島流し5日目:雨*1
雨が降りそう。
風上の方、遠くの空に暗い雲が立ち込めているのを見てそう察知したマリーリアは……慌てた!
「あ、あらららららら!?困るわ!困るわ!マッドゴーレムは雨で溶けちゃうのよ!?それに、あああ、造りかけの炉ぉ!あと土器!」
あわわわわわ、とわたわたして……だが、5秒くらいで立ち直った。早い。
「土器は屋根の下に入れて……ええと、通り雨くらいなら、炉は持ち堪えてくれるわよね。昨日まで、しっかり乾かしておいたし……。まあできるかぎりの雨除けに、葉っぱとか乗せときましょ……」
わたわたわた、と慌てながらも迅速に動き出す。
雨に降られて最も影響を受ける設備や道具は、乾燥中の土器と炉だろう。
まだ焼いていない粘土は、水で溶けてしまう。そうなっては折角成形して、乾燥させていた甲斐が無い!
「土器は屋根の下に取り込んで……マッドゴーレムは……うん、まあ、しょうがないわね。できるだけ固まって泥に戻ってもらえるようにしておかなきゃ。集合、集合……あ、マッドゴーレムって号令に反応する能力は無いんだったわ。ええと、命令を書き換えに行かなきゃ……」
ついでに、マッドゴーレムについてもそうである。
……そう。マッドゴーレムは、作ることこそ簡単だが、保たせるのはものすごく、難しいのである。
ぶつかったり、自重で次第に変形してしまったり、といった破損もままあるが、それ以上に……水に弱いのだ!
雨が降ったら形が崩れる。そして形が崩れたら、刻んだ命令が潰れて破損する。そうなったらもうそれはゴーレムではなく、単なる泥の塊になってしまうのである。
だがまあ、仕方がない。マッドゴーレムとは、そういうものである。マリーリアはそう割り切って、マッドゴーレムを全て一か所に集めて、そこで単なる泥の塊になってもらっておいた。これならば、雨に降られても全て溶けて消えてしまうことはあるまい。ゴーレム1体、2体分であったとしても泥が残っていればまあ、それでよしとする。
「あとは……うん、そうね。屋根をできる限り増設しましょ」
そして……何より大切なのが、マリーリア自身。
「私が濡れたら私が風邪ひいちゃうわぁ……大変、大変……」
この無人島生活。栄養と睡眠と体温保持がとてつもなく大切である。つまり……マリーリア自身を濡らすわけにはいかないのだ!
ということで、マリーリアはものすごい勢いで動き出した。
まずは、前回、屋根の片面を完成させた時に使った草の束の残りを使って屋根を葺いた。
その後、改めて必要な草の量の見当を付けて、草を刈りにいく。
草を刈っては束ね、刈っては束ね、なんとか3、4時間ほどでわっさりと草の束を作ることができた。そしてそれを、屋根のもう片面……未完成の骨組みの上に、どんどんとしばりつけていく。
葺く順番は、下から。……屋根としてできていてほしいのは上の方なのでやきもきするが、それでもちゃんと、下から順番に草の束を括り付けて屋根を葺いていった。
「……間に合うかしら、これ」
まあ、間に合わなかったらその時はその時である。一応、屋根は片面だけとはいえ、ある。風がそう強くなければ、これでも雨は凌げるだろう。
マリーリアはせかせかと手を動かして、朝食も昼食も放り出し、頑張って屋根材を集めては屋根を葺き続けたのだった。
……そうして、昼を過ぎた頃。
「な、なんとか完成……したけれど、雨漏りしないかしらぁ……」
マリーリアはなんとか、屋根を完成させることができたのだった!雨漏りは心配だが、それを今心配しても仕方がない。マリーリアは『どうかなんとかなりますように!』と祈りつつ……。
「ま、駄目だったらその時ね。ささ、雨が本当に来ちゃった時のために、お水くらいは汲んで沸かしておきましょ」
心配はさっさと投げ捨てて、雨の巣ごもりの準備を始めるのだった。
水を汲んできて、火にかける。
ゴーレムを泥の塊に戻してしまったので、残念ながら焚火は消えていた。が、熾火が残っていたのでそこに麻くずや枯草を乗せて吹きに吹き、なんとか焚火を生き返らせて使った。……雨が上がったら、また火熾しから出発である。先が思いやられる!
ついでに焚火の傍に、葉にくるんだマンイーターの根をいくつか転がしておいて……さて。
「じゃあ、雨の間の暇つぶし……ふふふ、籠でも編みましょ」
マリーリアは雨が降るぎりぎりまで森を走り回って、木の蔓を集めて回ることにした。材料さえあれば、やるべきことは多い。籠を編む仕事は中々楽しいので、マリーリアはにこにこしながら蔓をたっぷりと集め終えた。
そうして蔓を一通り集め終わった頃。
「あ」
ぽつり、と、マリーリアの頬に水が当たる。
見上げれば、ぽつ、ぽつ、と空から降ってくる雨粒がいくらか見える。
「いけないいけない。急がなきゃ」
マリーリアは走って拠点へ戻ると、もそもそ、と屋根の下へ潜り込む。
屋根の下は、一番高いところでもマリーリアの頭がつかえる高さだ。あまり高くして屋根を葺きにくくしては効率が落ちると判断して、小さめに作ったわけだが……。
「……狭くて落ち着くわねえ」
まあ、中で座ってしまえば問題ない。後は、荷物の木箱や乾燥中の土器、そしてマリーリア自身が雨に濡れなければそれでいい。
マリーリアが鍋とマンイーターの根を屋根の下に取り込んで少ししたら、もう、雨は『ぽつぽつ』ではなく『しとしと』になっていた。
「あらぁ……結構降るわね」
然程、強い雨ではない。これならば屋根が吹き飛ばされたり、屋根の中が浸水したりすることは無いだろう。多分。
……屋根の下から覗く雨の森は、美しい。
しとしとと降り注ぐ雨は雲を通した柔らかな光に煌めいて、ぼんやりと白く、或いは銀に光って見える。
そんな雨のヴェールに覆われた森は何もかもが白っぽくぼやけて、幻想的でさえあった。
「雨の音っていいわよねえ」
マリーリアは雨音を楽しみながら、昼食時を過ぎてようやくマンイーターの根の蒸し焼きを食べ始める。やはりでんぷん質は美味しい!でんぷん!
食事を腹に納めたら、後はのんびりと雨が止むのを待ちながら籠を編む。
罠を増やしてもいいし、泥や粘土を運ぶための籠がもう1つあってもいい。そう遠くなく、テラコッタゴーレムができるはず。となると、ゴーレムが背負う籠も必要になる。それから、ザルが欲しい。マンイーターの蕾を薄く切って干して、保存食にしておきたいのだ。
そんなことを考えながら籠を編み、ついでに『あっ、これでハンモックを編めばいいんじゃないかしら!』と思いついて大きな網のようなものも作り始める。
ハンモックを使うなら、晴れた日の屋外、木の間に限られる。だがそれでも地面で寝るよりはいい気がする。
或いは、ハンモック……というより網だけ作ってあれば、それを木材で作ったフレームに張って、簡易的なベッドにすることもできるだろう。
マリーリアは『ベッド!楽しみ!』とにこにこしながら自分の体が収まるくらいの網も編み始めるのだった。
……結局、夕方になっても雨は降り止まなかった。マリーリアは水を飲み、マンイーターの根の蒸し焼きを食べて、また籠や網を編んで……そしてあたりが暗くなって何も見えなくなったところで、諦めて眠った。
明日は晴れているといいわねえ、と思いつつ、雨音を子守歌に眠るのは、然程悪い気分ではなかった。
……そうして、翌朝。
「あっ、晴れたわ!よかったぁー」
朝陽と共に起きて屋根の下から這い出せば、雨上がりの森の風景があった。
朝の木漏れ日は優しく、雨に濡れた森をきらきらと煌めかせていた。更に時折、木々から落ちる雫が朝陽に照らされて、キラリと光る。
中々に美しい風景に心を躍らせつつ、マリーリアは『下草を焼いておいてよかったわぁー』とにこにこした。……雨上がりの草原を歩いたら、それだけで服の裾がびしょびしょになるだろう。やはり、ここら一帯を焼いておいてよかった。
それからマリーリアは、昨夜の内に外に出しておいた鍋に溜まった雨水を飲み、それからいつもの小さな滝へ、今日の分の水を汲みに行く。
「あら、水が濁っているわね。うーん、成程」
が、汲み上げた水は、雨に流された泥が流れ込んだ影響か、濁っていた。見れば、川は水が増え、少しばかり水嵩が増している。
「しょうがないわねえ……水汲みはお昼過ぎにすることにして、池の様子を見に行きましょ」
この分だと、池の様子も変わっているだろうか。折角なら、魚が沢山罠にかかってくれていると嬉しいのだが。マリーリアは存分に期待しつつ、池へと向かう。
川べりの石の上を歩きながら行けば、すぐに池へと到着する。……そして。
「あら、中々の大物ねぇ」
逆さまにした罠からは、のぺ、と、大きなナマズが出てきたのであった!
ナマズが入った籠をよいしょよいしょと運びつつも、マリーリアは上機嫌である。何せ、ナマズだ。美味しい白身のお魚だ。今日の食事はコレである。
「でも折角なら臭み消しのハーブが欲しいわねえ。海水で味付けするにしても……うーん」
が、やはり少々気になるのは、淡水魚特有の泥臭さだ。
これからある程度は泥抜きするつもりだが、それにも限界はある。折角なら、ただ焼く、ただ煮るのではなく、もう少しばかり凝りたいが……。
「……折角だし、ちょっと海岸の方を探してきましょう。ローズマリーがあったような気がするし……」
ということで、マリーリアは海岸へ向かうことにした。海岸近くに自生する植物目当てであり……同時に。
「それに、昨日は雨が降って少し海が荒れたでしょうから、何か流れ着いているかもしれないし」
漂着物に、少々の期待が持てるからである!