島流し311日目:麗しの廃墟*4
島流し311日目。
マリーリアは、装備とゴーレム達を伴って、ここへやってきた。
……というのも、新たに生まれたゴーレムが居たからである。
鉄穴流しを続けるゴーレム達によって、砂鉄がまた溜まっていた。一度拠点に戻ったところで製鉄を行い、そして新たなゴーレムを生み出したのである。
新たに生まれたゴーレムは4体。これらには『採掘』と名を付けた。読んで字のごとく、例の廃墟の町を採掘する係のゴーレムである!
また、ゴーレムの他に装備も増産した。
今回作ったものは、剣や弓ではなく……つるはしである。
「これでめいっぱい、採掘しましょうね。うふふ」
マリーリアはつるはしを素振りしてみつつ、にっこり笑う。……マリーリアとゴーレム達の手にかかれば、例の町の地下に何があるのかが分かるだろう。
マリーリアは1つ、仮説を立てた。
それは、『この島には、非常に大きな魔力を持つ魔石が眠っている』というものである。
『魔石』というものは、至極簡単に言ってしまえば、『魔力を大量に保存しておける石』である。
魔力を保存しておく性質がある、とはいえ、その実態は、蓄えるのみではない。むしろ、『蓄えようとして魔力を吸い取り、集め、蓄えきれなかった分は流す』というところにこそ、魔石の意味があるのだ。
魔石の鉱脈が地中を走る川のようになり、その線上を魔力が流れていく。そうやってできる『霊脈』は、人々に様々な恩恵を与えている訳だ。
……よって、『魔力が多い場所』というものは、大きく分けて2つある。
1つは、魔石が大量に埋まっている場所。
そしてもう1つは、魔石の鉱脈の行き着く先であったために大量の魔力が流れ込む場所だ。
マリーリアは、この島の魔力については、前者であると考えている。つまり、この島の地下、特にあの祭壇の地下には、大量の魔石が埋まっているのだろう、と。
そして、魔石というものは何かと便利なもので……言ってみれば、石炭である。魔法を使う上での燃料のようなもの、と言えるかもしれない。
これは、採掘しないわけにはいかない。魔石をゴーレムにそれぞれ埋め込んでやれば、それはゴーレム自体への魔力の添加になる。マリーリアが消費する魔力が大幅に減るので、操れるゴーレムの数が更に増える。或いは、マリーリア自身が魔石を身に付ければ、当然、マリーリア自身の力の増強になるのだ。
マリーリアが狙っているのは……後者。マリーリア自身の強化、である。
「あっ。魔石!」
そうしてつるはしが振るわれること、数時間。
ジェードがその光る石の一欠片を恭しく捧げ持ってやってきたのを受け取って、マリーリアはそれを確認する。
「綺麗……」
透き通り、光を通すのに、それ自体もまた、光を放っている。
……これが、魔石である。
宝石としても美しいが、ここに秘められた力は凄まじいものである。
質の良い大きな魔石だと、それ1つで城一つ分の値が付くこともある。まあ、そんなものは稀なのだが。
「発見されたのは、とりあえずこれ1つ、っていうかんじかしらぁ」
マリーリアが確認すると、ジェードはこくりと一つ頷いた。まあ、魔石は貴重な品である。特に、このように透き通りつつも光を放つような、質の高い魔石は珍しいのだ。鉱脈に沿って掘り進めば、今日中にもう1欠片程度、手に入るかもしれないが……。
「……うん。いいかんじだわぁ。これを使うなら、もうちょっと実験が必要だと思うけれど」
早速、ジェードから受け取った魔石を握ってジェードの使役で試してみる。とはいえ、ジェードは元々がかなり従順なゴーレムなので、然程、操作の感覚は変わらない。実験するなら、マッドゴーレムや、その他の素材で作ったゴーレムを使用した方がいいだろう。
それこそ……。
「折角だし、ちっちゃなゴーレム、作ってみましょ」
……本来ならば操作できないようなものを操作してみるのが、実験には相応しい。
ということで、ゴーレム達に採掘作業を進めてもらう傍ら、マリーリアはそこらへんの土を捏ねて、マッドゴーレムを作っていた。
作るものは、小さなマッドゴーレムである。本来ならばマリーリアには操作できない大きさの、両手に収まってしまうくらいの大きさのマッドゴーレムである。
「懐かしいわぁー、このかんじ。お人形遊びのお人形が確かこんな大きさだったわねえ。うふふ……」
マリーリアは在りし日の自分を思い出しながらくすくす笑って、小さな人間の形を作り上げる。泥を捏ねるだけなので、そこまで苦労しなかった。
「さて……じゃあ、やってみましょ」
そうしてマリーリアは、早速、その小さな小さなゴーレムを前に、魔石を握って……魔法を動かす。
この、小さな小さなゴーレム……自分とはまるで異なる大きさのゴーレムを動かしてやるべく、マリーリアは強く、念じた。
「動い、た……!け、ど、ぎこちない、わねえ……。まあ、しょうがない、けど……」
……そうして、マリーリアはぜえぜえと息を吐きながら、小さな小さなマッドゴーレムの操作を終えた。
マリーリアがマッドゴーレムを動かしていた時間は、僅か1分か2分か、といったところである。だが、それだけでも疲労困憊してしまう程度には、難しい制御だった。
動かしたとはいえども、小さな小さなマッドゴーレムは、ごくごくぎこちなく動いただけであった。ただ数歩歩かせて、一度飛び跳ねさせて、そして、握手をするべくマリーリアが指を差し出し、マッドゴーレムに手を差し出させたところで、マッドゴーレムはただの土に戻ってしまったのだ。
「……魔石がもうあと3つくらいあったら、それを首飾りにして……そうすれば小型ゴーレムでも安定して動かせる、かしら……?或いは、大きなゴーレムの方が簡単だったりするかしらぁ……」
マリーリアは疲労のため、ぺそ、とその場に座ってしまいつつ、考える。
……マリーリアが魔石を欲する理由は、ゴーレムの制御をより精密に、パワフルに、かつ大規模に行いたいからである。
「ゴーレム使役の術がもっと強化できたらいいのよね」
さて。
マリーリアが扱うゴーレム使役の術だが、これは、死霊術と被る部分もあるのだが……死霊術とゴーレム使役を分かつ線を何か一本引くとすれば、この一本になるだろう。
それは、『操る対象が元々魂を持っていたか、そうではないか』だ。
死霊術というものは、元々魂が入っていたものを操る。魂を縛ったり、別の魂を入れたり、魔力で魂を代替したりしてそれを行うのだが……それらは全て、『元々魂が入っていたものを操る』という特徴がある。
つまり、完全な無生物は、死霊術では操れないのだ。その点、ゴーレム使役はその逆である。『元々魂が無かったものしか操れない』のだ。……正確には、『マリーリアと少しでも違う魂が入っていた・いるものは操るのが難しくなる』のだが。
マリーリアのゴーレム使役とは、マリーリアがマリーリアの魔力で作った代替魂をまっさらな無生物に注ぎ、それを操る術である。ゴーレムは元々魂があったわけではないので、残留している魂が無い。だからこそ、マリーリアはゴーレム達を完璧に操ることができるのだ。
……勿論、『完璧な無生物』を用意するのは、実はかなり難しい。地縛霊のような形で鉄に魂が宿っている可能性もあるし、マッドゴーレムの原料である泥など、その中に微生物を数多含むのだから。
なので、ゴーレム使役の術は、実は術者がとても少ない。生半可な魔術適性では、まともに動かせる『全く魂の無い、まっさらなゴーレム』を製造することそれ自体がとてつもなく困難なのだ!そんな非効率な魔法を習得しようとする者など、この世にそうそう居るわけがないのである!だったら死霊術を使った方が早い!
……では、マリーリアはどうなのか、というと……。
強いのだ。
マリーリアが、強すぎるのだ。
そう!マリーリアはゴーレム使役の術しか使えない。ゴーレム使役にのみ特化した能力を生まれ持ち、それ故に、実家では『役に立たないし、さっさと嫁に出すか』と早々に見切りを付けられた訳だが……それ故に、マリーリアのゴーレム使役は、とんでもなく強いのだ!
……要は、マリーリアは泥に残る微生物の魂を全て力でねじ伏せている、ということになる。力こそ全て。力は全てを解決する。そういうことである。
マッドゴーレムの性能が低いのは、泥という素材自体に魔力が少ないからでもあり、同時に、泥の中には数多の小さな魂が入っているから操るのが難しい、ということになる。テラコッタゴーレムも、原料が土なので似たようなものだろう。
ただし、テラコッタゴーレムの場合、土を焼いているので、そこに生きていた微生物は全部死ぬ。魂が残存していたとしても、マッドゴーレムよりは余程少ない。なので、ゴーレムを操る際、ゴーレムが混乱せず、マリーリアの意思に従ってくれるのである。
その点、アイアンゴーレムは鉄を製錬する過程で既存の魔力や魂が抜けるので、より扱いやすく、マリーリアの意思を伝えやすいゴーレムになる。
素材自体の固さや重さよりも、それが如何にマリーリアにとって操りやすいか、という点において、ゴーレムの素材の良し悪しは決まるのだ。
ちなみに、マリーリアに形が近いほど、操るのは簡単になる。よって、『人間の形をしていないゴーレム』や、『大きさがマリーリアとはかなり異なるゴーレム』は、扱えないのである。
逆に、人間の形をしていて、人間の大きさをしているゴーレムは、操るのに然程、力が必要ない。なので、マリーリアはアイアンゴーレムを人間の大きさで作ったし、それを十体以上、同時に操ってこの無人島生活を営んでいる、というわけである。
……つまり。
「私がもっと強ければ、ねじ伏せられるものが増えるものねえ」
……マリーリアは、この廃墟の地下を掘り進み、魔石を手に入れ、その魔石によって自身を強化し……できることを増やすつもりなのだ。
今は、それしか無い。
「魔石があることと、現状、他に手掛かりが無いことを考えると……大きな大きなゴーレムに乗って海を渡るのが一番早そうだものねぇ……」
……船の手掛かりが無さそうな今、これしか無いのだ!