島流し328日目:開拓*3
「油断したわねえ……」
マリーリアがため息を吐きつつベッドに横たわる傍らではジェードが控えている。
「うーん、本当に、何やってるのかしらぁ……。自分の体がこの島で一番重要な資本だって、分かってたはずなのに」
マリーリアはジェードに話すでもなく、ただ自分が確認するために言葉を発し、そして、ころ、と寝返りを打って横を向いた。
……風邪の症状は、そこまで重くない、はずだ。ただ、頭痛が酷く、のどに痛みがあり、体の節々が酷く痛み、全身に力が入らないような……要は、発熱しているのだな、という状態であった。
恐らく、寝て、栄養のあるものを食べて、また寝ていれば治る。マリーリアはそう踏んでいるが……。
「……ジェード。その、あんまりおろおろしなくっていいのよ?」
おろおろおろ。おろおろおろ。
……ジェードは、おろおろしていた!
尚、このおろおろはジェードだけではない。家の外では、アイアンゴーレム達が揃って、おろおろ、そわそわ、と動き回っているのである!
元々、彼らはマリーリアの護衛と周辺の整地を担当していたゴーレムである。つまり、マリーリアと一緒に動いていたゴーレム達なので……マリーリアが寝込んでしまった今、やることが無くて余計におろおろしているのだろう。
マリーリアは、『あんまりおろおろさせたんじゃかわいそうだし、指示を出してあげた方がいいわねえ……』と考えるのだが、熱っぽい頭では、今一つ何を命じればいいのか判断がつかない。
「えーと……そう、ねえ……」
結局、マリーリアは碌に回らない頭で考えて……命じることにした。
「何か甘いもの、食べたいわぁー……」
……そう言った途端、ガショガショガショ、とゴーレム達が家の外で動き出すのが分かった。ジェードは家の中に残ることにしたらしく、マリーリアの世話をすべく、湯冷ましを作り始めたり、衣類の洗濯を始めたり、と動き出す。
命じられた途端に生き生きとするゴーレム達が、どことなく可愛らしい。マリーリアは彼らの姿になんだか元気になってきたような気分で、くすくす笑う。
「……うん。今日は一日、ゆーっくりする日にしましょ。折角の風邪だもの。楽しまなきゃ勿体ないものねえ」
ということで、マリーリアはゴーレム達のおかげで、余裕を取り戻したのであった!
ゴーレム達は非常に仕事が早い。
マリーリアの『甘いものが食べたい』にも即座に対応した。その結果、今、マリーリアの手元には蜂蜜をお湯割りにしたもののカップがある。
「……この近くにもミツバチの巣、あったのねぇ」
マリーリアは『すごいわぁー』とゴーレム達を褒め称えつつ、早速、蜂蜜のお湯割りを味わう。熱っぽい体ではあるが、温かく甘い飲み物は嬉しかった。
ゴーレム達が『折角なので』とばかり、採ってきた蜂蜜の保存や蜜蝋の精製を行っている横で、マリーリアはベッドの上、のんびりしていた。
そうしている内に、うとうと、としてきて、そのまま寝入ってしまう。体調が悪い時には眠るのが一番だ。マリーリアはそう分かっているので、特に抵抗もせずに寝た。さっさと眠ってさっさと治すのがマリーリアの仕事であることに変わりはない。ただし、それを楽しむこともまた、マリーリアの権利だが。
……そうしてマリーリアが眠って起きると、ふわり、と良い香りがした。
ふと見れば、炉端でゴーレム達がわたわたと動き回り、なにかやっている。
何かしらぁ、と、マリーリアがベッドから下りて確認しに行くと、慌ててやってきたジェードがマリーリアをひょいと抱き上げて、そっと、ベッドへ戻した。戻されちゃったので仕方がない。マリーリアは大人しく、ベッドで待つことにする。
……そうして待っていると、やがて、椀に入った麦粥が運ばれてきた。
「あら、美味しそう!」
春の野草に、柔らかく煮戻した肉に……と、具が入ってそれらがよく煮込まれている麦粥だ。おいしそうな香りはこれが原因であったらしい。
マリーリアはゴーレム達を褒め称えつつ、早速、出来上がったそれを食べることにした。
「……うん、おいしい!」
マリーリアが匙と椀を手ににっこり笑うと、ゴーレム達は少々喜んでいるような、そんな様子を見せた。自我がある訳ではないはずなのだが、まあ、こういう具合に動くので、彼らは中々かわいいのである。
マリーリアが食事を摂っている間に、ゴーレム達はいそいそとまた何か準備を始め……そして。
「……浴槽、あったのねえ」
マリーリアが食事を終える頃。ゴーレム達は、風呂を用意していた!
どうやら、廃墟の町のどこかに浴槽があったらしい。それを運んできたようだ。
「青銅製の浴槽……豪華ねえ」
鉄ならば錆びて朽ちていたであろうところだが、青銅でできていたおかげで、水漏れも無く使えるようだ。新たに磨き上げたらしいその浴槽の中、ゴーレム達が沸かしてくれた湯に浸かって体を温めれば、なんとも心地よい。
「ふふふ。なんだか贅沢なかんじねえ」
浴槽の中には、春の花が浮かべられている。香りの良いそれが水面で揺れるのを指先でつつきつつ、マリーリアはくすくす笑う。
……何ともよくできたゴーレム達である!
体力を消耗しないように、入浴はさっさと切り上げた。マリーリアが入浴している間にゴーレムが寝床を整えてくれていたようで、マリーリアは、新しいリネンが敷かれて湿っぽさが消えてさらりとした寝床へ戻ることになる。
「あらぁー……至れり尽くせりだわぁー……」
マリーリアは『なんてこと』と目を円くしながらベッドに横たわり……ゴーレム達があまりにも世話を焼いてくれるものだから、ころころ笑い出す。
まあ、たまにはこういうのも悪くない。
マリーリアは今日一日、存分にゴーレムのお世話を堪能することにしたのであった!
その日の夕食時には、マリーリアはかなり回復していた。やはり、過労と栄養の不足が熱の原因だったのだろう。
夕食はゴーレム達が作ってくれたスープである。沢で獲ってきたらしい魚の身と野草が入った、上品な味わいのスープであった。
そして食後には、蜂蜜で甘みを付けた茶が供される。野薔薇の実を干したものを煮出して作った、酸味の強い爽やかな茶であった。茶というよりは、果汁の類に近い。元気が出る味だ。
病み上がりの体にはこれが随分と染み渡った。マリーリアは『野薔薇は花も綺麗だし実も美味しいし、とってもいいわねえ』とにこにこしながら、茶を淹れてくれたジェードの労をねぎらった。……ジェードは、随分と誇らしげにしていた!
……そうして元気になったマリーリアは、無理のないように働き、島の開拓を進めていった。
山の斜面の木を伐採し、そこに支柱を立て、ワイヤーロープを通し、貨車が走るように調整して……とやっていると、中々に大変である。
だが、それらの作業がゴーレム達によってどんどんと進んでいくのだから、まあ、気分は良い。少なくとも、閉塞感は無い。終わりの無い作業を延々と繰り返しているような、嫌な感覚は何も無いのだ。
マリーリアは全ての作業の総監督を進めながら、姿を変えていく島を眺めてにこにこしているのであった!
大層、ご機嫌である!
そうして迎えた、島流し364日目。
季節は春の盛りを過ぎ、もう初夏だ。木々の間を吹き渡る風は爽やかで、森の木々にはベリーの類が実り始めたり、杏の実が色づき始めたりしている。
「もう、この島に来て1年になるのねえ……」
1つ、木苺を摘み取って口に入れたマリーリアは、『おいしい!』とにっこりしながら、思いを馳せる。
……もう、1年だ。
1年前のことが、酷く懐かしい。バルトリア相手に勝利を収め、その後すぐ、マリーリアの処刑が決まり……しかし、周りの人々は随分と良くしてくれた。
筆頭は、共に戦った騎士達だ。彼らが居なかったら、マリーリアは今、ここで生きているかも怪しい。何せ、ナイフや鍋、裁縫道具に大量の布……といったものを持ち込めたからこそ、マリーリアは今こうしていられるのだから。
特に、ナイフと鍋。ナイフが無かったら、初歩的な木材の加工すらできなかった。鍋が無かったら、水の確保も、食料の調達も難しかった。それらを考えれば、やはり、騎士達が大分お目こぼししてくれた分によって、マリーリアは生かされていると言っていいだろう。
「待っててね、とは言ったけれど……彼ら、大丈夫かしらぁ」
そんな騎士達のことを思いながら、マリーリアは思う。
今、自分は、彼らに顔向けできるだろうか。島流しにされた自分を今も待ってくれているであろう彼らに応えられるだろうか、と。
「……まあ、それなりにいい進捗なんじゃないかしら?ね」
ジェードに同意を求めて小首を傾げれば、ジェードはこくり、と大きく頷いた。マリーリアはそれににっこり笑い返して、眼下に広がる景色を眺めた。
索道が無事に開通し、ゴーレム達がそれを使って物資や人手の運搬をしている。
島の3か所で鉄穴流しが行われ、山はどんどん切り崩されて、砂鉄がどんどん産出している。
そうして集まった良質な砂鉄は、毎日のように炉が動き、そこで次々に鋼材へと変えられていく。
出来上がった鉄は、アイアンゴーレムによってアイアンゴーレムの形に変わっていき、そして、アイアンゴーレムの部品がまとまったところで5日に一度ほど、マリーリアがそこを訪れてゴーレムへと変えていき……そうして、新たに生まれたゴーレムはまた次のゴーレムを生み出すべく、島を駆け巡ることになる。
そして……。
「まさか、私、魔物までもを扱うことになるとは思わなかったけれど。うふふ……」
……島の上空では、測量や調整のために駆り出された小さなアイアンゴーレムが、ワイバーンを乗り回している。
ワイバーンは、まあ、賢い魔物だ。なので、手懐ければある程度は操れる。猟犬のようなものだろうか。荷物を運べるほどには大きくないが、小さなアイアンゴーレムを乗せるくらいならやってくれる。
……当然だが、マリーリアには魔物使いとしての才能は無い。では、どうやってワイバーンを手懐けたか、というと……逆なのである。『懐かなかったワイバーンを皆殺しにした』のである!そうすれば懐いてマリーリアのために働くワイバーンだけが残る!自明の理!
まあ、全てのワイバーンが懐いたか死んだかしたわけではない。中には、島の端っこ、或いは島外へ逃げていくワイバーンも居た。マリーリアは容赦こそ無いが、慈悲が無いわけではない。逃げていくワイバーンは追わず、『元気でねー』と見送った。
ワイバーンの他にも、それなりに賢い魔物は皆、逃走か忠誠か死かを選ぶことになった。……賢い魔物は、魂もそれなりに強い。そんなものが島の中央部に残っていては、島のゴーレム化に支障をきたす。よって、『逃げろ。さもなくば従え。或いは死ね!』なのである!
結果として、多くの魔物がゴーレム達の騎馬となったり、荷運びに使われたりするようになったので、ますます開拓が進むようになった。マリーリアはこの結果に大満足である。マリーリア以外が見ても、まあ、それなりに評価をしてくれるのではないだろうか。
「……皆、待っててね。もうすぐ帰れそうだわぁ」
皆に顔向けできるくらいには頑張った。そう、胸を張って言えるくらいには、頑張ったのだ。
マリーリアはそんな自分を誇らしく思い、またにっこりと笑うのだった。




