島流し307日目:麗しの廃墟*3
マリーリアは混乱した。大いに混乱した!
あるはずの無いものがある!必要なかったはずのものが、『こんなに必要でした!』と言わんばかりに、大量に集められている!
この状況に、マリーリアは混乱して……。
「寝ましょ!おやすみなさい!30分で起こして頂戴ね!」
寝た!マリーリアは考えるのを一度止めることにしたのである!
……そうして30分後。ジェードがそっとマリーリアを揺さぶる直前に、マリーリアはぱちりと目を覚ました。
「ふわあ……うーん、夢じゃなかったわぁー。うふふふふ、やだぁー……」
そして視界の片隅にある金貨の山を見て、にっこり笑って遠い目をした。
……やはり、金貨がある。こんなにある。つまり……この島の実態が、ますます分からない!
「……お金があった、っていうなら、この島には経済をやるだけの基盤があったのね」
さて。
改めて1つ拾い上げてみた封蝋のようなそれは、どこの国の貨幣とも異なる、独自のものであるようだった。唯一、打ち込まれている紋章が古いバルトリアの紋章であることについてだけ、マリーリアは少々気になったが……それより気になるのはやはり、『貨幣の存在』であろう。
「お金を使ってやり取りする必要があったっていうことなら、かなりの人が居て、それぞれが自由に暮らしていた、っていうことになる、わよねえ……?」
貨幣とは経済の象徴である。そして、経済とは自由の象徴であろう。
……そう。1人の王が奴隷を抱えて生活しているだけでは、決してありえないことなのだ。奴隷達が自由に生活し、自らの労働と引き換えに金を手に入れ、金と引き換えに物品を手に入れる、ということでもしていない限り。
「つくづく、不思議な場所よねえ……」
貨幣を見て、マリーリアはいよいよ、『ここ、どういう状況でこうなっちゃったのかしらぁ』と悩むことになる。色々とおかしい。色々とおかしいのだ!
「加工の技術は、そんなに卓越してはいない、と思うのよね」
さて。次に見るのは、貨幣の加工技術だ。
「大雑把に偽造防止の刻印を打っているだけで、形を揃えることも特にしてないのよねえ……」
貨幣は、非常に簡単な作りをしている。
熔かした金をただ小さく流して固めて、それを叩いて刻印を刻む。それだけのものだ。つまり、至極単純なのである。それこそ、材料さえあれば今のマリーリアにも作れる程度の。
「ということはやっぱり、この島で作ってたもの、だと思うのよねえ……」
マリーリアは首を傾げつつ、金貨以外の宝物も確認する。
丸く艶やかに磨かれた宝石。美しい貝殻。当時はきらきらと光っていたのかもしれない、何かの部品が錆び付いたもの。……そんなものの中に混じって、磨いた翡翠の玉と金細工のネックレスや、木の彫り物などが混ざっている。
まあ、つまり、今のマリーリアの技術と概ね同じか、もう少し進んだくらいの技術で作れるものばかりである。
「でも、こんな金貨、知らないわぁ。となると、島外との貿易に使ってた、とかでも、ない、のよねえ……?」
それらを見て、マリーリアはまた首を傾げた。
人数が増えに増えて管理の必要に駆られた、というのでなければ、いよいよ貨幣を作る必要が無い。或いは……連れてきた奴隷や家臣を自由に生活させようとするのでなければ。
「……自由にやらせていた、ここに新たに国を作ろうとした……ということなら貨幣の意味は分からないでもないわぁ。まあ、上手くいくほどの人数が居たかは分からないし、上手くいかなかったからここに国は無い、ってことになるんでしょうけれど」
「でも、そうするとあの頭蓋骨が喋っていた内容と、印象が食い違うのよねえー……」
頭蓋骨の話を聞く限りでは、どうも、バルトリアから逃げてきた王子とやらは、貴族にも奴隷の首輪を嵌めるような人間であったらしく……それを聞いてしまうと、どうにも『経済を生み出そうとした』というような印象は持てない。
「分かんないわぁー……。うーん、あの頭蓋骨さんがもうちょっと訳知りならよかったのだけれど……」
恐らく、あの頭蓋骨……物事の真相が色々と分かる前に、死んでしまっているのだ!
おかげで色々と情報が抜けている。そういうことなのだろう、とマリーリアは推測した。そう!すべてはあの頭蓋骨が早めに死んじゃったのが悪い!
「……まあ、しょうがないわね。頑張って探索続けましょ」
まあ、死んじゃったものは仕方がない。次は気を付けてもらうとして……否、次は多分、無いのだが……マリーリアは心の中で例の頭蓋骨に祈りを捧げてやってから、また探索に戻ることにするのだった。
さて。
金貨のことは考えないことにした。ただ、金は金である。魔法との相性もいい金属であるので、マリーリアはこれらをできる限り持ち帰ることにした。
「ゴールドゴーレムはアイアンゴーレムと比べて強度がものすごく低いけれど、でも、魔法の適性はあるのよね。魔法への防御も中々硬いし……」
まあ、ゴーレムにするかどうかはさておき、金は金で、使い道のある金属である。折角なら、この廃墟にあるような装身具を金で作ってみてもいいが……。
「まあ、もうちょっと先に進んでみましょ」
ひとまず、帰り道でこれらを回収していくことに決めて、マリーリアは早速、建物の奥へ奥へと進んでいく。
神殿めいた建物の奥には、これまた神殿らしく、祭壇があった。
……そして、その祭壇の上のものを見て、マリーリアは『あらぁ』と声を漏らした。
「やだぁー、ここで死霊術が渦巻いてるわぁー……」
この島に漂う魔法の気配。それの原因は、ここにありそうである。
マリーリアは、一通り祭壇の周りを回って、ここで生まれている魔法について調べていく。
……マリーリアの専門はゴーレム使役であり、それ以外の魔法は使えないが、だからといってそれ以外の魔法が分からないわけではない。魔法とは、教養だ。扱えずとも、存在を知り、対処することはできるのである。
「なるほどねえ……大体分かったわ」
そうして分析を終えたマリーリアは、ふう、とため息を吐いて、天井を見上げた。そこに渦巻き、この廃墟の町全体に、そして島外にも漏れ出ている魔法。それは当然……。
「死霊術だわ」
そう。死霊術だ。先程のゾンビを縛っていたのは、間違いなくこの祭壇の上の魔法だろう。
ついでに、これだけ規模が大きいことを考えると……例の頭蓋骨がマリーリアの夢枕に立てたのも、この死霊術の影響かもしれない。
この死霊術は、魂をその場に縛り付ける効果があるようなのだ。つまり、肉体に縛り付ける、という意味であり、同時に、『この土地』に縛り付ける、という。
更についでに、魔法の対象はゾンビのような傷んだ死体でもあり、同時に、例の頭蓋骨のように、白骨死体と化したものもそう、であるらしい。節操がない。
……そう。節操がないのだ。
効果の範囲がやたらと広く、とる対象もやたらと広い。……この死霊術には、1つ、大きな特徴があった。
「でも……すっごく、雑!」
そう!
この死霊術!ものすごく……組み方が、雑なのである!
「ええええええ……ありえなくってよぉ……何これぇ……」
マリーリアは、この死霊術を見れば見るほど、眉間に皺が寄っていく。
「雑だわぁ……あっ、やだぁ、ここ、編み間違い!あっ、ここ、間違いを無理矢理立て直しながらそのまま組み上げてる!やだぁー!」
雑である。魔法が、ものすごく、雑である!
この島全域になんとなく魔力の気配を感じさせるほどに大規模だったそれは、単に『効果範囲をイマイチ正確に定義しきれていない』というミスによるものであったし、同時に『効率よく魔力を動かす』という基本的な部分ができていないが故に『ものすごく無駄に魔力を垂れ流しているから』であった!
更に、術にはそれはそれはあちこち、穴があった。その穴をなんとか継ぎ接ぎで塞いで、ようやくなんとか動く形にした、といったところである。
「……あんまり教養が無い人が、ちょっとの才能と莫大な魔力と運だけでやっちゃった魔法、っていうかんじねえ……」
魔法を使う者としては、ありえない魔法である。余程あり合わせの材料でなんとかした、という具合でもないように見えるので、本当に、ただ教養の無い人間が無理矢理魔法を使った、のだろう。恐らくは。その結果がこの『すっごく、雑!』なのである!
「とんでもないもの見ちゃったわぁー……。やだぁー……」
……ということで、魔法の観察を終えたマリーリアは、眉間を揉みつつため息を吐いた。美しさに欠ける魔法というものは、見ていて疲れる。
まるで整っておらず、あっちに行ったりこっちに行ったり、間違えていたり間違ったまま進んでいたりそうしてできあがってしまったものを無理矢理修正するために余計な工程が生まれたり……というものを見ていくのは、本当に、本当に疲れるのだ!
「でも、分かったこともあったから、無駄じゃあなかったわね」
だが、前向きなマリーリアである。にっこり笑うと、少々疲れた顔で……床を見た。
……この島に大規模に死霊術を展開している、この謎の祭壇。そこに刻まれた模様は、『魔法を拡散する』という、至極基本的なものである。まあ、出来は悪いし、非常に初歩的なものでしかないのだが。
……そう。非常に、初歩的なのである。
なのに、この島全域に、魔力の気配を漂わせるだけの拡散力を生み出している。それが意味するところなど、1つしかない。
「やっぱりこの島、地下にとんでもなく魔力を蓄えているみたいね」
雑でもなんでも、これだけの威力が出ているという事実。島の外縁部からも感じ取れた魔力の質。……それらを併せて考えれば、結論は1つ。
『魔力自体が、とんでもなく多い』ということなのだ。
……この島に眠る『力』。その一端が、ここに現れているのだろう。
「うーん……なんとかこれ、利用できないかしらぁ」
マリーリアは考えつつ、にこ、と口元を緩める。
これだけ雑に組まれた魔法ですら、100年近く保たれ、そして、これだけの効果を発揮し続けている。ならば、これをきちんとした、精密な魔法に利用すれば……とてつもなく大規模なことが、できそうである。
「……とりあえずこの下、堀り進めてみましょうか」
なのでマリーリアは、ここを採掘することになるのであった!




