだ!
バルトリア本土へ上陸するまでに、少々の戦闘を挟んだ。
最初は、船が三隻ほど。これは、フラクタリアに追加の人員を運ぶものであったらしい。全て潰して沈めた。
続いて、クラーケン。……たまたま、海に居る魔物が襲い掛かってきたので、捕まえて捻り潰しておいた。海がより安全になった!
そして……。
「あらぁ。ようやく、こっちに気づいたのかしらぁ」
マリーリアが島ゴーレムの上から見据える先……バルトリア沿岸には、船が十隻ほど並んでいるようだ。シリルから貰ってきた望遠鏡を覗き込んだマリーリアは、『人が慌てふためいてるわねえ』と確認する。
どうやら、バルトリアへ迫る巨人の姿を見て、敵襲と判断したらしい。その通りである。
だからこそ、海岸沿いを兵士で固め、船にも兵士を積んで出航させ、時間稼ぎをしたいのだろうが……。
「まあ、大して意味もないわよねえ……」
マリーリアはぼやきつつ、どんどんと島ゴーレムの歩みを進めていく。止まる気はない。止まる気が無いのがバルトリアの沿岸に構える者達にも分かったのだろう。逃げ出す者や、逃げる者を叱咤する者、特に何も考えていなさそうな者などがわたわたと動き回っており……。
「何せ、こっちはこの大きさなんだもの」
……そして、そんな彼らが動き回る海岸に、島ゴーレムが足を踏み出すのだ。
しずしずと、それでいて全く遠慮なく、島ゴーレムが行く。
島ゴーレムが通っただけで、バルトリアの兵士達は容易く死んだ。まあ、死んだとしてもすぐ死霊術によって生き返るのだが……それもまた、混乱の一要因となっているようだった。
「うーん、様子を見る限り、末端の兵士は死霊術のことを知らないか、単に死霊術の効果範囲を知らないか……どちらにせよ、『自分達は死んだら死霊術で蘇る』とは聞いていなかったみたいねえ」
……生きている兵士達は、逃げ惑っていた。既に死んでいるものについては、島ゴーレムの脚からよじ登ろうとしてくるのだが……島ゴーレムの大きさは伊達ではない。到底、登って登れるものではないのだ。
ということで、島ゴーレムの脚を少々登っては力尽きて落ちていく死霊の兵士達が地上で潰れていよいよ動かなくなるのだが、その異様な様子に、生きている兵士やこのあたりに住んでいるのであろう民らが悲鳴を上げている。
「まあ、バルトリアは自国内に敵を侵入させたこと、ほとんど無かったものねえ。知る機会も無かった、っていうことかしらぁ」
マリーリアはそんな分析を進めながら島ゴーレムを動かし続ける。島ゴーレムは迷わず歩く。人々が立ちはだかろうとも全く問題にならない。全て蹴散らして、或いは踏み潰して進めばよいのだから。
「さ。そろそろ見えてきたわよ。念願のバルトリア城だわぁー。うふふふ」
……そうして人々を踏み越えて行く島ゴーレムの肩の上からは、バルトリアの城……バルトリアの王がそこに居るという城塞が、見えてきたのであった。
野を越え山を越え、人を踏んで川を潰し、そうしていよいよ、城と、その裾へ広がる王都へと迫る。
すると。
「撃てーっ!」
声が聞こえた。……そして。
「あらぁ」
どす、どす、と、島ゴーレムの脚に矢が突き刺さる。
更に、矢は雨のように降り注ぎ、島ゴーレムの太腿へ、腹へと刺さる。どうやら、城の兵士達が一斉に矢を射かけてきているらしい。王都を守る防壁の覗き窓から、物見櫓の上から、あちこちから矢が降り注ぐ。
……だが。
「ええっと……全然届いてないわよぉ……?」
矢は、マリーリアへ届いていない。あくまでも、島ゴーレムの脚を狙っている様子である。……というよりは、それ以上の高さを狙えないのだ!島ゴーレムが大きすぎて!そして、距離が、近すぎて!
「私に刺さるようなら考えるけど……その心配も無さそうねぇ」
大量の矢を適当に払いつつ、また一歩、島ゴーレムはバルトリアの城に近付いた。
そして……。
「……ご挨拶がてら、とりあえず、門は蹴って開けましょ。ごめんくださいなー」
にっこり笑って島ゴーレムを操ると……バルトリア王都を守る門が、その周辺の塀と共に、全て吹き飛んだのであった!




