島流し3、4日目:まずは食料*5
ゴーレムが健気に番をしてくれていた焚火は、のんびりと、そして今にも消えそうな程度になんとか燃えていた。……燃料切れであったらしい。まあ、当然といえば当然である。
マリーリアは『あらあらあらあら』と慌てて薪を足し、火を吹いてなんとか焚火を復活させた。中々に大変である。
そうして焚火番ゴーレムの近くに薪をまた積んでおいてやって『またよろしくね』と挨拶したら……マリーリアは早速、瓶を持って海へ向かう!
そう!海水を取ってくるためだ!
「わあ、綺麗」
海へ到着した頃には、既に空が暮れかけていた。空の端がふわり、と黄色く染まってきている。もうじき日没だ。急いだ方がいい。
急いだ方がいいが……遮るものの無い空は、それはそれは美しい。蜂蜜色の光に照らされながら、マリーリアは只々広がる空と海とを楽しみながら海水を瓶に汲み上げた。……本日の調味料である。
ついでに漂着物の類を見に行ったが、やはり、大したものは流れ着いていなかった。次に海が荒れたら、その時には何か流れ着いているかもしれない。マリーリアは 『海、荒れないかしら』とちょっぴり期待しつつ、拠点へ戻ることにした。
さて。
「根っこは濡らした葉っぱに包んで、焚火の横に置いておきましょ」
まず、マンイーターの根は適当な大きさに切り分けたものをそこらへんの大きめの葉を濡らしたものに包んで、そのまま焚火の横にころころと転がしておく。時々位置を変えたり転がしたりしながら、のんびり火を通すのだ。
「茎と蕾はスープにしましょうね。ふふふ……」
続いて、鍋に水を張り、そこに海水を足す。丁度いい塩味になったら、そこへマンイーターの茎や蕾のぶつ切りを投入していく。……ついでに、非常食である干し肉を少々入れた。出汁代わりである。
「ついでにそこらへんの野草も入れちゃいましょ」
マンイーター食材ばかりというのもアレなので、マリーリアは拠点近くの草を漁って、食べられそうでかつ柔らかそうで美味しそうなものを幾らか摘んでくると、それを洗って鍋に投入した。
そのまま、ふんふんと鼻歌を歌いながら鍋を木の枝でかき混ぜ、のんびりとスープを煮込む。
くつくつと煮える鍋の中、具材が浮き沈みするのが見ていて楽しい。マンイーターの蕾のほんのり緑がかった黄色と、茎の黄緑、それに加えた野草のより濃い緑が合わさって、なんとなく美味しそうに見えてきた。
……まあ、美味しくなくてもこれを食べるしかないので食べるが。マリーリアは軍を指揮していた頃、到底食べものとは言えないようなものまでシリル達と共に食べていたことがあるので、まあ、抵抗は無いが。
そうしてある程度鍋の中身が煮込まれてきた頃。
「根っこの具合はどうかしら……あちちち」
マリーリアは、焚火の傍でじっくりのんびり焼いていたマンイーターの根っこを取り出す。
葉にくるんで焼いた根っこは、見事、蒸し焼きになっている。ちょっと火に近すぎたところが外側の葉っぱごと焦げているが、まあ、それもいいアクセントになってくれることだろう。
そしてスープもいい具合に煮えているようだ。火が通ってほんのりと透き通ったようになっているマンイーターの茎も、火を通して少し縮んだ蕾も、今すぐにでも食べてしまいたいところである。
……ということで、さて。
「じゃあいただきまーす!ふふふふ、食べるわよ、食べるわよぉー……」
マリーリアはスープを早速飲もうとして……。
「あっ食器が無いわぁ」
……その事実に気づいたのだった!
「あーん、もう、間が抜けてるわねえ……はあ」
仕方がないので、もう、木の枝2本で食べることにした。尚、椀の類は無いので、鍋から直に食べることになる。まあ仕方がない。
早速、マンイーターの茎を木の枝でつまんで、口に運んでみる。……すると。
「あら、結構おいしいのね!」
マンイーターの茎は、セロリの茎に似た食感になっていた。煮込めば柔らかくなる、ということらしい。
「あとちょっと酸っぱいわねぇ。スベリヒユにちょっと似た味かしらぁ……。まあ、これはこれで美味しくってよ」
それでいて、独特の酸味もある。まあ、出汁といえば出汁である。マリーリアは『マンイーターの茎を干しておいたら保存食になるかしら……?』と首を傾げて考えつつ、続いてマンイーターの蕾の方も食べてみる。
「あっ!?お肉!?お肉……じゃないわね、うーん……?茸、に近い、かしらぁ……?」
……マンイーターの蕾は、獲物を捕食するためによく動かす部分である。ということで、植物の割に肉に似たような食感がするのだろう。まあ、植物由来であることは間違いないので、肉と茸のあいのこ、というような具合ではあるが。
「まあ、美味しい美味しい。うふふふ」
肉でも茸でも、美味しいことに変わりはない。出汁として入れた干し肉とはまた違う旨味があるようで、スープの汁自体も中々に美味しく仕上がっていた。
マリーリアはにこにこと笑顔になりつつ、『干して保存するなら茎より蕾の方がいいわね』と考えた。干し肉と干し茸のあいのこのようなものができるだろうか。ちょっと楽しみである。
「保存食……って考えると、ザルも壺も、早く作りたいわねえ。あと、お塩……」
マンイーターがそこらへんにウヨウヨ居るわけもないので、ある程度は保存食の形にしておきたいところではある。が、保存食を作るのにもまた、道具が必要だ。天日干しにするならザルがあった方が効率がいいし、塩漬けにするなら壺や塩が必要だ。
「早く、炉を作らなきゃね。ふふふ……」
……まあ、土器の類は早く作りたい。マリーリアは作りかけの炉をちらりと眺めてから、続いて根っこの蒸し焼きを食べにかかる。
「あっ、この根っことっても美味しいわぁ!うふふ、お芋みたい」
マンイーターの根っこは、概ね、芋であった。
芋だ。芋である。この、栄養がたっぷりとため込まれた……でんぷん質の味!
マリーリアの体はこれを欲していたのだ!マンイーターの蕾の肉っぽい味も好ましかったし、野草やマンイーターの茎の野菜らしい味も好きだ。だが……飢えた体が何より欲していたのは、やはり、でんぷん質だったのである!
「あああああ、これ、これ、すっごく美味しい……あっ!スープにつけて食べても美味しいわぁ!塩味!塩味のでんぷん質!あああああああ」
……久しぶりのでんぷん質、そして塩味に、マリーリアはすっかり夢中になった。夢中になって、たくさん食べた。
そう。マリーリアは島流しにされてから初めて、ようやく、満腹になれたのである!
「ふふ、おやすみなさぁい」
そうしてマリーリアは就寝した。お腹いっぱいで眠れるというのは何とも幸せなことである。
幸せの分、マリーリアの寝つきはよかった。ふにゃむにゃ、とやっていたのも僅かな時間。マリーリアがすうすうと穏やかな寝息を立てるようになるまで、そう時間はかからなかった。
そうして、翌朝。
「おはよう!ああ、気持ちのいい朝!お腹がまだ幸せなかんじ、するわぁー」
マリーリアは元気に目を覚ました。
昨夜の食事のおかげか、体は元気いっぱいである。更に……。
「昨夜のご飯の残りがあるものね。ふふふふ、今朝もたっぷり食べるわよ」
ご飯がある。これの、なんと素晴らしいことか。
マリーリアはにこにこしながら焚火ゴーレムに『おはよう』と意味のない挨拶をして、それから昨夜の残り物を食べ始めたのだった!
さて。
朝食を終えて益々元気いっぱいになったマリーリアは、また今日も炉を作る。
「昨日は全然手を付けなかったものねえ……」
粘土を採掘して、更にそれを踏んで捏ねるところまではマッドゴーレムにやってもらうことにした。……のだが、マッドゴーレムが粘土をふみふみやっていると、泥が、粘土に混ざる。
……なのでマリーリアはマッドゴーレム達のために手頃な木の棒を用意してやって、『粘土を搗き捏ねろ』と命じた。……マッドゴーレム達は、ぺったん、ぺったん、と粘土を搗き始めた。ぺたぺたした音も相まって、ちょっとかわいい。
出来上がった粘土を籠に入れて運んで、炉を作る。
1段目はもういい具合に生乾きになっていたので、その上に粘土を更に重ねていく。接合部分はできるだけ滑らかに整えて……。
「……土器も同時に準備しましょ」
マリーリアは炉の2段目が乾くまでの間に、土器も作ることにした。
「とりあえず、壺よね。煮炊きに使えるような奴とか、お水を汲む奴とか。海水も貯めておきたいし、単に物を入れておくのにいくつあってもいいし、ああ、いずれは塩漬けにも使うわね……うーん、いっぱい必要だわ!あとは、食器!お椀くらいは欲しいわぁ。スプーンは木を削って作った方が早そうだけれど……」
……ということで、マリーリアは粘土を捏ね、捏ねた粘土を紐状に伸ばしては積み上げていき、土器を作っていく。
まずは適当な壺。口がすぼまっていない形の、まあ、つまり、ただの『底の付いた筒』のような形のものだ。だが、これができれば非常に大きい。今は鍋で水汲みを行うしかないが、これだけの大きさの壺があれば、これで一気に水を汲んで置いておける。まあ、素焼きである以上、水はある程度染み出していってしまうが、それでも選択肢が広がるのはいいことだ。
「それから、お椀ね。スープをお鍋からそのままっていうのはちょっと、ねえ……」
続いて、椀を作る。これは然程大きく作らなかったので、すぐに出来上がった。焼くのに失敗して割れてしまうことを考えて、3つほど、同じ形のものを作っておく。
「じゃあ次は……あっ、粘土がくっついちゃった。どうしましょう」
さて次のものを、と思って形作った土器を動かそうと思ったら、なんと、土器は土台にしていた大きな石にくっついてしまっている!粘土なので当然と言えば当然である!
「……葉っぱの上でやる?或いは、粘土が石にくっつかないように、先に砂をまぶして……いえ、灰でなんとかしましょ」
マリーリアはなんとかかんとか、細い木の枝で切るようにして土器を石から離すと、焚火跡から取ってきた灰を土器にまぶしつけた。粘土をそのままにしてしまうとあちこちにくっついてしまうが、こうして灰をまぶしておけばその心配も無い。『次に成形する時は予め土台に灰をまぶしておいてからやりましょ』と反省を次に生かしつつ、マリーリアはひたすら、日が暮れるまで、炉を積み上げたり土器を形作ったりして過ごしたのだった。
夕方になって、夕食の準備をし始めてから、マリーリアは慌てて池へ向かった。
今日の罠を確認するのをすっかり忘れていたが、罠はどうなっているだろうか。
昨日のマンイーターがあるので食べ物はあるのだが、もし魚があるなら魚も食べたい。マリーリアはそんな気持ちでうきうきと池へ向かう。
「あっ、お魚!ふふふ、今日の晩御飯はお魚とマンイーターのスープね!あっ、でも、両方焼いてみても面白いかもしれないわぁ……どうしようかしら」
そうして確認した罠1つ目の中に、それなりに良い大きさの魚が入っていた。マリーリアはるんるんと魚を籠へ移して、2つ目の罠を確認する。
「こっちは……あっ、こっちもお魚。あらぁ……どうしようかしら。食べ物って無い時には無いのにある時にはどんどん増えるのねぇ……」
折角なら昨日かかっていてほしかった。そんな気分でマリーリアは魚をもう一匹籠へ移して2つ目の罠をまた沈めて、いよいよ最後の罠に取り掛かる。
「それで3つ目……」
逆さまにして振った罠からは、てろん、ぽよん、と、スライムが出てきた。
……スライムはもしかすると、罠の中で寝ていたのかもしれない。スライムにとっては丁度いい大きさで、丁度いい寝床だったのだろう。
スライムはマリーリアの手の上にぽよん、と零れ落ちてからようやく、わたわた、ぽよぽよ、と震え始めた。更に、頑張って逃げ出そうともしたのだが、哀れ、スライムはマリーリアの手にすっぽりと収められてしまった。
「……食べちゃおうかしら?」
そしてマリーリアが微笑むと、スライムは『ぴゃーっ!』と跳び上がって逃げようとする。だがマリーリアはスライムを逃がさない。
「冗談よ。ふふふ、折角のスライムだもの。畑で飼いましょ」
……哀れなスライムは、上機嫌なマリーリアによって連れ去られていった。
「じゃあ、ここでご飯を食べていってね」
マリーリアは畑と定めた土の上にスライムをぽよん、と置いて、そこにマンイーターの茎の固い部分やマンイーターの根っこの皮などを置いてやった。どちらも調理過程で出る生ごみの類である。
が、スライムにとってこれはご馳走。スライムはさっきまで逃げようとしていたのが嘘のように、畑にしっかりと居座って、もりもりと生ごみを食べ始めた。
……まあ、スライムというものは、こうしてあらゆるものを食べ、消化して、そして塊にして排泄してくれるのだが、要はコンポストのようなものである。畑のミミズとも言える。
「ふふ、これで畑がちょっと豊かになるといいけれど」
スライムは餌を貰えると理解したのか、マリーリアがふにふにつついても逃げ出さない。ふるん、と震えて、またもりもりと生ごみを食べていくのだった!
こうしてスライムが一匹、拠点に増えた。そんなところで、マリーリアの本日の夕食は、『マンイーターと魚の煮込み海水味』である。
マンイーターの根っこや茎や蕾の部分を全て煮込み、そこに魚の身を加えた。魚は捌いてから軽く炙って、表面をさっと焼き焦がしてから加えて、あまり煮込まないようにした。焦がすことで臭み消しも兼ねたのだが、これが中々上手くいった。それなりに美味しく食事を楽しむことができた。
魚の骨は焼いてから干してある。出汁にできるか挑戦してみよう。もし駄目そうならスライムの餌にする。マリーリアはそう決めて、さっさと就寝した。
無人島生活では太陽と共に生活することになるので、就寝が早い。『本当ならもう少し夜更かししたいところだけれど、読む本があるでもないし、構想を書き連ねる紙とペンがあるでもないしねえ……』と少々悔しく思いつつ、目を閉じる。
……そう遠くなく、せめて紙とペンくらいは確保したいところである。マリーリアは心に決めた。
そうして、翌朝。
「うーん、気持ちのいい朝……」
マリーリアは起きて……そして空を見上げて、おや、と思う。
「……あらぁ」
マリーリアが見つめる先、空は……今日は、曇っている。そして。
「雲行きが……怪しいわぁ……」
……雨が、降りそうである。