島流し302日目:麗しの廃墟*1
島流し301日目の昼過ぎ、マリーリア達は拠点へ帰還した。
「皆!ただいま!」
マリーリアが声を上げれば、わらわらとゴーレム達が集まってくる。ぽよ、ぽよ、とスライムまでもがやってきた。……スライムは忠誠心の類ではなく、ごちそうの気配につられてやってきたのだろうが。
「さあ、見ての通り、ドラゴンを仕留めてきたわよ!」
そしてマリーリアが発表し、連れて行ったアイアンゴーレム達がそれぞれに運んできたドラゴンの素材……大量の肉に大きな皮、骨や牙や爪、鱗……といったものを持ってくると、拠点のゴーレム達は揃ってぱちぱちと拍手をしてくれた。
……テラコッタゴーレムとアイアンゴーレムの拍手なので、ぽん、こん、かん、ごん、といった音であったが。
さて。それから拠点のゴーレム達含めて、皆で忙しく動くことになった。
まずは肉の処理である。
いつも通り、塩を当てて水を抜き、乾かして更に水を抜き、燻製にして更に水を抜く……というやり方で、保存できるようにしていくのだ。
ついでに、今回はアイアンゴーレムが2体揃って、ソーセージ作りに挑戦してくれている。内臓肉も合わせて刻んで叩いて捏ねた挽肉が、ドラゴンの腸に詰められていくのを見て、マリーリアはとてもとても、楽しみになってきた。悲願のソーセージ!ソーセージである!
続いて、肉と同じくらい処理を急ぐものが、皮である。
……皮は、このままでは鞣すことができない。まずは、皮の内側に残った肉をこそげ落として綺麗に洗浄し、それから鞣し液に漬けて組織を柔らかくし、それを更に揉んで柔らかくしていく……といった工程を経る。
この間に乾いてしまったら、一度水で戻す工程を生むことになるし、何より、内側に肉が残ったままの皮は腐敗する。なので、ひとまず皮を綺麗にするところまでは、急いでやってしまわなければならないのだ。
「えーと、今回はこれ、鎧にしたいの。他の皮と一緒に膠で貼り合わせて、鎧の形にして頂戴ね」
今回は、鞣さずに生皮のまま加工するので、掃除だけできてしまえばまあ、後はそう急がなくてもいい。マリーリアは、今の鎧を作った時のように、革を膠で貼り合わせて硬く軽い板を作る、という方針でドラゴン鱗の鎧を作ることに決めた。方針だけ伝えれば後はアイアンゴーレムがやってくれるので、楽なものである。
続いて、ドラゴンの牙の類を加工する。
「これは……やっぱり、槍がいいと思うのよね」
ドラゴンの牙は、鉄より傷つきにくく丈夫だ。それでいて、鋭く研がれて、既に刃物のようになっている。これを使わない手は無い。
「大きなものはナイフにしてもいいけれど……まあ、アイアンゴーレムが使うことを想定して、槍に仕立ててもらった方がいいわねえ」
鍛冶ゴーレム達にそう伝えれば、鍛冶ゴーレム達は鱗の鎧と同様、牙の槍を作り始めてくれる。牙の研磨には、マリーリアが冬の間に使っていた研磨板が使われるようだ。マリーリアは『色々やってたのがちょっと役に立ってるわぁー』とにこにこした。
ドラゴンの爪は、牙よりしなやかな素材である。それでいて、軽い。また、ドラゴンの鱗も同様である。
よって、これらは加工して鎧の一部とすることにした。小さな板状に切って、それを紐で留め連ねていくのである。東方の鎧はこのようなものだと聞いたことがあるが、あれは実際、軽くて丈夫で、かつしなやかで動きやすく、中々悪くない。
爪や鱗の小板を留めるための紐は、ドラゴンの血管を使うことにした。ドラゴンの血管は、鞣してやれば柔軟な紐になる。それでいて、耐火性に優れ、刃物にもある程度強い素材なのである!
……他にも、武器にできないほど小さなドラゴンの牙や鱗を磨いてアクセサリーにすることに決めたり、ドラゴンの爪を削り出して腕輪を作ってみたり……と、楽しく計画を立て、或いは、楽しく製作に勤しんだ。
ドラゴンの牙を槍やナイフに仕立てる時には、研磨して中子を作り、穴を開けてそこに目釘を通すことで、柄と接合していく。柄には、ドラゴンの骨を使った。
こうして、ドラゴンの骨と牙の槍が出来上がると、アイアンゴーレム達の装備は一部、これに換装されることになった。ついでに、鱗や牙のアクセサリーが出来上がると、それらはアイアンゴーレム達、そしてテラコッタゴーレム達にも配布され、彼らを彩ることになった。同時に、多少、守りの力を高める効果が期待できるだろう。
肉については、保存食づくりが進められていく。こちらは、大きな骨付きの塊肉のまま生ハムにしようとしているものがあるため、時間がかかる。まあ、これらは拠点を守るゴーレム達に任せるとして……問題は、ソーセージである。
「美味しい……!」
……出来上がったソーセージを食べて、マリーリアは目を輝かせた。
アイアンゴーレム2体が『私が作りました』と誇らしげにしている前で、マリーリアは2本目のソーセージを齧る。
ドラゴンの腸は、少々硬い。だが、それをしっかりと伸ばし、しっかり肉を詰めてソーセージにしたことで、パキッとした歯触りを有する美味しいソーセージのケーシングとなったのである。
中身も当然、素晴らしく美味しい。皮や骨からこそげ落とした肉も、塩やハーブと共にしっかりと叩いて捏ねて、無駄なく全て使い切った。そこへごく細かく刻んだ内臓肉を混ぜ込んであるのだが、それらがまた、莫大な旨味を齎している。
それを直火でパリッと焼き上げれば、もう、美味しくない訳が無いのである!
「あああー、ずっとソーセージ食べたかったのよぉー。うふふふ、幸せ……」
マリーリアはにっこり笑いながら、ほぼ1年越しの悲願を達成した喜びに震えた。
……ソーセージ、美味しい!
……そうして島流し304日には、アイアンゴーレム達の装備、そしてマリーリアの新しい鎧が完成し、再び旅立つ準備ができた。
何分ドラゴンが大きかったせいで、まだ処理が残っているものもあるが、それらは拠点に残るゴーレム達に任せるとして……。
「じゃあ、あの谷底の町、探索しちゃいましょ」
いよいよ、この島の最深部……この島の謎に、迫ることになるのだ。
「さて、と……ここまで戻ってきたけれど、相変わらず、きらきらしてるわねえ……」
そうして島流し306日目。
ドラゴン討伐地点まで戻ってきたマリーリアは、ゴーレム達と共に谷底の町を見下ろした。
……ドラゴンが貯め込んだと思しき財宝が、きらきらと陽光に煌めいている。これは、探索のし甲斐がありそうである。
今回、連れてきたゴーレムは全部で9体だ。
ジェードに、近衛の4体。そして、『製鉄』のゴーレム達4体に引き続き同行してもらった。それ以外のゴーレム達は、拠点でドラゴン素材の処理を進めることになる。
「まあ、見た限りドラゴンはもう居ないけれど……油断せずにいきましょうね」
マリーリアはゴーレム達にそう声を掛けると、早速、谷底に向けて、急な山道を降りていくのであった。
山登りは、上りより下りの方が辛い。よく聞く言葉であるが、正にその通りである。
「ああああー、休憩……うう、結構疲れるわねえ……」
マリーリアは、バテていた!ペリュトンを追いかけ回す体力すら有するマリーリアであるが、流石に、谷底に向けて険しい山肌を下りていくのは、かなりの消耗を伴う仕事なのである。
……上りよりも、下りの方が危険である。それは当然、滑落や転落の可能性が高いからだ。山道を下りていく時には、上りよりも気を引き締めて臨む必要がある。
その緊張感は疲労のもとなのだが、更に、下る時に使う筋肉は普段使わないことが多い筋肉であるので、非常に辛い。
「あああー……これ、探索した後にここまで戻るのも大変よねえ……。もうちょっと楽な道、探した方がいい気がしてきたわぁー……」
マリーリアは尤もなことを言いつつ、アイアンゴーレム達に囲まれて、のんびりと休憩する。持ってきた水を飲み、おやつの干しナツメや栗を食べ、消費した分の熱量を補うのだった。
休憩を挟みながら、えっちらおっちら、なんとか谷を下りていく。
……そうしていくと、マリーリアの肌には、ふわり、と奇妙な気配が感じ取れるようになってきた。
「やっぱり、魔法が動いてるわね」
それは、この島に来たばかりの頃にも感じたものだ。つまり……この島の中央で今も動く、魔法の気配。
「今も魔法が動いているくらいに魔力が豊富で、それにつられて魔物が湧く、っていうことよねえ……。はあ、一体、何があるのかしら。ちょっと楽しみだわぁ」
得体のしれない魔法が待ち構えていることがほぼ確実な中、マリーリアはにこにことのんびり微笑んでいる。
……未知のものは、恐ろしい。だが同時に、楽しくもある。そしてマリーリアは、未知を楽しむように意図して心がけることで、この無人島を制してやるつもりである。
この島を恐れてはならない。探索し、全てを明らかにして……マリーリアは、フラクタリアへ帰るのだから。
谷底へ到着したのは、太陽が少々傾いてきてからであった。朝の爽やかな気配の中で山の上を出発してこれなのだから、大分、時間を取られた。
「……すごいわぁ」
だが、マリーリアは、消費した時間も体力もすっかり忘れて、目の前に広がる光景に見惚れていた。
漆喰が割れて剥げた壁は、それでも未だにその形を保っていた。
瓦葺きの屋根は、その瓦を失いつつも、それでもまだ屋根の役割を失いきってはいない。
……そんな、素朴な建物が、朽ちかけながらもそこにいくつも残っていた。
「……奴隷や家臣と一緒に逃げてきた、って言ってたものね。家が多いのは人数の多さ、ってことだわ……」
朽ちかけた街並みは、物悲しくもどこか温かかった。それは、傾きかけた陽光や煉瓦や瓦の温かな色合いによるものだけではない。
……かつてここで暮らそうとしていた人々の努力や協力の気配が、確かに残っているからだ。
ゴーレム無しで、人々の力だけでこれだけの数の家屋を建て、集落を創り出したのならば……そこには必ずや、協力があったはずだ。自分の家より先に誰かの家を建てたり、共に働いた仲間を労わったり……そうでもしなければ、これだけの規模の集落など、生まれるはずがない。
「奴隷も、いい暮らしをしていたのかもね。うーん、でも、そうなると頭蓋骨さんのお話とは印象が大分変わってしまうけれど……」
……尤も、気になるのは例の頭蓋骨のことだが。
あの頭蓋骨の話を聞いた印象だと、王子は開拓に困窮し、貴族すら奴隷にし始めた、ということであったが……。
そんな時だった。
「誰か居るの?」
物音に、マリーリアが振り返る。アイアンゴーレム達も即座に動いて、槍を構えた。
……そして、視線の先には。
「……ゾン、ビ?」
建物同様、朽ちかけた体でのそのそと動く、何者かがそこに居た。
「ま、いいわぁー。とりあえず、殴りましょ。総員!かかれ!」
そしてマリーリアは容赦が無かった!




