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島流し311日目:麗しの廃墟*5

 アイアンゴーレム100体とマリーリアを積載して海を進めるゴーレム。無論、そんなものが運用されたことは、人類の歴史上、一度も無いだろう。

 マリーリアとて、そんなものが可能だとは思えなかった。……ここの魔石を見るまでは。

 この地下に眠る魔力をできる限り利用して、マリーリア自身の強化に充てる。或いは、大きな大きなゴーレム自体に魔石を仕込んで、操作する負担を減らす。そうしていけば……可能なのでは、と。マリーリアは、そう考えた!

 ……というよりは、『船よりはまだ、ゴーレムの方が作りやすそうよねぇ……』とマリーリアは考えたのである!だって船はどう考えても難しいのだ!




 さて。島流し311日目。

 そういう訳で、マリーリアは暫くこの廃墟の町に滞在することになる。

 魔石をある程度採掘できてから、それを見て今後の方針を決めたいのだ。なので、長期滞在の為にある程度の食糧は持ってきた。

「えーと、じゃあここを仮の食糧庫にしましょうか。それから、こっちを寝室っていうことにして……うふふ、近くに水場があるし、まあ、困らないわねえ」

 廃墟の中の一角、比較的朽ち方がマシなそこを仮の拠点とすることにする。簡易ベッドを設置し、持ってきた食料を保存するための棚を設置するのだ。近くには湧き水が滾々と湛えられた泉があったので、そこを利用する。

「採掘を進めてもらいながら、私は私が過ごしやすいようにしていかなきゃね」

 マリーリアはにっこり笑うと、廃墟をハタキでぽふぽふやって綺麗にしていく。これから2週間程度はここにいることになるだろうから、まあ、その間を快適に、かつ健康に過ごすのがマリーリアの役目である。

 ……なので。

「とりあえずこの死霊術、止めましょ」

 この町で一番の不快要素……そして、マリーリアが今後使うための魔力を無駄に消費している死霊術を、さっさと止めることにした!




「採掘してても止まらないんだから、大したものだわぁー」

 死霊術の神殿に向かえば、そこでは今日も元気にアイアンゴーレム達が採掘作業に勤しんでいる。その横を通り過ぎながら、マリーリアは部屋の中央……死霊術を扱う祭壇を見上げて、ふむ、と頷く。

「でもまあ、止めるけど。うふふ」

 雑な組み上げられ方をしたまま100年近く稼働しているのであろうこの死霊術だが、止めるのはそう難しいことではない。少なくとも、マリーリアにとっては。

「ジェードー。ちょっといらっしゃいなー」

 マリーリアはジェードを呼ぶ。ジェードは採掘作業に従事していたが、マリーリアが呼べば、すぐにこちらへやってきた。

 やってきたジェードはマリーリアの前に片膝をついて畏まる。マリーリアは『今日もご苦労様』とねぎらいの言葉を掛けてから、ぴ、と祭壇を示した。

「この祭壇、壊してほしいのだけれどいいかしらぁ」

 ……ジェードは頷くと、つるはしを手に、祭壇へ向かったのであった!


 それから、マリーリアはジェードに指示を出して祭壇を破壊させた。

 一応は魔法の品である。破壊する時にはそれなりに気を遣うが……逆に言えば、『それなりに』気を遣えば破壊できるのである。

「魂を縛っておく術の部分はやっぱり分かりやすいわぁー」

 何せ、マリーリアの得意分野はゴーレム使役。死霊術とちょっぴり似ている分野であるからして、死霊術の構造も、概ね、理解ができるのである。『こっち壊して、あっち止めておくから先にそっち壊して……』と順番を決めて、丁寧に破壊していけば、死霊術はすぐに大人しくなる。

 祭壇の効果が消えていくにつれ、島の様子も少しずつ、大人しくなっていった。要は、無駄に拡散される魔力が無くなったのである。

「これでよし。ちょっと過ごしやすくなったわぁー」

 ……やはり、他者の魔法の中で生活するのはなんとなく気が休まらない。そんなマリーリアであるので、祭壇がすっかり破壊され、この島の死霊術が消え失せたところで、にっこり笑ってぱちぱちと拍手をするのであった!




「じゃあ、屋根を作りましょ」

 続いてマリーリアが始めたのは、屋根の補修である。

 ……一応、滞在する場所は、朽ち方がマシな家屋を選んだ。だがそれはあくまでも、『マシ』という程度のものなのである。雨が降ったら絶対に雨漏りするだろうと分かる場所であるので、流石にちょっとなんとかしたいのだ。

「えーと……重石を乗せられるのはこことここね。じゃあ、こっちはロープで引っ張って固定することにしましょ」

 マリーリアが取り出したのは、布である。漂着していた帆布だ。そして更に……それを、蜜蝋で蝋引きしてある。

 元々、帆布というものは、緻密に織った厚手の布に、蝋を染み込ませたものである。蝋を馴染ませることによって、布はより密になり、強度が増し、そして防水性を得る。軍で使っていたテントなどもこれであった。

 蜜蝋を塗り込んで、それを蒸して温めて、蝋を布に浸透させ、それを乾燥させる。……それを繰り返した蝋引き布は、よく水をはじくものになった。なので、これを屋根代わりに張っておけば、簡易的な屋根として働いてくれるのである。

 マリーリアは、重しを使ったり、ロープを使ったりしながら蝋引き布を屋根の補強に充てることに成功した。朽ちかけた屋根の上に蝋引き布の屋根がある、というような状態である。まあ、これで雨を防ぐことができるだろう。快適!


「それから、ドアね。……やっぱり、木ってすぐ朽ちちゃうのよねぇー」

 続いて、ドアもなんとかする。……現在、この廃墟はドアが無い状態である。壁は煉瓦と漆喰で作られていたので残っているのだが、ドアは恐らく木製だったのだろう。長い年月によって朽ちてしまったらしく、ドアの残骸のようなものだけが残っている有様であった。こんな状態では、落ち着いていられない!

 ということで、マリーリアは早速、ドアも修繕することにする、が……持ってきた資材は限られるので、ドアはそこらへんの枝を編んでなんとかすることにした。もう春めいてきたこの無人島では、まあ、この程度の隙間があっても大丈夫だろう。

「うふふ、懐かしいわぁー」

 もう、半年前になるだろうか。マリーリアは最初、家のドアをこのように木材と木の皮を編んで作った簡素なものにした覚えがある。今作っているのもそれに似たようなものなのだが……これが『簡易的なもの』に感じられるようになったのだから、感慨深い。

 ……今や、マリーリアは鉄を製造できるまでになった。石と木と粘土でなんとかやってきた頃のことが少し懐かしいと同時に、振り返ってみて、『こんなところまで来たのねえ』と嬉しくなった。


 やる気が出たマリーリアは、次々に家の補修を進めていく。

 煮炊きで灰が出たら水で練ってから焼いて、それをまた水や砂と混ぜてモルタルを作り、壁の脆くなっている個所を埋めた。

 脆くなって崩れそうな梁は撤去した。屋根は帆布で代用してしまっているので、まあ、崩れそうなら梁などいっそ、無い方がいいのである。

 また、ガラスが嵌っていたであろう窓部分には枝を編んだものをカーテン代わりにぶら下げて凌ぐ。……が、夜になるとやはり冷えるので、仕方ない。板とモルタルで塞いでしまうことにした。……住み心地より、健康の保持が大切なのである!


 そうしてマリーリアが家の修繕を進めていく傍ら、ゴーレム達はひたすら、採掘作業に勤しんでいた。

 ……とはいえ、魔石の採掘は、あまり芳しくなかったのである。




「うーん、あんまり採れないものねえ……」

 島流し320日目。

 マリーリアは、その日採掘された魔石の様子を見て、『あらぁー』と声を漏らした。

 ……初日に上質な魔石の欠片が手に入ったことから、この先には更に上質で大きな魔石が埋まっているのではないだろうか、と思ったのだが……少々、見込み違いだったようである。

「鉱脈があって、いっぱい魔石が埋まっているものだとばかり思ったけれど……違ったみたいねぇ……」

 どうしようかしらぁ、とマリーリアは首を傾げる。

 ……魔石が大量に手に入って、マリーリアの能力を大幅に強化することができたなら、巨大ゴーレムを操作して島から脱出するつもりだった。

 だが、魔石がこうまで採れないとなると……少々、考え方を変える必要が出てきそうである。

「でも、今更船を作る気にはなれないのよねぇ……」

 ……勿論、島を脱出する方法については、『船』が難しいであろうことは分かっている。マリーリアにはゴーレムしか無い。ゴーレムしか無いのだ!ゴーレムしか無いから島流しになっているようなものなのだ!

「……どうしましょ」

 マリーリアは途方に暮れつつ、『まあ、考えても仕方ないものねえ……』と、採掘作業に戻っていくゴーレム達を見守るのだった。




 その夜、マリーリアはぼんやりと、ベッドの上で寝返りを打つ。

 色々なことが座礁しているようで、どうにも寝付けない。

「やり方は、間違ってないと思うのよ。ゴーレムで脱出するのが一番早いと思うわ。船の製造どころか、船の設計から始めるよりは、絶対にマシ。この島に魔石が含まれているのは確かなんだし……」

 ぶつぶつと呟きながら、マリーリアは塞いだ窓の隙間から漏れ入ってくる月の光が、床に一筋の明るい線を描くのを眺めた。

「時間はかかるけれど、魔石さえ見つかれば、なんとかなるから……でも、どれくらい時間がかかるか全然分からないから……」

 考えに考える。悩みに悩む。『考えずに突き進む』のが最適ではないかと思う自分が居る一方で、どうにも考えてしまい、悩んで、そして寝付けなくなっている自分が居る。マリーリアはそんな心境のまま、じっと、床の上の月光を見つめ続ける。

「せめて、魔石の有無が分かればいいのに」

 月光によって生まれた線を見つめて、自身もこうであれ、とマリーリアは集中する。細く鋭く研ぎ澄まして、答えを探し出せるように、と。

「そうだわ……魔石が本当にあるかどうか、採掘可能な深さにあるのかどうかも分からないじゃない。せめて、それを確認しないことには、このまま無為かもしれない時間を待つことはできない……」

 在るかもわからない答えを探すべく、マリーリアは必死に考える。今も、家の外からはつるはしの音が聞こえている。ゴーレム達は一日中休み無しに延々と働き続けることができるが、それにしても限界はある。主に、最大速度、という点において。

 1年くらいなら待てる。3年までなら、まあ、耐えられる。だが、これが十年、二十年と続くならば……その時、マリーリアは今と同じように、動いていられるだろうか?

 体の問題ではない。心が……その時も折れずに、居られるのだろうか?

 確証も無い脱出方法に縋って、何十年も進み続けることが、できるのだろうか?


 ふっ、と、床の上に落ちていた月光の線が消える。月が傾いて、窓に打ち付けた板の隙間を通らない角度になったのだろう。

 マリーリアはそれを見て、諦めて眠ろうと思った。もそもそ、とベッドの上で寝返りを打ち……。

「……駄目だわ。夜更かししましょ」

 だが結局、どうにも落ち着かず、寝付けそうにない。ならば、逆に考えるのだ。眠らなくったっていいと考えるのだ。

 折角寝付けないなら、それを楽しまなければ損だ。悩んでも仕方のないことにどうしても悩まされるのならば、無為に悩む時間そのものを受け入れ、前向きに楽しめた方がいい。




 外に出てみれば、それはそれは美しい星月夜であった。マリーリアは、『ああ、夜更かしの甲斐があったわね』とにっこり笑う。

 だが、マリーリアが外に出てきたことに気づいたのだろう。ジェードが、慌てたように走ってやってきた。

「ああ、大丈夫よ。ただ、ちょっぴり寝付けなくて星を見に来ただけ」

 心配しないでね、と伝えてみると、ジェードは1つ頷いて、それから、マリーリアの斜め後ろにそっと控えた。……護衛をしてくれるらしい。いよいよ騎士らしいこのアイアンゴーレムを見て、マリーリアはくすくす笑う。……また1つ、夜更かしした甲斐があったというものだ。


「綺麗ねえ。明かりが他に無いから、この島からは本当によく星が見えるわぁ」

 それからしばらく、マリーリアは星を眺めていた。

 この暗い島からならば、濃紺の空に煌めく無数の星々の、そのごくごく小さなものでさえよく見える。この島に来て良かったことの1つは、間違いなくこの素晴らしい星空を楽しめることだろう。

「本当に、綺麗……まるで、水晶の欠片を……いいえ、魔石の砂粒を撒いたみたい」

 光を放つ魔石が砕けて砂粒になったものを黒絹の上に撒いたら、こんな具合だろうか。マリーリアは、『魔石が沢山見つかったらそういう贅沢もしてみたいわねえ』と考え、くすくす笑う。それから、『或いは、魔石の砂を混ぜたマッドゴーレムを作って並べてみるとか……』と続けて考えて、ころころ笑う。


 ……が。

「……魔石の砂のゴーレム」

 ぴた、と笑いを止めて、マリーリアは目を見開いた。

 今、何かとんでもないことを自分が考えたような気がして、少しずつ、自分の考えを磨り潰し、確かめていく。……それは、うっかり魚の小骨ごと魚の身を食べてしまってから、口の中に紛れた魚の小骨を探すような、そんな面倒さと不安が混ざった気持ちにさせられる作業であったが……。


「そうだわ!」

 マリーリアはようやく自分の中の答えに辿り着いて、満面の笑みを浮かべた。

「魔石の有無は、調べられる!本来動かせない大きさのゴーレムの中に魔石が入っていれば起動できるし、そうでなかったら起動しない!これなら、その土砂の中に魔石があるかどうかを確認できるんじゃないかしらぁ!」




「魔石が一定以上含まれるなら、巨大マッドゴーレムが起動するはず。そうでなかったら、その泥の塊は廃棄、ってことにして……うん、うん、いける気がするわぁ!」

 マリーリアは、自分の思いつきに身を震わせる。

 暗い洞窟を抜け、明るい光が見えてきた時のような気分であったし、分厚い雲を裂いて陽光が射しこんできた時のような気分でもあったし……とにかく、素晴らしい気分だ!今すぐにでも、踊り出したいくらいに!

 ……やはり、マリーリアの精神は、そこまで長持ちしそうにない。10年も20年も、あての無い作業を続けられるほどには、強くない。何故ならマリーリアは、人間だから。

 だからこそ、『あてのある』方法を思いつくことには意味がある。

『大きなゴーレムを作って起動を試すことでその中に魔石が含まれるかどうかを確認する』などというやり方は、まあ、大分大雑把だが……それでも、終わりの見えない採掘作業に身を投じる羽目になるよりは、ずっとずっと、マシなはずだ。

「問題は、どのくらいの大きさにするか、よねえ。うふふふ、考えることが一気に増えたわぁー!」

 ……何より、出口のない思考を続けるより、目標に向かって考えて行動していく方が、余程健全というものである。マリーリアは水を得た魚……否、水を得た鯨の如く、ぐんぐんと思考の海を泳いでいくのだった。




 が。

「あんまり小さくっちゃ、効率が悪くって仕方が無いし。かといって、大きすぎると多くの魔石を取り逃すことになりそうだし……でも、この島全体の魔石の埋蔵量なんて分かんないし、だったら、最初は大きく大きく作っておいて、それからそれを小さく分けていって……」

 ……考え始めたマリーリアは、そこで早速、思考を終えることになった。

 何故ならば。


「……この島自体をゴーレムにしたら早い気がしてきたわぁ」

 ……力こそが全てだからである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 発想がぶっ飛びすぎ!ウケる!
[良い点] 「……この島自体をゴーレムにしたら早い気がしてきたわぁ」 そうですね。 魔導戦艦島万歳\(^o^)/
[良い点] 力(ちから)こそパワー!!! [気になる点] 脳筋ゴーレム術士(魔法)ですね。
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