島流し491日目:帰るために*3
島流し491日目。
「ということで、明後日、早速だけれど島をゴーレムにしてみるわぁー」
マリーリアは、ジェードや近衛ゴーレム達に向かって、そう宣言した。
マリーリアは、できる限り早く帰還したい。騎士達には『3年くらい待っててね』と言ったが、3年も待たせていては、フラクタリア王国が滅んでいるかもしれない!
マリーリアを島流しにするような国だが、祖国は祖国である。祖国のさまざまなものがマリーリアを愛してくれたし、マリーリアも祖国を愛している。祖国に住まう多くの仲間達も、祖国ごと、みんなみんな、愛している。
だからマリーリアは急ぎたい。マリーリアを殺そうとした相手……バルトリアに居るのであろう死霊術師がフラクタリアを滅ぼす前に国へ帰り……国を、救わねばならないのだ!
……だが。
「ああ、勿論、そのまますぐ帰還、っていうつもりは無いのよ。ただ、『動かせるか』だけ確認したいの。予想では、動かそうとして動かない、っていう程度で終わると思うわぁ。ただ、その時の感覚で、何がどのくらい足りないのかが分かるでしょう?」
当然ながら、帰りたいと思ったら帰れる、ということは無い。この島をゴーレムにするには、まだまだ準備が必要だろう。魔石の埋蔵量にもよるが、今のままでは、到底、島をゴーレムにするなど不可能なはず。
……だからこそ、現状を把握しておきたい。
今の自分がどの地点に居て、どの程度、何を行えば帰還できるのか。それを把握せずして、早期帰還は難しいのだ!
とはいえ、成否以前に、巨大ゴーレムを動かそうとすること自体、危険といえば危険である。少なくとも、マリーリアにかかる負荷は相当なものとなる。だからこそ、今の今まで、これをやろうとしなかったのだ。
……ついでに、今の状態でも、少々の無理であることには変わりがない。だが、気が急くのはどうしようもないし、情報が多い方が、より早く終点へ辿り着けるというものだ。多少の無理はしてやるつもりのマリーリアである!
「ということで、ジェードと近衛4体、それにワイバーンに乗るおチビ達以外の全てのゴーレムを一度停止させるわぁ。明後日の夜までに、全員をここに集めて頂戴な」
早速、小さなアイアンゴーレム達にそう伝えると、彼らはワイバーンの背に乗って飛んでいった。……島の端から中央部までは、まあ、丸1日あれば辿り着く距離である。今途中の作業を切り上げるまでに1日かかるとして、明後日の夜には全員集合できるだろう。
「えーと、夜の作業になるから、私は島の全部を目視できないと思うのよね。というか、その余裕もないと思うわぁ。だから、様子の記録はおチビちゃん達、お願いするわね」
マリーリアは、早速記録係を小さなゴーレム達に頼む。
島を動かそうとして動くとは思っていないが、万一動いてしまった時のため、実行は夜とする。もし、島の外からこの島を観察している者が居たとしても、夜の間に少し動いたくらいなら気づかれないだろう。マリーリアの脱出は、実行の時まで島外に知られない方がいい。バルトリアを警戒してのことである。
……また、ワイバーンはマリーリアの魔力関係なしに動くので、動かせるだけ動かしたいところだ。お得!
「それで、近衛とジェードは……私が倒れた後のお世話をお願い」
続いて、マリーリアは近衛ゴーレム4体とジェードにそう頼む。
……島を動かす、となると、多少形が整い、多少魔石が埋蔵された島であっても、マリーリアの魔力を極限まで消耗することになるだろう。それでいて、成功するとは限らない。
ということで……恐らく、この実験を行うと、マリーリアは倒れる!倒れなかったとしても、動けない状態にはなりそうである!ならば、事前に面倒を掛ける旨を伝えておくに限る!
……マリーリアに『倒れた後の世話』を頼まれたゴーレム達は、誇りをもって頷いてくれた。まあ、風邪の時に世話してくれた実績のあるゴーレム達なので、大丈夫だろう。
……ということで、島流し493日目の夜。
いよいよ、島の稼働実験が行われることになった。
「じゃあ、皆。1日か2日、起動できないと思うけれど……一旦、眠っていて頂戴ね」
廃墟の中央広場(元々は死霊術魔法が行われていた場所だが更地になった)に集まったゴーレム達に挨拶をしてから、マリーリアは彼らを停止させる。
魔力の繋がりを切っていけば、『ああー、随分と体が軽いわぁ』と実感できる。……マリーリアにとっては、アイアンゴーレムを1体動かすことは何の造作もないことである。10体くらいなら、負荷などほぼ感じない。
だが……100や200を超え、300に達するかというほどのゴーレムを一斉に起動させ続けているとなると、やはり、それなりに魔力を消費するものなのである。マリーリアはそれを今、ようやく実感した。
「ええと、じゃあ、おチビちゃん達はもう、空へお願い。近衛達とジェードは、傍に居てね」
ワイバーンの背に乗って小さなアイアンゴーレム達が飛び立って行くのを見送ってから、マリーリアはそっと、地面の縦穴にそれを放り込んだ。
「核はこれでよし、と」
上に土をかぶせてきっちり埋めたそれは、マリーリアの髪である。
この島に来た当初、無人島暮らしでは邪魔になるから、と切った髪を保存しておいたものだが……マリーリアの一部を島に埋めることによって、この島にマリーリアの魂の欠片を馴染ませるのだ。そうして、この島をマリーリアの手の先、指の先と同じように操るのである。
「じゃ、いくわよー」
マリーリアはのんびりと声を上げると、集中し始めた。
……この島を、ゴーレムとし、真の意味で自分のものとするため。
まず、ゴーレムの形をはっきりと思い描く。
これはまあ、大まかには、できる。四方八方から描かれた島の様子を、既に確認しているのだ。この島がどのような形で……つまり、『どういう形の、どういう姿勢のゴーレムか』は、もう分かっている。
続いて、ゴーレムの体にマリーリアの魔力を流して、魂の代替にしていくのだが……これが難しい。
「……あらぁー、すっごいわ、これ。不純物だらけだものねえ……。やだぁー」
当然のように、マリーリアの魔力が上手く働かない。それは、この島に数多の魂が在るからだ。魂がある上に魂を作ろうとしているのだから、当然、反発されもする。
これが、微生物の魂くらいなら、ねじ伏せてやるのだが……それなりに大型の魔物の、となると、厄介なのである。
「……東の方にマンイーターの気配があるわぁー。潰し損ねた群生地があるみたいね。後で潰しましょ。ああ、西の方にもちょこっとだけ。でもこっちはそれ以上に……何かしらぁ、これ。蜂?蜂かしらぁ?……こっちも潰さなきゃ。あと北の方、もうちょっと形が……南は大丈夫。元々の拠点があった方だものねえ」
だが、ゴーレムを動かそうとするマリーリアには、障害となるものが悉く、見えている。
遠く離れた位置の魔物の存在を感じ取れるし、地形の整備の甘い箇所も感じ取れるのだ。
「ああ、魔石だわぁ、これ!……うん、うん。魔石のところにまで支配が及ぶと、一気に楽になるわぁー。えーと、じゃあ次は……また、魔力が濃い方に向かって支配を伸ばしていけばいいかしらぁ」
マリーリアは、地中の魔石の存在も感じ取りつつ、島をゴーレムとして取り込んでいく。
この島は、マリーリアのものだ。
マリーリアが支配し、使役するものだ。
この島は、ゴーレムなのである。
……そう、強く強く思い込むようにして、マリーリアは島の支配を進めていく。
そうして。
「あ」
ふっ、と、体の力が抜ける感覚の直後、マリーリアは倒れ、ジェードに支えられていた。
一瞬、意識が途絶えていただろうか。否、それが一瞬だったのかどうかも、よく分からないが。
「ああ、大丈夫よ。ちょっと急に魔力を消耗したものだから……立ち眩みみたいなものよ」
マリーリアはジェードを見上げて微笑みかける。未だ、視界は揺れていたが、それでもまあ、立てない程ではないだろう。マリーリアは『下ろして頂戴な』とジェードに言って、しかしジェードが渋るので、どうしたものか、と考え……。
「……あらぁ」
……そこでようやく、マリーリアは理解した。
何故、ジェードがマリーリアを下ろしたがらなかったのか。それは……地面が、揺れるからである。
「ちょっとは、動く、のねえ……」
……マリーリアの視界の中、もそ、と島が動いたのである。
「ジェード、ありがとう。下ろされてたらまた倒れてたわぁー」
しっかり踏ん張ったジェードに支えられながら、マリーリアはくすくす笑う。笑いたくもなるというものである。
これは確かに、ジェードが下ろしたがらなかった訳だ。揺れは随分と大きかった!
あくまでも、座った巨人が、ちょっぴり身じろぎしただけの、そんな動き方でしか島は動いていない。だが……その島の上に乗っている者達にとっては、『ちょっぴり』どころではなかった!
地面がぐわんと大きく揺れて、近衛ゴーレム達がわたわたと慌てる。遠くでは、ぎゃあぎゃあ、とワイバーン達が騒いでいた。そして、ジェードの腕の中、マリーリアはそれでも揺れを大きく感じながら、しっかりと地面に立つジェードに『この子、本当に優秀ねえ』とにこにこするばかりである。
「……夜の間にやって、よかったわぁー。うふふ」
まさか、島をゴーレムにできるとは思わなかった。だが、それでも念のため夜に実施しておいてよかった!マリーリアは心の底からそう思い、安堵のため息を吐き出す。
そして、安堵した後にじわじわと湧き出てくるのは……当然、喜びだ。
「うふふ。うーれしーい!」
マリーリアはジェードの腕の中で、きゃらきゃらと笑い声をあげた。
……何せ、島が動いたのだ。
未だ、成形は足りない部分があり、排除できるであろう魂もまだまだ残っており、更には地中に残る魔石同士の繋ぎ合わせ方も、ゴーレムとしての動かし方の癖も、全てが分からない状況である。
だが、それでも島は動いたのである。動かし続けることはできなかったが、それでも、ゴーレムとして起動しかけたのである!これを快挙と言わずして、何を快挙と言えばいいのだろう!
「もしかして私、この島に来てから魔法が上達したのかも。思ってたよりずっと上出来だったもの。自分の評価を少し、上方修正しなきゃいけないかもしれないわぁー」
マリーリアはひたすら上機嫌だ。一気に魔力を使ったことによって、体調こそ良くないが、気分は最高にいい。
「或いは……この島で過ごしてきたことに、意味があった、ってことかも」
……予想以上の成果が出た理由は、分からない。
マリーリアのゴーレム使役がこの島生活で研ぎ澄まされたからかもしれないし、マリーリアが1年半弱、この島で生活したことで、この島がマリーリアの魂に馴染んだのかもしれない。
「どっちにしても、うーれしーい!うふふふ!」
まあ、どっちでもいい。どうであれ、マリーリアがこの島に島流しになった意味があったと思える。
今までの成果が目に見える形で現れたこと。それは、とてもとても嬉しいことなのだ!
「明日からはもうちょっと削ったり潰したりして整えて……うん。そうすれば、次はいけそう」
ジェードに運ばれてベッドへ向かいながら、マリーリアはくすくす笑う。
「やっと、帰れそうだわぁー」




